反芻と逡巡の日常

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 土砂崩れ、建築物の倒壊、押し寄せる津波。残るのは、瓦礫の山と人々の叫喚のみ。そんな光景が、この国で起きているというのに、画面に映し出されるそれら種々の惨状は、リアリティをまったく喪失してしまっている。 いつ日常が非日常にとってかわるかなど、ほとんどの人間には分からないはずなのにだ。  体験したことのない恐怖は、未知の凄惨な風景の一枚として、まるで陰鬱な映画を見た後のように心に刻印され、そして風化していく。結局、人間も動物なのだ。自らの痛みを伴わなければ気付けない。 「それはそれは、まことに恐ろしいものですね」  僕はわざと慇懃無礼に振る舞った。 「おいおい、他人事じゃないよ。いいか? そもそも地震というのはだな……」  また始まった。こうなるとトモキは長い。説法を説くお坊さんのように粛々とトモキはこの日本において地震がいかに身近なもので、有事の際に慢心がいかように命取りになるかについての講釈を長々とたれ始めた。僕はまたため息をつく。  体だけはトモキに向けて、意識をクラス全体へと投げる。段々と憂鬱になってくる。
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