第1章

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教室の戸を開けたら、そこには『ヒロイン』がいた。 「ヒロインは死んじゃいけない」  何がそんなに楽しいのか、はたまた嬉しいのか。  目の前にいる彼女は、ふんわりと綺麗な笑みを浮かべそう言った。  両手の人差し指と親指を九十度になるように広げて互いの指先を合わせ、誰もが一度はやるだろうカメラフレームを作ってこっちを見て来る。  片目を瞑り、こちらを形作られたフレームから覗き見るようにして来る彼女はやはり、楽しそうだった。  真っ黒な切り揃えられた前髪と膝近くまで伸びた後ろ髪をゆらゆら揺らし、まるで紅を引いたような桃色の唇を所謂アヒル口のように形作り、学生特有の真っ黒なセーラー服を身に纏った彼女はまさに。  まさに、漫画に出て来るヒロインのようだ。 「漫画や小説、アニメ、映画。主人公とヒロインが生き残ることは決まり事のようになってない?少なくとも、私が見て来たお話ではヒロインが自殺しただとか、事故にあっただとか、そういった現実的な死を迎えたことはない。非現実的なファンタジーだとかSFだとか、そういった世界観でヒロインが死ぬっていうことは、もしかしてあるのかな?ただ私は見たことがないだけで。それでも、『ありそうな話』での死は無いよね。ヒロインが死んじゃうには、それなりの理由が必要でしょ。ヒロインは無邪気な子、可哀相な子、容姿が際立って可愛い子、過去に重い何かを抱えてる子、無茶をする主人公を思い遣る子、特別な力を持つ子、エトセトラ。何かを持っていて、且つ何かが起こって、且つ主人公に多大な悲しみを与えてヒロインは死ぬ。死ぬことが出来る。死ぬことを許される。自殺や事故でヒロインが死んじゃいました、なんて、読んでる人も見てる人も誰も納得しないもんねー」  彼女は言葉を一旦途切らせ、構えていた空想のフレームを崩した。  することを無くした両手は、代わりに背中で手を組む体勢に切り替わり、彼女は背後にあった壁へと凭れかかった。  彼女が凭れかかった壁は丁度窓と窓の境界線で、背後から差し込む眩しいくらいの夕日は更に彼女の魅力を際立たせる。  逆光になった彼女の姿を、目が眩む程の夕日を受けつつも目を細めて見つめ続けた。  記憶するように。  焼き付けるように。  二度と来ないこの瞬間を。  ヒロインのような彼女の言動を、一瞬たりとも逃さないように。
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