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「めんどくせえ。」
それが入社当時の俺の口癖だった。
すべてに投げやりで自暴自棄。
こんな俺が最終面接で落とされなかったのは奇跡に近かった。
野球人生に終止符を打ったばかりの俺は、そう簡単には気持ちを切り替えることができなくて、漠然とした自分の将来にただ焦燥感を抱いて生きていた。
「なぁ、椎名。なんでも気の持ちようだよ。」
そんな説教を始めたのは、大学のゼミで世話になった一つ年上の先輩だ。
どうやらヤケになっている俺の噂を聞いて呼び出したらしい。
騒がしい居酒屋に全く不似合いの大男は、学生時代『W大の貴公子』と呼ばれていた。
日本人離れした長身はモデルのような均整のとれた体で、黄金比で構成された顔は『超絶』という形容詞が付くほどのイケメン。
ここまでスゴイ男だと誰が隣に並んでも見劣りして当たり前。
だから、この人の隣は居心地がいい。
「人生はよく旅に例えられるだろ?長い人生、今が谷だと思って旅していても、実は山だったりする。」
「それって、ここより更にどん底があるってことですか?」
二人で強い酒をガンガン飲みながら俺の愚痴を散々聞いてくれた割には、その助言はどうかと思う。
「あれ?」
なんて首を傾げる先輩を見て、そんな愛嬌も魅力の一つだと思う。
「とにかくだ。後ろを振り返るな。前だけ見て行け。それが椎名翔だろ?」
野球をやっている時は確かにそうだった。だが、今の俺に何ができる?
「全てを持ってるような白川さんにそう言われてもな。」
この人にそんな卑屈なことを言ったのは初めてだ。
でも、それが今の気持ちだ。
―背が低い
そんなことで俺は輝かしい未来を失った。
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