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「あーあ。怒らせちゃったね。
フォローしとくから、花菜ちゃんはもう帰った方がいいよ。」
みのりちゃんに言われて、力なく頷いた。
みのりちゃんがフォローするところを見たくない。
みのりちゃんに優しくされて、嬉しそうに笑う椎名さんなんて見たくないから帰ろう。
私はさっさと仕事を片付けると、トイレから戻った椎名さんとすれ違うようにオフィスを出た。
更衣室で制服から私服に着替えて廊下に出ると、拓己くんが立っていた。
「花菜。」
「”俺がバカだった”なんて…あんな風に言われるなんて。」
拓己くんの顔を見るまで必死で堪えていた涙が、私の名を呼ぶ優しい声一つで決壊してしまった。
涙をポロポロ零す私を優しい腕がそっと抱き寄せた。
「よしよし。花菜はよく頑張ったよ。頑張った。」
私を胸にしっかり抱いて、子どもをあやすみたいに頭を撫でてくれる。
「今夜はさ、僕がシチューを作ってやる。好きだろ?僕のクリームシチュー。」
拓己くんが作れるのは、チャーハンとカレーライスとクリームシチューの3つだけ。
でも、私が椎名さんに怒られて落ち込んでいるような、ここぞという時に作ってくれるから、すごく心に沁みておいしく感じるんだ。
「ありがとう。一緒に帰れる?」
「下で待ってて。すぐ行くから。」
こんな日は一人でいたくない。
こんな風に拓己くんに甘えられるのもあと3カ月。
彼女さんには悪いけど、クリームシチューをご馳走になってしまおう。
泣きやんだ私の目尻に残った涙を拓己くんの指がそっと拭った。
拓己くんがオフィスに戻るのを見て、踵を返してエレベーターへと向かおうとしたら、ユラッと柱の陰から人影が現れてビクッと震えた。
「なんでワイシャツごときで泣くんだよ。わけわかんねえ。」
睨みつけるような鋭い目に体が縮こまった。
椎名さんの声は絶対バスだ。怒ると更に低くなる。
「すみません。」
おどおどと謝ることしかできないなんて、私はなんでこんなにつまらない女なんだろう。
「せいぜい飯島に慰めてもらうんだな。
イチャイチャしすぎて、明日遅刻するなよ。」
「遅刻なんてしません!失礼します。」
私の中で何かがプチッと切れた。
慰めてもらえって何?
イチャイチャって何?
そんなことを言いに、わざわざオフィスから出てきたわけ?
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