第19話 異界駅経由○○行き

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 そのとき、砂利を踏む音が聞こえて振り返った。  リュックを肩にかけた大学生くらいの男性がこちらへ向かって歩いてきている。  弥栄は慌てて頭を下げた。 「すみません。住人の方ですか?」 「あ、違います。なんか、迷っちゃって」  どういうことなのか、彼も見覚えのない土地にやってきて、ここへたどり着いたというのだった。  そしてひとけのない家屋に興味を示し、彼もまた無断で庭に立ち入る。  あの駅名に惹かれて降り立つような人は、こういう状況を面白がるくらいの人間性なのかもしれない。  他人の家だということが気にかかっていたが、ふたりがそちら側に行くのなら、自分もそうしなければいけないような気がして、弥栄もその男性について庭の中へ入っていった。 「へぇ。これって、マヨイガじゃないですかね?」  男性は部屋を見渡すとそういった。 「マヨイガ?」  弥栄もなんのことかわからなかったが、聞き返した女性の方も知らない言葉のようだった。 「遠野物語って知りません? 民間信仰とか伝承とか、そんな古い話をまとめた物語に、マヨイガってのがあって。誰もいない家なんだけど、ほっかほかの食事が用意されていたり、火鉢の上に置いてある茶瓶がぶんぶん沸いてたり。さっきまで人がいたみたいな家なんだけど、探しても誰もいない」 「まぁ、まさにそういう状況だけど」 「マヨイガには滅多に来られるものじゃなくて、そこから漆塗りのお椀を持ち帰ると幸せになるって言い伝えがあるらしい」 「へぇ。今ならそんな話しも信じられるかも」 「でしょ? 俺、思ったんですけど、お椀を持って帰るなら、お椀に入ってる汁物を捨てるわけにもいかないし、食べていくのが正解だと思うんですよね」 「そうよね。きっと、わたしたちのような客がやってくるとわかって、用意してくれてるんだと思うわ」  到底納得できるような理由ではなかったが、ふたりは縁側から座敷に上がり込んだ。  お膳の前に座ると、「いただきます」といって、勝手に料理を食べ始めてしまった。  女性はお椀を手にしながら「あなたも食べたら?」と声をかけてきたが、弥栄は「わたしはいいです」と断ってその場を離れた。
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