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椎名さんがあれから例のワイシャツを一度も着ていないことに気づいたのは、やっぱり私ではなくてみのりちゃんだった。
何とも思っていない人のワイシャツを毎日毎日観察するだろうか?
やっぱり、みのりちゃんも少しは椎名さんに気があるのかもしれない。
「あれからもう10日経つけど、一度もあの隠れストライプは着て来ないよね。
クリーニングに出したって、とっくに返って来てるだろうし。
やっぱり捨てちゃったのかな。」
ニッコリ微笑むみのりちゃんの肩をガシッと掴んでガクガクと揺らした。
「みのりちゃん、どうしよう。弁償ものだよね?何て言えばいい?」
年下だけど男の人の扱いでは遥かに上を行くみのりちゃんに縋りついた。
「さあ?普通に『弁償します。おいくらですか?』でいいんじゃない?」
ちょっと呆れたようなみのりちゃんの目が痛い。
そうか。好きな人だからって、つい考え過ぎていたのかもしれない。
日にちが経ってタイミングを外した感じはするけど、言わないで済ませられる問題じゃないだろう。
私は意を決して、一日チラチラと椎名さんの様子を窺っていた。
「何?何か聞きたいことがあるなら、さっさと聞けよ。」
終業間際に隣の席からぶっきらぼうに声を掛けられて、心臓が躍り上った。
「あ、えっと、すみません。仕事のことじゃないんですけど、いいですか?」
「え?何?」
椎名さんは仕事の質問があると思ったらしく、目を丸くして私の顔を見た。
「あの。…地震の時に私が汚してしまったワイシャツ、弁償させてもらえますか?」
「え?弁償?なんで?」
なんでって、捨てる羽目にさせちゃったからです、とはハッキリ言えず、
「だって、もう着られないですよね。おいくらですか?」
と言った途端、ユラッと椎名さんの背中から久しぶりに不機嫌オーラが立ち上った。
ヤバい!
そう思った時にはもう遅かった。
「金なんていらない。着る着ないは俺の勝手だろ?
そもそも宮沢がわざとつけたわけじゃない。
とっさにおまえを抱きしめた俺がバカだったんだから。」
そう言い切ると、バンッと音を立てて立ち上がった椎名さんは、ちょっとトイレと誰にともなく言ってオフィスを出て行ってしまった。
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