葵の章

10/250
前へ
/250ページ
次へ
仄暗い空間に、 すとんと落ちるような冷たい声。 その声は、さっき居たはずの寺院で聞いたそれと良く似ていた。 「…看守が牢人に魅入られてどうする。  恥を知れ」 鍵を開ける金属音とともに牢の中に入ってきたのは、 背の高いひとりの男性。 恐怖とパニックの連続で、 その恐ろしく端正な顔立ちを目にしても、 私の胸は少しも踊らなかった。 この人は、私を救いに来てくれたのか否か。 私の頭にはそれしかなかった。 さっきまで私に馬乗りになっていた男は、 この人の登場に即座に床にひれ伏して額を地につけている。 着ている着物の上質さや、 その風格ある立ち振る舞い、 それにこの声は、 もしかして、いや。もしかしなくても。 「……春日の局様…?」
/250ページ

最初のコメントを投稿しよう!

311人が本棚に入れています
本棚に追加