第1章 ようこそMSSへ

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この不況の最中、りっぱな学も資格もない、職歴もさして光らない。 しかも保育園のお迎えがあるので残業なしでお願いします。 そんな人間の再就職に世間はいまだに真冬みたいに冷えきっている朝の空気よりも冷たい。 「ここ……か……な?」 電話をすれば履歴書を送ってくださいの一言だけ。 そして履歴書を送った後は音沙汰なしで、なんだか履歴書と切手、封筒代を無駄に消費しているような気がしてきていた。 そんな時、見つけた求人に即座に俺は電話をしていた。 給料はそんなによくはないけれどちゃんと正社員で、保険関係もちゃんとしてくれる。 それなのに時間等応相談、自転車で通えない距離じゃないし、保育園もその会社の場所の途中にある。 しかも主婦主夫大歓迎なんて嬉しい一言まで添えられていたんだ。 真っ先に飛び付いて電話をするに決まってる。 そしていつもならお決まりの「履歴書送ってください」の一言が聞こえてくるはずなのに、面接の日にちは何時がいいですか? なんて訊かれて思わず聞き返してしまった。 だから職種が何でも屋でも 電話に出た人が軽い感じでチャラチャラしていそうな男の人だったとしても気にしなかった。 有限会社MSS……なんのイニシャルを取っているのかわからないけれど まぁハローワークにあった求人なんだ怪しいとこじゃないんだろう って思いたい。 もうこの際人の道に外れていないなら何でもいいんだ。 早くしないと、就職活動のリミットの二ヶ月を過ぎて、保育園で預かってもらえなくなる。 住所にあったのは普通のビルで、そこの二階がMSSという会社になっている。 一階は和菓子屋で、二階がMSS、三階が歯医者、四階が不動産屋みたいだ。 おかしな寄せ集めだし、和菓子屋と歯医者が一緒って……別に一緒になっちゃいけないわけじゃないけどさ。 階段を上がって、時計を見ると五分前だ。 ちょうどいい時間……ネクタイを直して、ひとつ大きく深呼吸をして扉を開いた。 「失礼します。本日面接を受けさせて頂く瀬戸譲(せとゆずる)と申しま……す……」 最後が尻切れになってしまった。 だって中にはひとり、どう見ても高校生、っていうか制服を着た茶髪のイケメンが椅子をグルグル回しているだけ。
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