第6話 猫の島

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 前世の記憶が甦る時期はいつも定かではなかった。  なにかをきっかけに唐突に思い出すのだ。  それは、庭で遊んでいたときのことだった。  お母さんはバラの手入れをしていた。  バラは虫がつきやすくて、トゲがあるからやっかいな植物だ。  友梨亜はさわらせてもらえないので、自分専用の砂場で遊んでいた。  ガーデニングのまねごとで、プラスチックのチューリップを植えたり、抜いたり、ひとりごとをいいながら、それなりに楽しく遊んでいた。  そこへ、一匹の野良猫が庭に入りこんできたのである。  そんなことはよくあるのであまり気にもとめなかった。  だが、音もなく現れた猫を見て、どこかで見たことがある猫だとぼんやりと思った。  どこにでもいそうな薄茶色の毛並み。  幼い自分が一人でしっかりと抱きかかえられるくらいのごく普通の大きさ。  見れば見るほどにこれといって特徴のない猫であった。  周辺には猫が多すぎて見知ったような気になっているだけだろうか。  その猫は友梨亜と目が合うとミャーオと鳴いた。  やっぱり、鳴き声に聞き覚えがある。  友梨亜はこの猫をずいぶんと前から知っている。  口に出して名を呼んでみた。 「ニヤケ……?」 「ミャーオ」  そうだニヤケだ。  横にイーと口を開き、小さくて鋭い歯をのぞかせて鳴いているのは前世での「親友」だ。  友梨亜は今5歳であるから、前世で命を落としてから少なくとも六年は経っているはずだったが、生きていてもおかしくはない。  猫は十数年生きられる。 「ニヤケ、わたしのことがわかるの?」  ニヤケにそっと近づき、ひざまづいてギュッと抱きしめた。  ニヤケはおとなしくされるがままに友梨亜の胸の中に顔をうずめている。  このへんの猫はたいてい人懐っこくて、警戒心をいだかない。  だから、ニヤケが前世の友梨亜に気がついているのかはわからなかった。  ただ、友梨亜が再びこの「猫の島」に生まれ変わったということだけは確実にいえた。  この島は「猫の島」なんて呼ばれていたが、陸続きになっていて、人々が普通に暮らしている。  首都からも近いので、猫好きが集まる猫の聖地として観光スポットにもなっていた。  飼い猫なのか、野良猫なのか、どちらともつかぬ猫たちが共存するようにすみついていて、外を歩けば猫に会わない日はないくらいだった。  猫好きの聖地としてよそ者も多く訪れるこの離れ小島。  前世は見知らぬ者たちとのふれあいに多くの時間を費やした。  だが、その前世は唐突に終わった。  戦国の世に敵と戦い命を落としたことはあったが、平和の世で無防備なところ突然殺されたのは初めてのことだった。  友梨亜は何度も生まれ変わっているが、同じ回数だけ死んでいる。  生まれた瞬間からひたひたとやってくる死への恐怖は、何回目であろうとも絶望に満ちていた。  いつまでもこの世にとどまっていると、あの世へのあこがれさえいだくというのに、死ぬ間際には未練がましくもまだこの世にいたいと思っているのだった。  これが怨念というもなのか、友梨亜は続けてまた同じ地に生まれ変わったのである。
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