地震

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ズズンと突然突き上げるような揺れを感じて、私は思わず机から離した体を丸め た。 キャッとみのりちゃんのちいさな悲鳴が聞こえて、次の瞬間には私の頭は誰かの 腕に抱え込まれ、視界は白いワイシャツで覆い尽くされた。 誰かなんて考える間もなく馴染みのある香りが教えてくれる。 いつもよりずっと間近から香る甘いコロンは椎名さんの匂いだ。 そうわかった途端、心臓がバクバクと騒ぎ出す。 フワフワ揺れているように感じるのは地震がまだ収まっていないからなのか、 椎名さんに抱きかかえられているというこの状態のせいなのかよくわからない。 「揺れたなあ。」 「震度4はあったんじゃないか?」 フロアのあちこちから声が聞こえ、パッと私は解放された。 ふと顔を上げると椎名さんとバッチリ目が合ってしまって、また私の鼓動が加速する。 「俺としたことが咄嗟に宮沢なんかを守っちまったよ。いい気になるなよな。」 椎名さんの酷薄そうな薄い唇から容赦ない言葉が飛び出して、高揚した心が一気 にしぼんでいった。 わざわざ釘を刺さなくてもいいのに。 「わかってますって。目の前にいたからってだけですよね。 でも、ありがとうございます。」 ”宮沢なんか”なんて酷い言われようだけど、守ってもらったお礼はちゃんと言 いたかった。 笑って軽く流せていただろうか。 周りの皆の顔を見る余裕はとてもじゃないけどなくて、視線を落としかけたら目に入ってしまった。 「あ、口紅が。」 ダークオレンジの私の口紅が椎名さんのワイシャツの胸に付いてしまっていた。 「ああ。」 椎名さんもワイシャツをつまんで見つけたようだ。 「す、すみません。」 あわてて謝ると、イスの背もたれに掛けていた背広をバサッと羽織りながら 「別に。上に着れば隠れる。」 と言ってくれてホッとした。 珍しい。てっきりいつもみたいに怒られると思ったのに。
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