弁償

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キッと睨んで踵を返すと、椎名さんの目が驚きのあまり、まん丸くなるのが視界の隅に入った。 きっとあれは、飼い犬に手を噛まれてビックリしたって感じだ。 どんなにバカにされても怒鳴られてもペコペコ頭を下げて謝るか、ヘラヘラ笑って流していた私が、初めて椎名さんに楯突くようなことを言ったから。 拓己くんはクリームシチューを食べたら、すぐ帰るだろう。 いつもそうだ。 泊っていくことなどない。 キスはおろか手を繋いだことだってない。 拓己くんには彼女がいるんだから。 2人きりで密室に一緒にいたって、甘い雰囲気になったりもしない。 2人とも私の家ではお酒は飲まないから、酔いつぶれて間違いが起こるということもない。 本当にただの友だち。 会社でだって名前を呼び合って、優しい言葉を掛け合って、一緒に帰るだけだ。 さっき抱きしめられたのが今までで一番恋人らしいアクションだっただろう。 そんな私と拓己くんの間にさも肉体関係があるかのように言われて、しかもそれが椎名さんに言われたということが私には腹立たしかった。 私はまだキレイな体なのに、汚れていると思われたことが悔しかった。
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