26人が本棚に入れています
本棚に追加
/113ページ
第19話 異界駅経由○○行き
ウトウトとしたまどろみの中、手にしたスマホを落としそうになって、弥栄は目が覚めた。
電車の中だった。
高校生になってから始めた詩吟部は週三回の活動ではあるが、発声練習から始まり、腹式呼吸をマスターするためのトレーニングメニューは、想像していたよりきつくて、帰るころにはへとへとだった。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
どこまで帰ってきただろうかと、座ったまま体をひねり、窓の外を見やった。
すでに日は落ちて辺りは暗闇に溶け込んでいる。
ふと奇妙な既視感に見舞われた。
どこかで見たことがある風景。
田舎であるからさして代わり映えのしない田園の中を走っているのだが、いつもと違う路線を通っているような気もするのだった。
そうか。この辺りはちょっと前までは繋がっていた路線だ。
大災害に遭って途中の区間が走行できなくなり、いまだ開通していないはずだったのだが……。
再開したのだろうか。そんな話しは聞かないんだけど。
いつも降りている駅からはさらにバスを乗り継いで帰宅しなけらばならなかったが、開通したのであれば少し時間の節約になる。
スマホで情報を得ようとアプリを立ち上げるが、接続状況が悪いらしくネットに繋がらない。
携帯基地局も被害に遭ってまだ回復していないのだろうか。
何度かトライしているうちに電車が止まってドアが開いた。
そこから見えたのは『きさらぎ』と書かれた駅名の看板だった。
これって――。
ネットの書き込みに端を発した都市伝説の異界駅名ではないか。
誰かがイタズラ書きをしたのだろうか。
それとも映画かなにかの撮影で使っているのか。
弥栄は興味本位に駅へと降り立った。
ホームに一つだけある明かりに照らされている。
思いがけず古びた駅名標だった。
前後の駅名も書かれていない。
作り物といったら作り物っぽくもあるが、こんな場面に遭遇することなどまずないからとりあえず写真を撮っておいた。
自撮りでもおさめておきたいとアングルを探っていると、何の前触れもなく電車のドアが閉まった。
「え! ちょっと、待って、乗ります!」
トレーニングで鍛えた声を張り上げて電車に走り寄り、ドアを叩く。
きょろきょろと車掌を探しているうちに静かに電車は走り出した。
どうにかしなくてはと短いホームの端まで併走したが、なすすべもなく、弥栄ひとりをおいて電車はいってしまった。
電車の明かりが遠く消えていく。
次に電車が来るのはいつだったか。
終電にはまだ早いはずだ。
とはいえ、駅員もいないホームでひたすら待つのは恐怖さえ抱く。
だいたい、ここはどこだろうかと周りを見渡す。
線路の向こう側は背丈ぐらいにまで高くなった雑草でほかには何も見えない。
小屋のような無人駅にも明かりさえなく、その裏側は雑木林になっていて、妖しく風に揺れる音が聞こえるだけだ。
ほんの数分前までは見知ったつもりでいたけど、取り残されてみれば、まったく見覚えがない駅だった。
改札口もなにもない駅舎に立ち入る。
背もたれが欠けたベンチと、使えるのかわからない石油ストーブがあるだけで、時刻表もなかった。
どうしよう。
ネットも電話も通じない。
誰とも連絡を取りようがなかった。
どこかで電話を借りようか。
駅があるのだから、人家はあるはずだ。
駅舎からひと筋の道が伸びていた。
その先に街灯がぽつんと立っている。
どうせ一時間は次の電車は来ない。
あの明かりまで歩いてそこから先がどうなっているか、それを確かめてから次の行動を取ってもいいだろう。
最初のコメントを投稿しよう!