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愛由の体には他にも無数の傷跡が見え隠れしていて、それはすべて刃物でできた傷に見えた。
愛由は生きながらに体を切られ、逃げる事も許されずに死んで行ったんだ。
どうして?
そんな疑問が浮かんでくるが、その質問は愛由本人を非難しているようにも聞こえるのであたしは何も言わなかった。
男は今ものうのうと生きていて、愛由は残酷に殺された。
その事実だけ受け止めて、怒りはすべて男へぶつけるべきだ。
どんな理由があろうとも、客観的に見ただけで被害者にも非があると決めつけ、被害者を更に追い詰めるような事をしてはいけない。
「ここだ」
野田さんがドアの前で立ち止まってそう言った。
表札には【野村夕】と書かれている。
名前だけでは男か女か判断が付かない。
愛由はジッとその名前を睨みつけていた。
「あたしは、この人の事を女だと思ってた」
愛由はポツリと呟くようにそう言った。
「だから、会ったのに……」
そこで言葉を切り、ギリッと奥歯を噛みしめる。
繋がれていた手は話され、愛由の中に怒りだけが存在しているのがわかった。
「じゃぁ、開けるよ」
野田さんはそう言うと、ポケットから鍵を取り出して鍵穴へ差し込んだ。
鍵はすんなりと回り、カチャッと音を響かせてドアが開く。
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