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いるか君の葬儀はすぐ行われた。同学年の生徒と、学校の先生、親族が参列する中、僕はいるか君の棺の横に座ってそれを眺めていた。
いるか君は3年生の頃から両親から虐待を受けていた。いるか君は誰にも心配をかけないように、体の傷や痣を隠そうと肌の露出を極力控えるようになった。夏にも体育のときにも長袖長ズボンで、得意の水泳もやめた。
いるか君はみんなに心配をかけないように、自分を偽るようになった。無理に明るく振るまい、悩みをかかえこんだ。
いるか君はそのうち、精神が死に近い場所をさ迷うようになっていった。
僕がいるか君と初めて話したとき、いるか君はもう長くなかった。僕を認識できるようになるまでいるか君は精神が疲弊していたから、いるか君の精神に干渉し、読み取るのは僕にとっていとも簡単なことだったのだ。明日の夜、親にいるか君が殺されることになるというのもすぐにわかった。
「クジラ。」
気付けばいるか君が、何事もなかったかのように僕の隣に座っている。
「ごめんね」
いるか君はいるか君の棺を覗き込み、口をへの字に曲げた。化粧ってすげえな、傷が全部隠されてやがると苦笑しながら、死体の首もとを指の腹で擦った。赤紫の圧迫されたような痕がうっすらと浮かび上がった。
「全部知ってたんだけど、僕はなにもしなかった」
いるか君が死ぬとわかったとき、僕はとても嬉しくなってしまった。いるか君を家に帰さない事だってできたのに、僕はそれをしなかった。
仲間が欲しかった。
「俺も死んでみてお前のこと、やっとわかったよ。寂しかっただろう」
いるか君が青い瞳で僕をみた。そこには僕の顔がうつっている。
「クジラ、頼み事があるんだ」
なんだい、と聞き返すと、いるか君は悪戯っぽく笑った。
「あんな奴等の前で、焼かれて灰になるなんてまっぴらごめんだからさ」
いるか君の親族が棺を開ける。がた、と音がして、中から水が溢れてきた。
その場の全員が唖然とした。中には、一匹の鯆が入っていた。鯆は棺からゆら、と泳ぎでると、外へと宙を泳いでいく。辺りには、潮の匂いだけが残った。
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