第15話 きのうのきみ

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「そうなれば最大級に馬鹿にされるな」  ぽつりとつぶやくと、 「うん、そう思う」  唐突に後ろから声が聞こえ、おののいて手すりをつかみ振り返る。  同じくらいの年格好の少女が後ろに手を組んで立っていた。  三階の踊り場の隅っこの方にいたのか、それとも階段を登ってきたのか、まったく存在に気づかなかった。  真っ赤に染め上げた髪が風になびいて、強い日差しを受けてきらめいている。  この学校の生徒だろうか。制服を着ていないからわからない。  デニムの短いワンピースにチェックの長袖シャツを腰に巻いていて、野暮ったいセンスがちょっぴり残念と思わせるくらいに、かわいらしい子だった。  ふわりと音も立てずに紗助の隣に並んで下を覗き込んだ。 「自分の運命を試してみるのもいいけど、飛び降りなんて、やめた方がいいと思うよ」  見透かしたように彼女はいった。 「きみだって。こんなところでなにしてるの」 「ほんの思いつき」  はにかんでそう答える彼女なら、階段でも鉄塔でも無邪気に登ってしまいそうだなと、勝手に想像して笑ってしまった。  紗助のほんの思いつきは、ここで終わってしまいそうだった。  彼女が見ている前で飛び降りるわけにもいかないし。  それを察したのか彼女は違う話題を口にした。 「あしたはタイムカプセルを埋める日だね」  彼女はグラウンドの向こう側にある五本の桜の木に視線を向けた。  桜は大きく幹を広げて青々と生い茂っている。  春になれば見事な花を咲かせるが、校門からも校舎の窓からも見えにくく、ただでさえ花期が短いというのに、うっかりしてたら見過ごしてしまいそうな場所に植わっていた。  グラウンドの隅に追いやられている五本の桜は、開校十周年毎に植えられた記念樹だった。  一番若い桜でも十年が経過している。  今年も桜の苗木と一緒にタイムカプセルを埋めるのだ。  自分宛の手紙を書き、十年後に開封されることになっている。  それを知ってるということは、やはりこの学校の生徒のようだ。  紗助はまだ自分宛の手紙を書いていなかった。  なにも伝えることなんてない。  十年後の自分は、十年前の自分を知っているのだから。  それに、みんな十年後にちゃんと手紙を受け取りにくるのだろうか。十年も経てば今のいっときなんてどうでもよくなって、十年後に光り輝いているヤツが自慢したいがためにやってくるんじゃないか。  ――ああ、そうか。 「今」なんてどうでもいいのか。  今、このいっときのために、人生を投げ出すなんて馬鹿げているのかもしれない。 「ねぇ。お互い宛に手紙を書こうよ」  不意に彼女が提案した。 「わたしは江東芽衣子。また十年後もここで会おう」  それほどときめく話しでもないけれど。  紗助は、十年後も生きていなくちゃならなくなったな、と思った。  赤髪の少女に違う脱出口へと背中を押されたような気がした。
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