二十歳前夜

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 「ごめん。移動するね」 そっとカバーを開け、小さく囁く…… 何時も作戦開始の合図だった。 「全くもう……。早くしないとお風呂が」 私の企みも知らすに、背中を押す母。 「解った解った。すぐ入るよ」 そう言いながら、シメシメと思う私。 「じゃあお言葉に甘えまして……バスルームへ直行します」 私は手を顔に充て敬礼ポーズをとった。  脱衣場では、フェイスタオルに携帯を隠し浴室のドアを開ける。 それを風呂蓋の上へ置き、バスタブに体を沈めた。 ラベンダー色のタイルに、エンジ色のコーナーラックがはえる。 其処にある鏡に、小さなクロスのペンダントを指に絡めながら携帯を開ける自分が写る。 (あっ、今何かを思い出した。でも、それって何?) 私は解らず、鏡に写る自分を見つめた。 このペンダント、何時も肌身離さずに此処にある。 何故なのか自分でも良く知らない。 だけど、御守りのような存在になっているのは確かだった。 (一体何時から此処に……?) 何故かふとそう思った。  母の目を盗んで、持って来た携帯をそっと開く。 雅も慣れたもんで、じっと待っていてくれる。 とりあえず作戦は大成功したかに思われた。 「あ、雅……じゃあなかったジョー」 『ん?』 雅の空返事は、相当待ったと言う意思表示だ。 又遣っちまったと言う後ろめたさがあったが、私はそのまま会話を続けた。 「聞いて貰いたいことがあるの。いいジョー……?」 大人になるのが怖いから、本当はこのままで居たいと時々思う。 そんな弱気な自分に気付き、雅への電話を躊躇っていた。 何故だか解らないけど、私は大人になることに抵抗感があった。 私は子供のままでいなければいけない。 ずっとそう思って生きてきたのだった。  「あ、ジョー……ごめん。何だか寂しいよ」 雅に本音を聞いてもらいたかった。 でもそう言ったまま私は固まった。 仕切りのドアの向こうに母の影がチラついていた。 「全くアンタ達は……。そうか、だから携帯買う時防水にしたのね」 そっと風呂場を覗いた母の愚痴が始まる。 その指摘は当たってる。防水だからスマホに変えなくてもいいと思っていたのだった。 「いいじゃない。無料なんだから」 反撃に出た私。 でも軍配は服を着ている母に上がった。 で結局、私は携帯を取り上げられてしまったのだった。
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