恋人のフリ

3/4
2681人が本棚に入れています
本棚に追加
/248ページ
はっきり言って、拓己くんはイケメンだ。 彫りの深い顔立ちにパッチリ二重でまつ毛バサバサの大きな目。形のいい眉にキリッとした小さめの口。 細身で高身長。一流大出でケチのつけようがない。 入社式の時から、女子たちはヒソヒソと拓己くんを見て囁き合っていた。 同期だけじゃなく、社内のフリーな女子社員は皆、拓己くんにアタックしてきた。彼女がいると知っていながら。 そんなある日、拓己くんに相談があると呼び出された私は、ファミレスで絶叫することになる。 「無理無理無理無理!!」 「無理じゃない。振りだけでいいから、頼むよ。」 遠距離で目に見えないライバルだから、皆気にしないで猛アタックしてくる。目の前で幸せそうにイチャイチャしていたら諦めるだろう。だから、私に恋人の振りをしてくれ。 拓己くんはそんなことを頼んできた。 「なんで、私?」 「だって、宮沢さん、僕に興味ないでしょ?」 「えっと、すみません。私、面食いじゃないんで。」 昔からなぜか若いイケメンよりは渋いオジサンに惹かれる私。 かっこいいなとは思ったけど、拓己くんに恋愛感情を一切抱かなかったのは事実。 「それでいいんだよ。そうじゃなきゃ、彼女に悪いから。もしかして宮沢さん、社内に好きな人がいたりする?」 この時、嘘でも『いる』と答えていたら、こんな恋人ごっこは始まらなかっただろう。 でも、あいにく私は自分の気持ちにまだ気づいていなかった。毎日毎日、私を罵倒して、こき使う椎名さんのことを好きになりかけていただなんて。 結局、拓己くんに押し切られて、私たちは恋人のような振りを始めた。 と言っても、皆の前で公言するわけではない。 まずは、拓己くんが遠距離の彼女と別れたらしいという噂が流れた。 次に、社内の子と付き合い始めたという噂が流れる。 相手は誰なの?と皆が騒ぎ出した頃、私たちは『花菜』『拓己くん』と名前で呼び合うようになり、よく一緒に帰るようになった。 それで、皆は私が拓己くんの新しい彼女だと思い込んだ。 直接、誰かに聞かれても、私も拓己くんも否定する。ただの気の合う同期で、恋人じゃないと。 そう言わないと、あと3カ月で帰国する拓己くんの彼女と二股かけていることになってしまうから。
/248ページ

最初のコメントを投稿しよう!