二十歳前夜

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 「お母さん、雅にチャンと誤っておいてよ」 「解った、解った。だからほら、肩までお湯に浸かって」 結局私は敢えなく敗退して、仕方なく湯船に浸かった。 女子会専門で、男っ気の全くない私達。 やっと最後にお酒を呑める年になる。 だから尚更嬉しいはずなのに……  私は明日二十歳になる。 本当は、この日を待ち望んでいた。 メンバーで呑めないのは私だけだったからだ。 (でもこの戸惑いは一体何処から……それとこのペンダントは……確かパパとお揃いだった筈……) 何故だかふとそう思った。 携帯が無いと、頭が冴えるのか? あれこれ思い出が甦る。 私は記憶の底で眠っていたパパの存在に気付いて揺れていた。  一坪ある浴室。 足がゆったり投げ出せるバスタブ。 今日の入浴剤はラベンダーらしい。 リラックス効果があると母が言っていたのを思い出した。 手のひらで掬っては指の間から零す。 フェイスタオルを見て、昔良くやっていた懐かしい遊びを思い出した。 まずお湯にタオルを付け親指と人差し指を広げる。 タオルの下に両手を離して入れ、上に持ち上げ軽く湯の上に置く。 タオルに出来たコブを寄せると風船のようになった。 ジュブーと音を聞きながらタオルを潰す。 懐かしい音だった。 そう言えば、昔良くパパがやってくれた。 (パパ!? そうだ。パパは何処に居るのだろう? パパ今何処に居るの?) 頭の中で堂々巡り。 答えなどすぐに出る筈がなかった。 (何故私にはパパの思い出が無いのだろう……? そうだ。雅と行った会場で私はパパの存在に気付いたのかも知れない。きっとそうだ。あの時は思い出せなかったけど……。パパは今何処に居るのだろう?) 思いは結局其処へたどり着く。  そう言えばいつの間にかパパが居ない。 もう十年も会っていない気がする。 でも私はその事に疑問を持ったことがない。 母一人子一人は当たり前だったから。 パパは外国航路の船長だった。 だから何時も留守がちだったのだ。 何時かお土産に貰ったクロスペンダント。 又指に絡める。 パパを思い出すと良くやっていた癖。 これにどんな意味があるのか解らないけど、心が不思議と落ち着く。 (そうか。さっきパパの事を思い出しかけたんだ。パパ今何処に居るの? パパ逢いたいよ) 私はフェイスタオルで懐かしい遊びに没頭した。 パパの存在を身近に感じたくて。
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