第14話 水辺の男の子

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 遊泳禁止区にある防波堤は、河口から両脇に二本平行に海へ長く突き出していた。  ふたり並んで突っ走るには危険な幅だ。足を踏み外したら暗い海の中に落ちるどころか、消波ブロックに頭を打ち付けて死にかねない。  夜の海は、昼間の陽気な様相とは異なり、果てしなく続く波の音にのまれてしまいそうで、どこか怖い。  またふたり、防波堤の上を沖の方に向かって走って行く。  ちゃぷんと大きな音がして何気なく防波堤のふもとの方を覗いてみた。  すると無造作に並べられた大きな消波ブロックのひとつに、小学校低学年くらいの男の子が座っていた。  思いもよらないことにぎょっとする。  親とはぐれてしまったのだろうか。  夜遅い時間、こんな場所に取り残されているなんてありえない。 「こんなところでなにしてるの」  声をかけると男の子はこちらを見上げて不思議そうに首をかしげた。 「わかんない」 「わかんないって……。誰かと一緒じゃないの?」 「わかんない」  暗がりでひとり、悲観に暮れることもなくじっとしているのもへんだが、ごまかしているようにも見えない。  静かに押し寄せる波が男の子の腰元まで来ていてさらわれそうになっている。  いくら夏だからといってもずっと海に浸かっていては寒いだろう。 「危ないからこっちに来な」  手を差し伸べると「何やってんだ」と後ろから声をかけられた。  振り返ると亮司がこちらに近づきながら怪訝そうに隆邦を見ていた。 「見ろよ、子供がこんなところに」  視線を戻すと、元いた場所に男の子はいなくなっていた。  防波堤沿いに並べられた消波ブロックを左右見渡す。  誰もいない。  どれほどの身のこなしでも、ちょっと目を離した隙に見えないところまで移動できないだろう。  波にさらわれたのか?  足下の暗い海を目をこらして探す。  波にさらわれたにしても、溺れている姿ぐらいは見えそうなものなのに、まるで海に吸い込まれたみたいに男の子は一瞬で消えていた。 「おい、なんだよ」  隆邦の様子を見て亮司も戸惑い気味に海を見渡した。 「そんなところに子供がいるわけないだろ。自分の影が海に映っていたんじゃないの」 「見間違うかよ」  自分は赤いTシャツを着ているが、男の子は胴体部分が白で、袖が水色のパーカーを着ていた。  それに、男の子と会話をしていたのに、海に映った影のはずがない。  亮司は両手を胸の前でぶらんと指先を下に向けた。 「そうでなけりゃ、幽霊だな」 「アホか」  そういいながら、自信が持てなくなっていた。  確かに、見たよな?  見たよ。間違いない。  だが、海は荒れているわけではない。一瞬で飲み込まれてしまうなんてことがあるだろうか。  高台から飛び込んでそのまま浮いてこなかったという話しは聞いたことあるが、さざ波に足下すくわれた程度なら体がすぐに沈んでしまうこともないだろう。 「いくぞ。幽霊に連れ去られる」  亮司がおどけて走り出すのでオレも追いかけた。  大丈夫。きっとあの子は幽霊だ。いや、幽霊だとしても気が変になりそうだが、生身の人間でなければそれにこしたことはない。いくらなんでも溺れている子供は放っておくのは寝覚めが悪い。  今まで幽霊とも亡霊とも遭遇したことはないが、ばあちゃんが言ってたことを思いだした。  お盆は海に入ってはいけないよ。  この世に戻ってきた霊があの世へと引きずりこもうとするからね。  隆邦はあの世へと誘われていたのだろうか。ならば、思いとどまってよかったと考えればいい。  べたつく潮風を切って、仲間のいる方へ、防波堤を走り抜けた。
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