89人が本棚に入れています
本棚に追加
/168ページ
『お兄様。誤解しないでほしいわ。私は長女じゃない。お父様たちにとっての長女は……』
だが、言い掛けた桃の言葉を途中で遮り、貞行は背を向ける。
『いい!その名は言うな!』
いつもは穏やかな兄が急に声を荒らげたことにより、桃は思わず身体を硬くした。
『お兄……様……?』
しかし、次の瞬間、貞行はハッと我に返ったのか、落ち着きを取り戻す。
『すまん……取り乱してしまって……』
手短にそう告げる兄の背中は怒りか悲しみか、僅かだが震えていた。
貞行はまだ十年前のことを気にしているのだろうか……
(お兄様……まだあのことを……)
桃は胸がチクリと痛くなるのを堪えながら、去っていく兄の姿を見送った。
* * * * *
最初のコメントを投稿しよう!