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掃除も終えて初秋の風を感じるほどに空気が改まると、ふたりは腰を落ち着けた。
シーツも洗濯して干し終えたが、晩ご飯にはまだ早い。
磨き上げたローテーブルの上にアルバムがのっている。
本棚を使い古しのタオルではたいていたときに見つけたのだ。
見たいといったら涼太はすべてのアルバムをテーブルに積み上げた。
とはいっても、小中高の卒業アルバムを除いたらそのほかには1つしかなかったが。
「懐かしいなぁ」
涼太は重々しいアルバムの表紙を開いた。
台紙のフィルムを剥がして写真を貼り付けるタイプのアルバムだった。
今でこそスマホで何十枚も写真を保存しているけど、こうやってページをめくっていくのも、時の経過をたどるようで楽しい。
「母さんが写真を現像して貼ってくれてたんだけどね、だれもやってくれる人もいなくなって、たしか、半分も使ってなかったんじゃないかな」
少し、ハッとした。
母との思い出が一冊埋まりきらなかったアルバムを開く涼太の気持ちを、先に察してあげられなかったことが悔やまれる。
「これを見るたびに――」
逆に気を遣われ、涼太は明るい調子で指さした。
一枚目は、病衣を着た化粧っ気のない女性の枕元で、真っ赤な顔して泣いている赤ん坊の写真だった。
「母さん、こんな写真、涼太のアルバムに挟むんじゃなかったって、いってたんだよね。ノーメイクで油断した感じが恥ずかしいんだって」
「素敵なのに」
「こうやってさ、涼太と結婚してくれる人と見るんでしょ、恥ずかしいわって」
涼太はそういって笑った。
「子供のころにはよくわかんなかったけど、今、あ、こういうことかって。だって。このへんになってくるともうバッチリメイク」
生まれたばかりの涼太の写真が何枚か続いたあと、たしかに病院から自宅に戻ったころには写真を撮ることを意識した身繕いをしている。
「きれいな人ね」
「そうか? ……あ、聞いてるといけないから、きれいってことにしておこう」
軽口たたく涼太だけど、きっと、母親と一緒に見ていても同じようなことをいって笑い話にしていただろう。
涼太は、この家にいると、母親がずっとそばにいるといっていた。
自分はなにも感じないけど、母がいるのだと。
なにかを感じていたのは兄の方だった。
居間で兄と父が話していたのをたまたま耳にしたという。
兄は母が亡くなってからというもの、塞ぎ込んで学校へも行かず、自室にこもることが多かったらしいのだ。
家にいる時間が長くなった兄は、この家で妙な物音がするとか怪奇現象が起こると言いだし、除霊をしようという話しになっていた。
でも、この家で霊が出るとしたら母しかいない。
そう思った涼太はそれはいやだ。お母さんを除霊しないでと泣いてお願いした。
兄に負けないくらい狂ったように泣き叫び、むしろ兄は涼太の尋常ではない泣き方に恐れおののき、その話はなかったことになったという。
兄はそれから学校へ行くようになったが、怪奇現象がどうなったか、涼太もたずねていない。
そういうこともあって、いまでも兄はこの家に寄りつかず、涼太とも疎遠であるようだった。
一緒に写っている三歳くらいの男の子がお兄さんだろう。
カメラマンの役をしているのか、お父さんの写真はほとんどない。
そして、我が子を愛おしそうに抱きしめるこの女性が、お母さん……。
だとするなら、涼太の隣でアルバムを覗き込んでいるこの女は、いったい誰なのだろうか。
正体不明の霊はそれからも家の中をうろうろとしていた。
ものを言わず、ふわりと現れてはなにもせずに監視する。
なにも、ことは起こらなかった。
一夜が明け、ふたりが帰るときは玄関まで見送りに来ていた。
ドアが閉まる、その細い隙間から、ずっと最後までこちらを見ていた。
その刹那、女の声が聞こえた。
――もう、二度と来ないでね。
自分の部屋に帰ってきても、まるで取り憑かれたかのように、奈江の脳裏からあの女の霊が消えなかった。
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