第1話 一番下の妹

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 朝食の準備ができたのに小夜子がまだ二階から降りてこない。  綾子が食べ始めるのを見届けて、小夜子が寝ていた夫婦の寝室へ向かった。  そこにはいなかったので小夜子の部屋へとまわる。 「小夜子? ごはんできたよ」  ドアを開けると小夜子はベッドの上で耽ったように座っていた。  カーテンが閉じられたままの薄暗い部屋で、なにをするでもなくたたずんでいることにぎょっとする。  こちらの方に顔を向けているのに、気がついているのかもわからないくらいに視線が遠い。 「……お母さん」 「どうしたの?」 「お母さん」 「なに?」  小夜子の様子がおかしかった。  いつにも増してのっぺらんとして表情がない。 「ねぇ、お母さん。今日も死ぬ夢を見たよ」 「ええ? 見てないんじゃなかったの?」 「見たよ」  いつもの小夜子と違って泣いてなかった。  とても怖いはずの夢が、どこか楽しげにも見える。  表情がないのに、楽しそうなのだ。  声、だろうか。  声は確かに小夜子なのに、久しく聞いていない華やかなトーンでいつもの怖い話しをする。 「すっごく気持ち悪かったの。皮膚がどろどろに溶けていってね」  ちぐはぐとしている。  なんだろうか。  この嫌な感じ。 「トカゲみたいな小さな肉の塊になって、誰だかもわからなくなっちゃったの。……だからね」  ぞっとするようなささやきに、小夜子を突き飛ばしたくなる衝動を抑えた。  いつもといってることは変わらないのに、我が娘に嫌悪感さえ抱く。  小夜子は薄ら寒くなるような笑みを浮かべ、がらんどうな瞳で美由紀を凝視した。 「だから、お葬式の時に飾る写真をアルバムから選んであげたの。お遊戯会で妖精さんをやっているときの写真。それでよかったよね、お母さん?」  美由紀は悲鳴をあげそうになって口を押さえた。  そんなはずはない。  お遊戯会で妖精さんを演じたのは小夜子だ。三番目くらいにいい役がもらえて美由紀も舞い上がり、写真を何枚も撮った。  その写真のことだろうか。  馬鹿な。そんなはずはない。  だったらこの子は誰なのだ。  誰の写真を遺影に選んだというのだ。  小夜子――。  娘の名を呼ぼうとして思いとどまる。  名前を聞いてはならない。  ――いや、この子は小夜子にきまってるじゃないか。  どこか覇気がなくてクラスにも馴染めない小夜子。  突然学校へ来なくなっても、きっと誰も不思議には思わない。  この子を、この薄暗い部屋にずっと閉じ込めておくことはできるかと、考えはじめていた――。    ※  娘と母親、どちらが狂っているかだって?  さぁて。どうだろうか。  一度外れた歯車は、そう簡単には戻りはしない。
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