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夢なのだから奇妙な夢を見ることはある。
だがそれを聞いたとき、ホラー映画やグロテスクな本も見せてないのにどうしてそんな夢を見るのかも不気味であったが、それよりはたしてさゆりちゃんとは誰だろうかと疑問が湧き起こった。
近所や幼稚園にそんな名前の友達がいただろうかと。
さゆりちゃんの名は旧知の仲のように、小夜子の口からさらりと登場した。
なんとはなしに幼稚園の先生に聞いてみたが、さゆりという名の子に覚えはないという。
幼稚園ではないとしたら、私が知らない場所で誰かと出会うということは考えられない。
絵本やテレビの中で登場した人物だとしても同じこと。
小夜子が夢中になっているものはなんでも知っていた。
生まれたときからずっと小夜子につきっきりだった私が、さゆりという名の女の子がどこの誰だかわからないなんてことが、むしろあってはならない。
そしてまた次の晩にも泣いてやってくるのだった。
今度はさゆりちゃんが気持ち悪いから、二階のベランダから落としたと悪びれずにいった。
ひょっとして人形にさゆりという名前をつけたのかと、聞いてみたが違うという。
さゆりちゃんは妹なのだと。
「妹は綾子でしょ」
今までだって一度も間違えたことはなかったが、そう正さずにはいられなかった。
小夜子は首を振って、なにも間違ってはいないとばかりに答えた。
「綾子は綾子で、さゆりちゃんはさゆりちゃんなの」
妹という言葉の意味はちゃんとわかっているはずだ。
けれども綾子も妹だし、さゆりちゃんも妹なのだという。
さゆりちゃんという女の子は小夜子の夢の中では一緒に暮らす家族で、小夜子の妹なのだ。
現実に存在しない一番下の妹は小夜子の夢の中で誕生した。
さゆりちゃんは夢の最後にはいつだって死ぬというのに、次の夜には夢の中でまた生き返り、小夜子は毎晩悪夢にうなされた。
どうやら小夜子の夢の中で生まれてから現実と同じ時を重ね、年を取っているらしい。
あれから二年が過ぎた今、さゆりちゃんは二歳くらいのようだった。
この二年の間、小夜子は何度か直接さゆりちゃんを手にかけている。
夢の中とはいえ、そんなことをしたら駄目なんだとさとしたら、「さゆりちゃんはまだ小さいから何をしてもかまわないんでしょ」と平然といってのけた。
夢だから、ではなく、まだ小さいからという理屈が恐ろしい。
夢だと認識しているはずなのに、時折、それがあたかも現実に起こっているかのように誰かに知ってもらいたがっている節があった。
幼稚園で描いた絵の中にはじめてそれを見つけたときは言い知れぬ恐怖を感じた。
上手とはいえない絵だ。
小夜子と手を繋いでいる小さな女の子は空中に浮いていて、人形に見えなくもなかった。
でも美由紀にはわかる。それはさゆりちゃんだった。
さゆりちゃんは夢の中にいなくてはいけない。
だって、さゆりちゃんは――。
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