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そうしたらね、いつも陰鬱にお皿ばかり数えているお菊さんが、やけに柔和な表情であたしを迎えたの。周りにジャコウアゲハを従えて。
「わたし、間違っていたわ」
「ええ? どうしたの?」
「いつも気遣ってくれていたのに。どうしてあなたの優しさに気づかなかったのかしら」
調子狂っちゃうけど、お菊さんもようやく怨念から解放されるときが来たのだと、あたしも心から歓迎したわ。
だって、お菊さんったらすでに料理を用意してくれていたの。井戸の縁にぐるりとお皿を並べて。
伊勢エビほど大きな頭のついたエビフライとか、ナマズだかアンコウだかの洗い、拳くらいに大きな芋煮。あれは何かしら。牛……ではないわね、象の背骨ほどある骨髄の丸焼き。
世界から選りすぐりの食材を集めてきたに違いなかったわ。
あたし、すっかり感動してしまったの。
「食べてもいいのかしら?」
「ええ。そのために用意したんですもの」
お菊さんがそういうので、あたしは喜んで食べていったわ。片っ端から全部。
結構な量だったけど、残すなんて考えつかなかった。
夢中で食べ尽くしたの。
はたと我に返ってお菊さんを見上げると、お菊さんはにこやかにあたしを見ていた。
だからあたしは素直に反省の弁を述べた。
「ごめんなさい。あたし、ひとりで食べてしまったわ」
「いいのよ」
「ずごいわ。おいしくて、とまらなくて――」
すると、興奮冷めやらぬあたしの目にも、次第にお菊さんの微笑みが虚ろなものに思えてきた。
ひょっとして、あたし、はめられたのかしらと思ったわ。
毒を盛られたのではないかと。
だけど、あたしはもうこの世の者ではないのよ。
それしきの毒でどうにかなるなんてことがあるかしら。
お菊さんはあたしの両手を取ってうながした。
「それで、どうしたの、おいしくて、とまらなくて、それから?」
「――おいしくて、とまらなくて、永遠に食べられそうだった――こんな料理、どこで手に入れたの」
するとお菊さんはにやりと笑ってこういったの。
「井戸の奥の奥のほうからお取り寄せしたの」
なんてことなのかしら。気がついたらここにいて。
まさかと思うんだけど。
あなた、黄泉の国の番人じゃないわよね?
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