第5話 あかずのコインロッカーを開けてみた

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 それからわたしはあの「36」のコインロッカーが気になって、通りかかるたびに鍵が付いているかを見るようになっていた。  そこにはいつも鍵が付いていない。  つまり、いつも誰かが使用しているのだった。  財布の落とし主が見つかったと連絡もないし、あのときの男子高校生に出くわさないかと同じ時間の電車に乗って探したりもしているが、姿を見かけない。  そもそもあのときだって彼の姿を注意深く見ていたわけじゃなかった。  どんなカバンを持っていたのかも覚えていない。  ただ、紺色の制服を着て、ズボンをルーズにはいていたぐらいしか記憶に残っていなかった。  何日か経って、ロッカーの前を通りかかると、ランドセルを背負った女の子に話しかけられた。 「これ、渡してっていわれたの」  女の子が手に持っていたのは「36」と書かれたロッカーの鍵だった。  なぜこの子が持っているのだろう。  男子高校生から預かったのか?  辺りを見渡したが、それとおぼしき男子高校生はいなかった。  朝の通勤通学の時間帯とあって、みな足早に改札を通り抜けており、誰もこちらの様子を気にしていない。 「誰から預かったの?」  女の子は無言で鍵を押しつけるばかり。  仕方なくそれを受け取ると、女の子は逃げるように立ち去った。  ひょっとしてロッカーの中を見たのだろうか。  どうやって鍵を手にしたかは不明だが、次々と鍵が人の手に渡り、ロッカーの中に入っている紙を見て、誰でもいいから早く渡してしまいたかったのかもしれない。  まったく、こんな無意味なことがまだ続いているなんて。  中にある紙切れを捨ててやろうか?  現在のこの鍵の所有者は芙美ということでもいいだろう。  今度はなんのためらいもなく「36」の鍵を開けた。  やはり前と同じように折りたたまれた紙が入っている。  文面は知っていたが、なんとなく広げてみた。 『きみがもしこの手紙を見るのが2度目なら、不幸はもう目の前に迫っているだろう』  ふと気配がして振り返る。  誰も自分に関心を寄せず、足早にホームを目指す乗客ばかりだった。  もう関わるべきじゃない。  直感的にそう思って紙をロッカーの中に戻し、鍵もかけずにその場を離れた。
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