第19話 異界駅経由○○行き

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 弥栄は道なりに歩き出した。  無人駅とはいえ、本当になにもないところだった。  葉が揺れるたび、暗がりの隙間から何者かが出てきそうな気配を感じてしまう。  自然と足が速くなる。何度も駅を振り返ってはそこにまだ見えていることを確認した。  街灯まで近づくと、緩くカーブした先に、また街灯が立っていた。  もう少し先まで行ってみよう。  そうやって街灯を頼りに進んでいくと、木立の陰から急に家の明かりが見えた。  近づけば家中の明かりがついているのではないかというほど明るい。  カーテンも閉まっていないのは、ほとんど通りかかる人もいないからなのか。  そういえば、父の田舎の家もそんなかんじだったと思い出した。  門には表札もインターフォンもなかった。飛石をたどって玄関まで行く。  磨りガラスから中の明かりが漏れていて、外まで充分に明るい。  やはり、玄関にも呼び鈴のようなものはなかった。  思い切って扉を叩いてみる。 「すみません!」  大きな声で呼びかけるも、中からはなにも聞こえない。  テレビの音も、話し声も、物音ひとつ聞こえない。  人の気配がまったくなかった。  防犯のために明かりがついているだけだろうか。  少し戻って中庭越しに掃き出し窓をのぞく。  広い畳の部屋にお膳が4組ほど用意されていた。  小さなテーブルのような台の上に、お椀や皿がのっており、湯気が立っているように見える。  料理が用意されたばかりだとするなら、誰かがいるはずなのだが……。 「あの……」  突然後ろから声をかけられて飛び上がるほど驚いた。  振り返ると自分より少し年上に見える女性が立っていた。  レモンイエローのシャツに紺のパンツ。革製のトートバッグを肩に提げて、持ち手を両手でギュッと握りしめている。  仕事帰りだろうか。  不審そうに弥栄を見る彼女に頭を下げた。 「すみません、勝手に。あの、わたし、電話をお借りしたくて」  どうにか伝えると、女性は「いやいや」と顔の前で手を振った。 「わたしも、ここの住人じゃないから」 「そうなんですか」 「なんか、電車がへんなところに着いちゃって」 「わたしもです!」  安堵から思わず大きな声を上げていた。  巻き込まれたのが自分だけでないのなら、心強い。 「そうなんだ。電柱にも街灯にもどこにも住所が書いてないし、まったく覚えのない場所なんだけど、ここがどこか知ってる?」 「わからないです。携帯も通じなくて」  話しを聞けば、ほとんど弥栄と同じような状況でここへたどり着いたようだった。  彼女が乗ってきた鉄道と行き先の駅名は聞いたことがなく、遠い他県のローカル線だというので、にわかに信じがたかったが、彼女にしてみても、同様のことを感じたかもしれなかった。 「それにしたって、誰もいないのは不思議だね。料理を作っている人くらいはいそうだし、そもそも誰もいないのに温かい料理を用意するっておかしいよね」  彼女はずかずかと中庭に入り込んでいった。その大胆さに弥栄はついていけず、その場にとどまることしかできなかった。  彼女は縁先に膝をつき、窓を開けた。 「ごめんください」  静寂しかない室内からはなんの反応もない。  やはり、誰もいないようだった。
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