第1章

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ぐっと引き寄せられて、顔を覗き込まれてはそれもかなわなかった。 だって彼は明らかに怒りに燃えた厳しい目をしているのだから。 「……何を怒っているんですか?」 「肉体関係があるってことだろ、なのに彼氏じゃないとか…… 相手の男、ひどくないか?」 「ひどくありません。性欲処理の関係なのはお互い様ですから」 「お前は! その相手のこと、好きだったりするのか?」 「好きではありませんね。むしろ会社の同僚だったりしたら、 絶対に関わりたくないタイプですから」 「じゃあ、お前は! 好きでもない男に股を開けるわけだ!」 「はい、女にだって性欲はありますから」 「好きでもない相手でいいなら、俺にしておけ」 「いやですよ。同じ社内にそういう相手がいたら、 さすがの私でも気まずいです」   ここで私は少しだけ口ごもった。 『これ』を言うのはためらわれたのだが、 なぜこのときに限って心の奥深くに隠していた本心が 口元まで上ってきたのかわからない。   もしかしたらずっと、聞いてくれる相手を探していたのだろうか、 私は。 「それに……本田さんは独身だから…… さすがの私だって『もしかしたら』って期待しちゃうかもしれない」 「期待って、何を?」 「彼女だ、と思ってくれるかも……って…… 本気で好きになってくれるかも、って」 いままでかたくなに敬語を崩さなかったのは一種の武装だった。 おカタい女を演じることで自分の本心を隠そうとしていただけなのだと、おろかにもたったいま、私は気づいてしまった。 その証拠に、私の頬を涙が伝い落ちる。 「遊びの相手なんだから、本気になっちゃいけない相手だからって、 いつも家庭のある男性ばかり選んで適当に出会って、適当に別れて……」 「ばかだなあ、そんな男に抱かれたってよくないだろう」 「よいとか悪いとかわかんない。性欲処理だもん」 「性欲処理でいいならさ、相手に俺を選んでくれよ。 俺は一生、お前専属の性欲処理係でもかまわない」 「だめ、本田さんだけは、絶対にダメ!」 「どうしてだよ、俺だって男なんだから、お前を満足させるぐらい…… たぶん……できる。 テクニック……は微妙かも知れないが、大事にするから」 「大事にされたら私、絶対カン違いするから!  彼女面して家に押しかけたり、 ヤキモチやいて無関係な女の子との関係せめたてたり、
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