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第1話 一番下の妹
「小夜子ちゃんのことだけど」
授業参観が終わり、校門を出たところだった。
近所に住む清水律ちゃんのママに声をかけられた。娘が同い年ということもあり、ほかのママたちよりも親しい付き合いをしている。
きょうのところは一人でさっさと帰ってしまいたかったが、小夜子のこととなれば足を止めたいわけにはいかなかった。
「小夜子ちゃん、ママたちのあいだでも噂になってる」
「え? もう?」
美由紀はあまりに早い広まりに、ショックを受けた。
こんなときだから、授業参観も時間を区切り、人数制限をしながら保護者が教室へ入るようになっていた。
先ほどの様子がもうSNSを通じ、ママたちで共有されてしまうとは怖い世の中になった。
だが、清水さんは「今日だけのことじゃないよ」といった。
小夜子は先生に名前を呼ばれたとき居眠りをしていて反応がなく、隣の男の子に体を揺すられて起こされていた。
クラスの子たちからも失笑が起こっていたが、今に始まったことではないらしいのだ。
いつもひとりでぼんやりとしていて、律ちゃんが誘っても上の空なんだとか。
小夜子は友達もいなくて、どこか辛気くさいところがあるし、そういうところは心配ではあった。
「夜更かしさせてるの?」
大きなお世話だが、対応を間違えれば針のむしろになってしまう。
当たり障りのないようにいった。
「違うのよ。新しいうちに引っ越して来て、一人部屋になったから、まだ慣れなくて眠れないみたいなの」
だが、引っ越してきてもう二年も経っていた。清水さんはそうなの、といいながら、全然納得できない様子でうなずいている。
でもそれはあながち間違ってはいない。
二年くらい前から小夜子は妙な夢を語るようになった。
ちょうど新居に引っ越してきたころだ。
夜中に泣きながら夫婦の寝室にやってきて、怖くて眠れないといった。
それまでは狭い部屋に布団を並べ、家族4人がひとつの部屋で川の字になり、常にだれかの寝息を聞きながら寝ていた。
はじめての自室だ。「怖くて眠れない」とやってきたときも、慣れないひとりの夜が不安なだけだろうと、特に心配することなく美由紀の布団に入れて寝かせた。
ところが、次の日も泣いてやってきた。
もがき狂ったように乱れた髪が濡れた頬に張りつき、よっぽど長い時間泣いていたのか過呼吸気味にしゃくり上げていた。
その様子はこちらまでもが怖くなるほどだったが、手ぐしで髪を撫でつけ、ティッシュで頬を拭いて落ちつかせた。
「そんなに泣くことないでしょ。鍵は全部閉まってるんだから、怖い人はやってこないよ。なにも怖いことは起こらない」
美由紀が言い聞かせると小夜子は首を横にふって、「ちがうの」と、もそもそといった。
「怖い、夢を見たの」
「怖い夢?」
「さゆりちゃんを抱っこしたの。そしたらドロドロにとけちゃった」
なんのことをいっているのか、さっぱりとわからなかった。
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