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「この辺って水難事故多いんですか」
「多いかどうかはわからないけど。全くないわけじゃないわね。ただ、海水浴客より、釣り客とか、あと、なんていうの、水上バイク?とか」
「監視員がいないときってことですかね」
「ああ、そうね。そうかも。防波堤の近くは遊泳禁止になっていたでしょ。離岸流が発生するし、危険なの。釣りをやる人とか、あの防波堤で波が荒くても粘っていたりするからね」
「最近は? なんかありました?」
「どうだったかしら。亡くなった人は最近は聞かないかしらね」
亡くなったとするなら不謹慎だが、あの男の子が幽霊であってほしいと思ったり。そんな馬鹿げたことがあるかと思っている自分とが拮抗している。
「ひょっとして、見たの?」
「え? 見たって?」
肝を冷やしながら問い返すと、女将さんは亮司と同じように両手を胸の前でぶらりとさせた。
「幽霊よ。たまにいるの」
「幽霊がいるんですか?」
「うちも古いから。廊下がきしんだとか、風の音がしたとかで、幽霊騒ぎが起こったりするの」
どうやら、笑い話の方の幽霊騒ぎらしい。
長く民宿業をやっていれば、キャーキャー騒ぎ立てる女子集団が襲来するとかありそうな話しだ。
「じゃあ、海で幽霊が出るような噂があるとかは?」
「特に有名ってことはないんじゃない? あなたは聞いたことある?」
「いえ、ないですけど」
「肝試しなら、海より薄暗い森の奥にあるキャンプ地とかのほうが怖いかもよ」
女将さんの冗談じみた提案に、隆邦は愛想笑いを返した。
適当なところで話しを切り上げ、男たちが雑魚寝する部屋に戻った。
幽霊が出そうなほどみょうな静けさだったが、あの男の子につきまとわれている気配はない。
目をつむり、何度も寝返りを打つうちに夜が明けた。
来た甲斐があったと思ってしまったほど、翌日も海水浴日和だった。
眠さでぼぅっとした頭を海水浴びて目覚めさせる。
海は平和そのものだった。
誰かを捜索している様子もない。きっと見間違いだったのだろう。
その一件については忘れかけていた。
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