1人が本棚に入れています
本棚に追加
すぐそばに、トキの祖母、二位尼(にいのあま)が
横たわっていた。
腰に宝剣『天叢雲(あめのむらくも)』を
くくりつけている。二位尼もまだ生きてはいた。
が、胸のあたりから、ゆらゆらとひとすじの
赤い糸が、海面にむかってのぼっている。
――尼ぜ、怪我したの?――
水の中なので、あわおあわお、
としか聞こえないが、二位尼はわかったようだった。
トキはそっとかたわらに寄り添う。
二位尼は、最後の力を振りしぼるように、
やっとのことで腰のひもから
宝剣をはずしてトキに差し出した。
その眼は、もう行きなさい、と言っているようだった。
トキは首をふった。二位尼は口を、
「や、く、そ、く」と動かした。
トキも、すぐに行かなくてはいけないと、
わかってはいた。何度も、海の底に
沈んでからのことを言い聞かされていたのだから。
トキは宝剣を背中にくくると、一度だけ、
てのひらを二位尼の頬に合わせた。
二位尼はかすかにうなずくと、そっと眼を閉じた。
トキは二位尼から離れて、海中を泳ぎだした。
名残惜しく何度も振り返りながら。
何度目かに振り返ったとき、
もう青い水に阻まれて、何も見えなくなっていた。
最初のコメントを投稿しよう!