二十歳前夜

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 浴室のタイルは母の選んだラベンダー色。 エンジ色のコーナーラックはパパが見立てだと聞いている。 其処にある鏡に、私は又クロスペンダントを指に絡めて写す。 パパの思い出の中に身を置いた時、何かが弾けた。 でも、結局…… 何も思い出せず…… 浴室に虚しさが渦巻いただけだった。 (パパー!!) 私は何故か鏡を見ながら心の中で叫んでいた。  いきなり浴室のドアが開いた。 ドキッとした。 (パパ!?) そう言おうとして、又固まった。 「今度は長っ風呂?」 呆れ果てたような母の姿。 私は思わず、遊んでいたフェイスタオルを湯船で潰した。 「何でも長いね」 母の愚痴が身にしみる。 私は何故か、母を見つめていた。  何時も母の傍に居た…… きっとそれはパパの居ない寂しさを紛らすためだったのだろう。 「ありがとうお母さん」 私はそう言いながら泣いていた。 「どうしたの? いきなり気持ち悪いわねー」 母はさっきまでと違って、優しく微笑んでいた。 母は何時も私を見守ってくれていた。 だから私はパパのことさえ思い出さなかったのだろう。 「ありがとうママ」 私は濡れたタオルで涙を拭いた。 久しぶりにママと呼んでみた。 甘えん坊だった子供の頃に戻りたくて……  入浴剤の甘い香りに包まれながら、又至福の時間を堪能する。 何気なく手を置いたロールタイプの風呂蓋。 その下に広がる世界に思わずドキッとした。 腕の影が水面で屈折して、死人の手のようにどす黒く光っていたからだった。 そしてその手先は、自分の太ももを今にも掴みそうだった。 (水鏡?) 私は慌ててクロスペンダントを映し出したコーナーラックの鏡を見た。 (この鏡もきっと……) 奥の奥を考えた。 底のない世界がきっと其処にある…… 私にはそのように思えてならなかった。  やっとバスルームのドアを開けた。 パジャマ代わりの大きめのTシャツ、ハーフパンツに着替える。 パパが居なくなってから、私はパジャマを着なくなった。 何時でもパパを助けに行けるような格好をして眠るためだった。 (えっ!? パパを助ける!?) 私は自分の思いもよらない考えに戸惑っていた。
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