第1章

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私こと鷺山みきは、社内でも『お固いオンナ』で通っている。 化粧っ気は薄く、髪はひっつめで、好んで着るのは暗い色のスーツ、 プライベートでも敬語を崩さない…… そんな私が今日、人生最大の失敗をした。 「……パンツ……忘れた!」 それに気づいたのは幸いに出社してすぐ、 椅子に座ろうとしている時で、始業までには十分な時間がある。 始業に遅れないように早めに出社することが習慣づいている 自分を褒めてやりたいくらいだ。 ともかく私は、できるだけ目立たないように社を抜け出した。 コンビニまで向かう途中、何人かの同僚とすれ違ったが、 挨拶以上の言葉をかけてくるものはいなかった。 まさかお固い私がパンツを買いに行く途中だとは 誰も思わないだろうと思うと、少し愉快な気分になる。 踵を跳ね上げたその時、挨拶以上の言葉を私にかけてくる男がいた。 「おう、鷺山、どこに行くんだ?」 この男は2年先輩で、だからなのかいつもタメ口で私に話しかける。 それでも私がこの男に言葉を崩すことは、絶対にない。 「ただコンビニへ行くだけですよ」 「へえ、じゃあ俺も一緒に行っていい?」 彼が私の道をふさぐように立ちはだかるから、私は少し苛立った。 「いえ、一人で行きますから。そこをどいてください」 「冷たいなぁ。コンビニでコーヒーくらいおごってやるから、な?」 ちょうどその時、風が吹いた。 ビルの谷間を複雑にくぐりぬけた、捲き上げるような風だった。 「きゃ!」 慌ててスカートを押さえたが…… 「おま……ノーパン……」 目の前に立っていた男がこいつだというのが最悪…… いや、他の人からは壁になってくれた、 そのくらいの役にはたったのだから、ちょい悪くらい? 私は思わず上目遣いになって、彼を睨みつけた。 「誰にも言わないでください」 「言わない……けどさ……」 「朝、少し慌てていたので忘れただけです。 今からコンビニで購入してまいりますので、ご心配なく」 「いや、一人はまずいだろ!   ノーパ……いや、そのまま街中を歩くとかさ!」 「今のようなアクシデントがなければ、他人からは気づかれません。 それに、仮に見られたとしても減るものじゃありませんから」 「それでもさ!  心配だから、ついて行ってやるよ」 「ご勝手にどうぞ」 さっさと歩き出した私の後ろを、彼がついてくる。
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