第二話

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「ごめんなさい……」 ひよりさんは力なく男性へ向けてそう言った。 「お前のその言葉は何度も聞いた!」 どうやらひよりさんは浮気性の魔性の女性のようだ。 って、ちょっと待って? 今ひよりさん、浮気を否定せずに謝ったよね? ということは……。 あたしは今にも泣き出してしまいそうな顔をしている野田さんを見た。 野田さんはひよりさんの浮気相手!? いや、野田さんからすれば本当に本気の恋だったのだろう。 あたしが『月とスッポン』だと言った時に相当怒っていたし。 「野田さんの好きな相手が、今回の『返す』相手だったんですか」 「そうだ」 野田さんは頷く。 だから表札がなくてもあんなに自信満々だったんだ。 自分が何度か訪れている場所なら、間違えることもないから。 カードキーももしかしたら彼女から直接渡されていたものなのかもしれない。 いつの間にかあたしの手首を掴んでいた野田さんの手は、あたしの手をしっかりと握りしめていた。 そしてその手は小刻みに震えているのがわかった。 それを感じて、あたしは今回自分がバイトに呼ばれた理由を理解した。 野田さんの悲しみ、怒りをひと時の間でも沈めるためだ。
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