第1章

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「それにしてもさ、パンツ忘れるとか…… あ、女はタマがついてないから気づかないのか?」 「そういう話題を街中で話すと捕まりますよ」 「じゃあ、並んで歩いてくれよ。 そうしたら大きな声でパンツ、パンツ言わなくてすむし」 「まるで脅迫ですね」 「まあな、こんなチャンスを逃すわけにはいかないからな」 「なんのチャンスですか」 「あー、まあ、うん……」 「言いにくいことなら言わなくて結構です。 脅迫に屈してあげましょう」 私が歩速をおとすと、 彼は嬉しそうにぴょんと片足で飛んでおかしなステップを踏んだ。 「なにを浮かれているんですか」 「だってさ、鷺山みたいな美人と並んで歩けるなんてさ……」 「私が美人とか、眼科の受診をお勧めします」 「な、俺たち、カップルに見えたりしちゃわないかな?」 「朝、通勤の人波に並んで歩く男女、 たまたま行く方向が同じ、つまり同僚だと考えるのが妥当でしょう」 「つれないなぁ。パンツの話、聞いちゃうぞ?」 できるだけ無表情を作り上げたつもりだったが不十分だったのか、 彼がにやりと笑う。 「お、やっぱり聞かれたくない話題?」 「いいえ、そんなことはありません。 しかし街中ですからふさわしくない会話なのではないかと……」 「平気平気、小さい声で話すから」 自分でそう話題を振っておきながら、 彼が少しだけ震えていることに私は気づいた。 意外にこの男は気が小さいのかもしれないと、 普段の軽口も何かの虚勢なのかも知れないと思うと、 なんだか少しだけ気が楽になるような気がした。 「いいですよ。パンツの話、してください」 「じゃあ、聞くけどさ、どうしてパンツなんか忘れたんだ?」 「昨夜は家ではないところに泊まったからです」 彼が少しよろけた気がするが、それはあくまでも気のせいで、 たぶん路面の小さなでっぱりにでも躓いただけだろう。 「まさか、さ、カレシの家……とか?」 「いいえ、カレシなんかじゃありません。ただの知り合いです」 「あ、そういう……なんだなんだ、女友達とおとまり会とか、ね」 「相手の方は男性ですし、泊まったのはホテルですよ」 「待って待って、彼氏でもない男とホテルに泊まるって、どういう状況?」 「普通に、性欲処理のためです」 「せいよ……」 とつぜん、彼に肩を掴まれた。痛いほど強く。 だから私は声をあげようかと思ったのだけれど、
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