第二章 風のポリア、誕生の時。

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{ 5:失踪と救出 } 依頼は終わった。 明けた日の午前、他愛ないバカな話をしたりしている内に、荷馬車にて街中へ戻って来たポリア達。 幌の上がった後方に座るポリアは、賑わいの激しい商業区に戻って来ると。 「ハァ。 何だか、な……」 何故か、話を途切ったポリア。 だが、仲間はその気持ちが解る。 近場に座るゲイラーより。 「K《リーダー》は居なかったが。 あの時の山や森から戻って来た時と似てるよな」 ゆったり頷くポリア。 グランディス・レイヴンの一行を助けて戻る時と、何となく感覚と云うか、雰囲気が似ていた。 とても疲れて、何処か充実していて、それでも何処かスッキリしきれていない感じ。 Kがいた時は、ガロンが逃げたり、最後の最後でKが消えたり、Kの不可解な行動もモヤモヤしたが。 今回は、モンスターが何故に来る様に成ったのか、あのモンスターを誘う様な伐採の跡や死骸の痕跡がモヤモヤさせる。 が、直ぐにポリアは眼を半開きにして。 「だからってね、ゲイラー。 後で、システィと折半だからね」 言われたゲイラーは、システィアナと2人して苦笑いし、ポリアが怖いと横を向く。 そんな2人を横目で睨むダグラス。 「チキショウ。 高い酒を軒並み呑みやがってからに」 眠そうな眼をするマルヴェリータも。 「絶対に、奢らせるわ」 昨夜に何が在ったのか、このやり取りで察せられるか。 酔った時のシスティアナの悪ノリにも困る。 だが、システィアナのお願いが、好意ではなく神託に成るゲイラーも問題だ。 実に、アホらしい。 さて、この荷馬車に乗る依頼主達は、アルマの店で降りた。 採取の報酬は、其々に払われるらしい。 「ポリア、元気でな」 「また、依頼を出す時もアンタ達がいいよ」 「危険な依頼で、死んじゃダメだよ。 生き恥を晒してでも、生き抜きなさい」 「世話に成った。 君たちは命の恩人だ。 薬やこの国の自然で困ったら、相談しに来い」 「助かった。 これで、今年は何とか食い繋げる。 また、会えると祈るよ」 「依頼を請けてくれて有難う。 君達みたいな美人は初めて見たよ。 死なないで、有名に成ってね」 6人の依頼主は、馬車の荷台に残るポリア達へ言葉を贈る。 ポリアも、其々に応えて別れと成った。 さて、アルマと部下が御者の席に居るこの荷馬車は、斡旋所まで向かった。 流石に橋を渡るには、馬車を降りなければ成らない。 橋の1つは幅も広く、街路の脇に馬車の駐車馬場も在る。 其処へ馬車を置き、商業区管轄の下働きと成る若者に駐車代と世話料を合わせて数シフォンを払って移動する事に。 だが、ポリア達がアルマより先に橋へ脚を入れようとすると。 「あっ、あのっ!」 「スイマセンっ、待って!」 橋を渡って来る冒険者達が、いきなり声を上げて走って来たではないか。 ポリア達に眼の悪い者は居ないが、特にポリア、ヘルダー、ダグラスは中でも良い方だ。 橋を見るダグラスは、走って来たのが皆、女性の冒険者と見えて。 「お、ポリア。 遂に同性の取り巻きが出来たか?」 駆け出しの若い冒険者が、時に有名な冒険者の取り巻きみたく成る事が在る。 ホーチト王国のマルタンでも、マルヴェリータには男性のファンが。 ポリアには、男女の偏りなくファンが居た。 「冗談は止めてよ。 それより、向こうの顔は笑ってないわ」 走って来たのは、やはり4人の女性冒険者だ。 武器を有する2人に、魔術師か、僧侶らしき見た目の2人。 走って来る冒険者達が、自分達に話が在りそうだからと感じたポリアは、アルマへ。 「アルマさん、先に行ってマスターに報告をして。 お金の受け取りは、アルマさんが居なくても大丈夫よ」 「ん、解った」 走って来た4人の女性冒険者を一瞥したアルマは、部下の男性2人と橋を渡る。 さて、ポリアの前に来た若い女性冒険者の内、髪に陽射しが当たると黒髪に鮮やかな紫色の艶が窺える美人が対面に立つ。 「あ、あの、私はレフィマと言います。 貴女は、ホールグラスのポリアさん、ですよね?」 「レフィマさんね。 そうだけれど、何か?」 ポリアの前に来た4人の女性冒険者は、偉く真剣な表情だったり。 心配が顔に出たりしていて、雰囲気からして知り合いに成りたい訳では無さそうだ。 それに、食事や睡眠が疎かなのか、何処か窶れて見える。 息を整えたレフィマより。 「あっ・あの、この様な事を初対面で聴くのは、本当に不躾なのは解ってますが。 それでも、仲間の為に聴きます。 ポリアさんは、ベロッカと云う人物が何処へ行ったか、御存じ有りませんか?」 このレフィマなる女性より、【ベロッカ】の名前が出た瞬間だ。 ポリアの背中にゾワゾワと寒気が走る。 「ベロッカっ? 何で、貴女達が彼を?」 「あ、はい。 細かく話せば、色々と少し長いのですが。 今日から10日と少し前、私達もベロッカに遭ったんです」 マルヴェリータも、ベロッカの名前を聴いては身体に走る悪寒が止まず。 「ちょっと、ポリア…」 その声から心配が2人して重なった事を感じたポリアは、彼女達から視線を逸らさないまま頷くだけして。 「まさかとは思うけど、何かの依頼をベロッカから持ち掛けられたりしたの?」 4人の女性冒険者達は、4人其々が頷く。 そして、黒いローブを着る、紅い髪のあどけなさが残る田舎の娘みたいな女性より。 「“高額な報酬で、個人的なやり取りとなる依頼に参加しないか”、って言ってきまして。 私達は、斡旋所も通さない依頼は、違反になるかも知れないから請けたくないって言ったんです」 その話の流れを繋ぐ様に、大柄で短髪の若い女性の冒険者より。 「それなのに、リーダーのカルキュアが、一人でその話を聴きに行ったらしくて。 次の日の朝には、置き手紙と一緒に仲間の大半が消えたんだ。 多分、ベロッカって奴の話に乗って、何処かに行っちまったんだ」 システィアナとは信仰する神が違う。 薙刀に似た槍を手にする巨人みたいな偉丈夫と、アコヤガイの様な貝の中で寝そべる美女の刺繍を背にする、緑色のローブを纏う細身の眼鏡女性が。 「もう、10日以上も帰って来ません」 そして、黒いローブの少女が涙目で。 「もしかしたらっ、もしかしたらぁ、カルキュア達は死んでしまったんじゃ……」 と、泣き出した。 「チッ」 舌打ちするダグラスは、10日以上も経過している事に絶望感を味わう。 「マジかよっ。 斡旋所を通さない依頼のやり取りってンじゃ、役人は絶対に取り合わないし。 斡旋所だって、関わる義務や義理もネェ。 10日以上って、どうしようも出来ねぇぞ、バカが!」 感情的に成ったダグラスに対し、ポリアは4人の冒険者に歩み寄る。 「ね、ベロッカは依頼の内容について、何か言ってなかった? 覚えてない?」 レフィマは、激しく頭を左右に振りかぶる。 「違反に成るのはイヤだって言って、私達は直ぐにカリキュアから離れたんです。 話し掛けられたのは、リーダーのカリキュアで。 だから、ベロッカって人の顔すら良く解らない。 でも、貴女がその人を見て、前に斡旋所へ通報したって聴いたので。 もしかしたら、詳しい事を知ってるかも・・って」 話を受けたポリアは、レフィマの肩に手を遣ると。 「足労させて悪いけれど、私と一緒にまた斡旋所に行ける?」 「え?」 「只単に、斡旋所を通さない個人が持ち掛けた依頼ならば、よ。 確かに、他の冒険者が関わる筋合いは無いと思うわ」 ポリアより、非情ながら正論が出て。 レフィマを含む4人は顔が、強張り掛けた。 だが、斡旋所を見たポリアは。 「でも、私が思うに、事はそんな単純な事では無いと思うの。 これは下手をしたら、冒険者を巻き込む斡旋所も関知した事件かも」 するとマルヴェリータが、ポリアの顔を窺い。 「“事件”って、だったらどうするのよ」 「それは、主のタリスさんの判断よ。 ベロッカが絡むならば、これは斡旋所の手で調べた方が良いかも知れないわ」 ポリアの云う意味を理解が出来ないダグラス。 「だけどよ、斡旋所を通さない依頼だ。 斡旋所だって、関わるには理由が無いだろう?」 それでも、斡旋所へ歩き出したポリア。 「あのベロッカが、もしも年始めに在った違反の首謀者や関係者ならば。 これは斡旋所も無視なんて出来ないんじゃない? ベロッカは、暗殺の対象に成る者かも知れないんだから」 後から行くマルヴェリータは、確かにそうだと。 「そうと成れば、無視は出来ないわよ。 ん・・でも、どうやってベロッカの事を調べるのよ」 「とにかく、主のタリスさんを訪ねよ。 基本の報酬も貰わないと」 「ん・・・そうね」 イルガは、ポリアが遣る気に成ったと見て。 「そなた等、如何する? お嬢様と、斡旋所に行くか?」 言われた4人の冒険者は、もう為す術が無いから縋る様に頷いて着いて来た。 話をしようと、池の上に建つ様な斡旋所に向かったポリア達。 入り口のドアを開いて、中へ入ると……。 「あら、あらっ! ポリアっ、待ってたのよっ!」 ドアを開いて入って来たポリア達を見て、主人のサリータリスが声を上げた。 ポリア達一行は、これまでに無い彼女の取り乱した様子に、もう斡旋所も無視して居られない状態と解った。 赤いドレスを着て、黒いマニュキュアの爪が目立つ今日のサリータリス。 普段の彼女ならば、大人の女性として色っぽくも見える筈だが。 今は、見るからに心配か、不安からその顔色が悪く。 「やっぱり、ベロッカが暗躍してるのね?」 尋ねるポリアを見返す困った仕草のサリータリスは、落ち着かない様子で。 「えぇ。 声を掛けられた貴女を皮切りに、また他の冒険者が声を掛けられてるらしいわ。 次々と、冒険者達が消えてるみたいなのよぉ…」 冒険慣れしているゲイラーにしたら、少し間の抜けた話だとも思われた。 「それは、大半が移動したとかじゃ無いんだな? 仕事は別の国でも有るし、他の大きい都市なら、首都でなくとも請けれるからな」 すると、サリータリスは普段のゆっくり目となる物腰柔らかい声色を乱して。 「そんなのだったらっ、心配しないわよぉっ。 仕事を請けるはずだった予定をすっぽかしたり、仲間の数人を置いて消えたりする訳が無いでしょっ?!」 確かに、そんな事は頻繁にある事では無かった。 だが、時々には在ることも否めない。 然し、サリータリスを心配するダグラスは、同じく好意を持つヘルダーと見合って。 「確かに」 「…………」 無言ながらに同意の頷きを見せるヘルダー。 ポリアは、レフィマ達4人の女性冒険者も見返してから。 「それって、此方の4人だけじゃ無いって事?」 「ああああ、いっ、今ね。 別の2チームと連絡を取ってるんだけど…。 どうやら片方のチームは、居なくなったのはリーダーを含めて4人らしく、置き去りにされた仲間は2人。 もう片方のチームは、リーダーに断り無しで仲間2人が消えたチームで、今残ってるのが4人よ。 もし、良ければなんだけど、その残った全員と合同で捜索して欲しいのよ」 「え?」 聴いて驚くポリア。 また、“合同チーム”と成りそうな雰囲気だからだ。 Kをリーダーにして、初の合同チームを結成してあの仕事を遣りきった。 なのに、また月が変わって1月も経たずして、また“合同チーム”とは…。 どうも普通では有り得ない。 「あ、合同って…。 何で私なの? サリータリスさんの手を遣ってベロッカを調べた方が、そっちの方が正しい遣り方でしょ?」 「それが、もう此方は手一杯なのっ。 ベロッカに依頼をした者の捜索や、他に動いて居そうな者の捜索や見張りでぇ……」 苦悩すら見せるサリータリスの様子から、手を尽くしているのは解ったポリア。 然し、合同チームとは頭が痛い。 「協力をするのは構わないけど、合同チームとかって困る」 「どうして? だってぇ、他にリーダーを遣れるだけの実力持ってる人、この街には居ないし。 聞けば、貴方達って前に合同チーム作った事が在るんでしょ?」 「あっ。 あ・れ・はっ、た、偶々よ。 第一、合同チームを率いて依頼を成功させたのは、最後で抜けたから名前の載らない凄腕の人のお陰っ。 まだ駆け出しの域から出ない私に、そんな…」 そんなポリアに対して、サリータリスは心配も祟るのか参ってしまった様子。 「私、今まで一度もこんな経験が無いのよぉ。 他にどう対処していいか…」 もう困惑の様子で泣きそうだ。 「んんっ、ケイが居る訳じゃ無いのに……」 急な話に困り、仲間と見合うポリア。 だが、ゲイラーは意外に笑って。 「別に、ダメ元ぐらいで請けろよ、ポリア。 あのK《リーダー》に認められた宿命じゃないか」 「ゲイラー、簡単に言わないでよっ」 「悪い悪い。 だが、今もまだ何人もの冒険者が消えてると成ると、俺達もベロッカを逃がした手前から無関係とは言えないゼ。 とにかく、その仲間が消えたって云う他の冒険者を集めて話を聞いたらどうだ? 判断は、それからでもいいだろう」 すると、このゲイラーの話に、出張るタイミングを得たダグラスは、困ってる主のサリータリスを助けたいのだろう。 ポリアに迫り。 「ポリア、人助けだっ。 今こそ、リーダーの様に人助けだっ!!」 ヘルダーも同じく、ウンウンと顔をポリアに近づけて頷く。 そして、ジェスチャーより、 “冒険者として実力を付けて来た我々で、リーダーの資質が在るポリアだから来た依頼だ。 斡旋所の助けをすれば、この先も優遇は得られる。 我々も無関係と無視は出来ないし、遣るべきだと思うっ!” 口は利けなくとも、気持ちは同じ。 ダグラスに負けじと、ヘルダーも圧して来る。 そのジェスチャーの意味をポリアとてまだ半分も解らない。 が、ダグラスと一緒になるからして、言いたい事は伝わって来る。 ゲイラーより言われ、またこの2人からバンバンと圧され、更にイルガですら協力すべきと進言して来る。 システィアナは、涙を浮かべながらに消えた冒険者を心配し、助けてあげようと言う。 仲間からの強力な迫力に、ポリアは気圧された。 (なっ、何なのよ、みんな…。 ダグラスとヘルダーも、仲が悪かったり、良かったり、何なのよ………) 仕方なくに、ポリアは仲間に横目を返して。 「はぁぁぁ、解った、解ったって。 遣るわっ、遣るわよ」 探す協力ぐらいはして、サリータリスに任せる気だったポリアだが。 これでは、クォシカの依頼の時と同じ。 捜査から事態の収集まで、コネやら当たりを完璧に着けて遣ったKだが。 自分には、そんな事は絶対に出来ない。 合同チームとして引き請けたら、もう協力と云うよりは解決に向けて動くしか無い。 (この依頼、一介の冒険者チームが引き請けて大丈夫なのかしら。 冒険者協力会が暗殺部隊を出した程の事態の後始末に成ったら…) 心配は、自分の身と仲間の事。 あのガロンみたいな者が絡んでいたら、それは非常に危険な事になる。 まだ、ベロッカの1人だけの仕業・・と決まって無いのだから…。 困るポリアだが、マルヴェリータがポリアに近付くと。 「これも解決したら、名声が飛躍的に高まるわよ」 「バカ。 丸で深みに填まる気分だわよ。 ふた月の間で2回だなんて…。 ケイだったら、いいんだろうけどさ」 するとマルヴェリータは、ポリアへ意味深に微笑む顔を寄せて。 「もう一度、ケイと会って冒険したいならば。 これぐらい遣って、名声をグンと挙げないとね~」 意外と思うポリアが見るに、チームの面々に遣る気が溢れていると見た。 確かに、自分達も無関係と思えない話だが…。 もう遣るとなれば、のんびりしている暇は無い。 Kの様に、出来る限り迅速に動く事が求められる。 だから…。 「マスター、とにかく依頼は請けるわ。 でも、今朝まで別の依頼に携わっていた私達には、行方不明者のことは全く解らないわよ。 だから、その他の関係者からも話を聞かせてよ。 先が見えないのに、合同チームだなんて全くもって無茶でしょ?」 “見通しが出来た” と、サリータリスは直ぐに応える。 「そうねっ、解ったわ。 関係者の全員を2階に集める」 「直ぐに集まる?」 「直ぐは・・無理ね。 捜さなきゃ成らないから。 早くても、夕方ぐらいに成るわよ」 「そう」 ポリアが引き請けたことで、サリータリスも人を遣う為に手紙を書く。 また、仲間と少し話し合ったポリアが。 「……処で、タリスさん」 「ん?」 「残された冒険者って、タリスさんは誰か1人でも面識が有ったりするの? 私達が此処に来てから、時に顔を合わせた事とか在った?」 手紙を書いたサリータリスは、少女の歳上となる方を手招きして。 「この手紙を、“ログサ”へ渡して来てね」 頷いた少女は、斡旋所から出て行く為に動いた。 少女に言葉を掛けてからサリータリスは、ポリアへ向いて。 「そうね。 残された仲間の冒険者の内2人は、私が冒険者の頃から見知っているわ。 1人は、今はリーダーと成る女性で、私と同じく自然魔法の使い手。 もう1人は、もう40年以上も冒険者をする大ベテランよ」 「そう。 知り合いならば、話し合いも助かるわ」 こう言ったポリアは、更に。 「それと、もう1つ聴きたいの」 「何?」 「これは、私が個人的に聴きたいことだから、話したくなければ黙ってもイイんだけど」 「ん?」 「病気の主さんって、復帰は無理なの? 噂だと、タリスさんは未だ臨時の主だからって…」 「それは…」 サリータリスの表情が、この話で非常に雲って困り顔と成る。 ポリアは、関わるからには意見もしたく。 「あのベロッカみたいな奴に漬け込まれない為にも、もう病気の人の復帰が難しいならば、タリスさんが主として代わった方がイイと思うの。 責任者として、代理のままじゃ気が引けてばかりでしょ? もう今やタリスさんが主と変わらないし。 アホみたいな噂を切る意味でも、正式な主に成った方が、ね」 「………」 黙るサリータリス。 言いたい事を言ったポリアは、仲間や女性4人の冒険者の方を向くと。 「まだ午前だから、少し街へ出て情報収集をするわ。 ダグラス、報酬は後回し。 動くわよ」 「おう。 成功はしてるんだ、それは構わないさ」 ポリアは、女性4人の冒険者を見て。 「貴女達、仲間と別れてから依頼を請けた? 生活のお金、大丈夫?」 4人の女性冒険者は、良く見れば誰もが窶れていて。 また、身綺麗とは言えない肌だ。 20歳のポリアとたいして変わらない年頃の4人なのに、この様子からして生活に困っている様にも見える。 光に当たると紫色の艶を見せる髪の剣士レフィマより。 「正直、もう困窮してます。 仲間を探して、依頼を請けれない状況ですから…」 仲間の3人も、腹を空かせたりしているらしい。 するとポリアは、 「イルガ」 と、声を出す。 ポリアの脇にサッと近付いたイルガは、ポリアの前に来た。 「はい」 「あのお金を出して。 アルマさんから貰ったお金」 「は」 別にして袋に入れっぱなしにしていた、途中で貰った追加報酬。 その金をイルガより受け取るポリアは、 「これをあげるわ。 これだけ有れば、数日は生活に困らないと思うから。 でも、この事態にある程度の目処が着くまでは、私達に付き合って貰うわよ」 と、レフィマに出す。 ダグラスも、ゲイラーも、ヘルダーですら眼を見開いた。 「あ、あの…」 驚くのは、女性冒険者達。 差し出された袋を見る剣士レフィマは、見ず知らずのポリア達からお金を出されて混乱する。 そんな彼女達を見るポリアは、いよいよ眼を真剣にして。 「こんな事態になったら、貴女達も目処が着くまで依頼に向かえないでしょ? 冒険者が身を崩したりする要因の一端って、こうゆう時だと思うの。 これからが大変に成るかも知れないから、周りに迷惑を掛けない為にも受け取りなさい。 もし探している誰かの居場所が解ったりして、街の外へ捜索に行くと成ったら。 このままじゃ、その用意も出来ないわよ」 全くの正論を言われてしまい、少しばかり短い間だが袋を見詰めたレフィマは、意を決したのか。 「………有り難う御座います」 彼女がお金を受け取ると、ポリアはKとの経験を思い返しながら。 「それじゃ、何か軽く食べましょう。 その店に行く道すがらに、ベロッカから勧誘された時の事をもう一度、私達にも話して。 それから、情報を聴き込む為に、貴女達も一緒で少し動くわよ」 “遣る”と成ったら、ポリアは幼い頃から遣る。 その姿勢が現れたポリアには、新に加わったゲイラー達男性3人は驚く。 ダグラスは、金を遣ると思わなかったので。 「ポリア。 あ、金を……」 すると、ポリアは。 「細かいことを言わないで。 不足額は、私が出す。 それより、この突発の一件を請ける様に仕向けたんだから。 ダグラスは、皆より動いて貰うわよ」 「そ、それは・・・遣るけどさ」 「ゲイラー、ヘルダーも。 このお金の事は、私の一存に遣うけど構わないわね?」 この金の使い方、考え方に、ゲイラーは自分の及ぶ処では無いと感じて。 「別に、まだ金に困らないから大丈夫さ。 確かに、この緊急時ならば、それは正しい使い方だな」 ヘルダーも、自分からサリータリスの力に成りたいからと言い出したのだ。 関わるからには、それなりに金を遣うのも、間違いは無いと感じる。 その一連の様子を見ていた商人アルマは、サリータリスとカウンターを挟みながら。 「あのポリアって娘は、流石は貴族の生まれってだけ在るね。 いい加減な貴族じゃなく、人を考える事に迷いが少ない。 あれは、リーダーとしても大成するかも知れない」 「え? アルマ、ポリアさんって貴族なの?」 「ん。 フラストマド大王国の生まれみたいだ。 育ったのが、あの大都市のアハメイルってから、我々の様な者の世情にも疎くない筈だ」 「そう……。 確かに、彼女の言ってくれた事は、私も言い返せない」 報告をしたアルマは、用事は済んだので。 「サリー」 「ん?」 「主の件、真剣に考えな。 本当に、ポリアの云う事も最もだよ」 「そうね」 「じゃ、私はこれで帰る。 大きく儲けられそうだからね。 早く薬を作って、知り合いの医者に回したい」 カウンターより離れたアルマは、ポリアに近付くと。 「ポリア」 「あ、アルマさん。 御疲れ様でした」 「うん」 「報酬は、後で貰うわね」 頷いたアルマは、女性の冒険者達もチラッと見てから。 「ついでだ、安くて量を出す店に連れて行こう。 御前さんは、見てると立派で好きに成りそうだよ。 アタシが男なら、絶対にほっとかない」 何の話か、ポリアは苦笑い。 だが、歩くにしても、まだ街を隈無く知り尽くしたポリア達でも無い。 馬車で行けるならば、それは確かに有り難い。 ポリアがアルマに気に入られ、マルヴェリータは笑った。 ダグラスからしたら、気の強いと云うか、前へ向かう性格の女性同士で何だか怖いが。   * また、面倒事に巻き込まれる事となったポリア達。 然し、仲間がやる気で押し流された感は有るものの、遣るとなったやるしか無い。 この4人の若い女性達の中ではリーダーの様なレフィマ。 彼女とポリアがこの短い間に何をしていたかを話しながら斡旋所の外に出て、橋を渡るとアルマを待っていた荷馬車の荷台に乗り込む。 走る車体の荷台で、女性の冒険者達は自己紹介から始まる。 先ず、髪に紫色の艶を持つのは、最初に名乗ったレフィマ・ノブラフィン。 20歳の剣士。 ダグラスの様にスマートな身体付きで、少し伸びた髪を後ろで束ねている姿は格好が良い。 黒の上半身鎧に、黒革のプロテクターや黒金の具足と。 個人の好みからして派手好きでは無さそうな。 少しやや垂れ目がちな目付きだが、良く整った顔立ちをしている。 次に、ポリアやマルヴェリータより頭1つぐらい背の高い、引き締まった筋肉の塊みたいな体格をした短髪の女性は、槍を遣う戦士のエミュース。 見た目は大人びて苦労をした印象だが、仲間の中でも最年少の18歳。 胸部装甲のブレストメイルを始めに、外して背負う武具は金属製品だ。 次に、緑色のローブに身を包む、リボンで後ろに縛って固定する眼鏡の落ち着いた感じの女性は、僧侶。 海の神と呼ばれる槍を手にした雄神と、美しく海に眠る女神を信仰する。 名前は、ノイア。 20歳に成ったばかりとか。 鼻がやや小さく小顔だが、生真面目そうな顔立ちは、察するに感情としての柔らかさが薄い。 とても痩せた身体の人物だが、動く体付きは無駄がない。 幼い頃から家の手伝いなりで働いていた様な雰囲気が見えた。 最後に、真っ黒なローブを着た赤髪の女性は、魔想魔術師のソナー。 見た目はシスティアナに似た10代の娘に見えるが、実年齢は22歳でチームの年長者だと云う。 素朴な田舎の娘みたいで、年長者にしては4人の中でも1番に気弱そうに見える。 だが、見た目に似合わず体付きがとても女性らしく、ダグラスも彼女を見て仄かな恋愛感情を持った。 自己紹介の流れのみが終わる頃で、近場の大通り沿いに在るくすんだ朱色の屋根をする大型平屋造りの建物となる飲食店に着いた。 アルマの知り合いが営む店で、テラス席と大勢の客を収容が可能な大衆向けの店だとか。 降りたポリアに、アルマも降りて近寄り。 「じゃ、此処で。 ポリア、更なる活躍を期待してるよ」 「アルマさん、有り難う」 「じゃ、またな」 アルマと別れて、まだ午前だが飲食店に入った。 若者やら旅人から、時間が有る者が集まる大衆飲食店。 大きなテーブルには、自由に椅子を持ってきて座れる。 専用カウンターで店員にオーダーをして、金と引き替えに料理の乗ったトレイを受け取れば自由になる。 ポリアは、まだ空いている奥の仕切りに囲まれたテーブルを抑え。 適当に買って、各々で食事を取り集めてテーブルで集まると。 4人に先ず食べさせて、お腹を満たすまで此方がベロッカに会った経緯を話してから。 「ね、レフィマ。 ベロッカとの事を、私達にも詳しく教えて」 「は、はい」 水差しから水を多めに注ぐレフィマは、慌てて話に入る。 それは、ポリアがベロッカに会った日の後、夕方の暮れる頃だ。 前日の夜に消えた仲間と共にウォルムへ着いたレフィマ達は、安宿に1泊してから日昼に斡旋所へ向かったのだが。 斡旋所の本当の主で在る女性が容態を悪くしてしまい、斡旋所を閉めたサリータリスは少女2人とその女性の元へ急行していた。 その為、依頼を観る事も出来ずのレィフマ達は、身銭も少ない為に行き場が無くて、斡旋所と繋がりの有る有名な店に向かったのだとか。 紅茶に折ったハーブの葉を落とすダグラスが、 「その店って確か、商業区中央の大きな五差路の近くに在る飲食店だよな」 と、ヘルダーを見れば。 “そうだ。 外観は洒落た赤レンガの建物だと思った” 筆談で返すヘルダー。 以前に武器を観て回る際、ダグラスやヘルダーはそっちに行ったらしい。 ヘルダーはこの国、この首都郊外の飛び地生まれ。 その飲食店には、顔の解る知り合いも居たとか。 その場所は、斡旋所の公開する情報はもとより、冒険者協力会が発する情報も集まる。 冒険者談義が好きな人から、冒険者も集まる店で。 安くて手軽な食べ物が多いのか、真っ昼間から人が集まる場所らしい。 さて、その店へ入ったレフィマ達は、地元の根降ろしとなる冒険者の若者と知り合ったりした。 だが、頃合いは夕方の事。 雨の降る外へ出て、飲み屋の集まる場所に行こうとなり。 乗り合い馬車で、【フィ=マル・サー】なる大きな東屋風の集合酒場に向かったらしい。 まだ、フィ=マル・サーに行った事が無かったポリアだが。 「この街の有名な場所よね。 公園みたいな場所に、飲み屋が一杯入った館が在るって」 「その場所に行って、夜まで呑んでたんですが。 リーダーのカリキュアが、ベロッカって人から声を掛けられたみたいで…」 聴いていたゲイラーより。 「なんだ、全員で居た時に、ベロッカから話し掛けられた訳じゃないのか」 大柄な体格を小さくするエミュースより。 「盛り売りの料理を買いに外の屋台へ行った時に、カリキュアが話し掛けられたみたいです」 “盛り売り”とは、店内に人を入れて食べさせない店のやり方の1つだ。 貸し出す木皿だったり、樹皮を安い紙に巻いただけの簡易的な皿等に作り置きの料理を乗せて売る仕様となる。 まぁ、この世界では良く見られる出店の様子だ。 この手の店は、公園だったり、酒場の中に多い。 早朝から営業する店も多く、労働に向かう前の腹拵えだったり。 金の無い冒険者や旅人が、宿を出てからの朝食を求めて利用する。 レフィマも、その話に入り。 「料理を手にしたカリキュアが戻って来て、私達にベロッカって人から突発の依頼を遣らないか、って話が在ったと…」 明らかに怪しい話と思え、レフィマ達は聴くことに難色を示したのだろう。 それが察せられたポリアが続きを促すや、僧侶のノイアより。 「あのカリキュアは、他人に対して取っ付き易い性格の反面、非常に安直な一面が在りまして。 斡旋所を通さない依頼だけど、一気に儲けられるならば遣りたいって…」 年長者の魔術師ソナーに至っては、悲愴な様子から泣きそうに成りながらも。 「絶対に、ぜぇったいに騙されるって、私は怖くて…。 私やレフィマ達が嫌がれば、カリキュアも考え直すって思ったんですけど。 甘かったんです…うっ、うぅ………」 泣くソナーの背を摩るノイアより。 「カリキュアのバカは、私達へ先に宿に行って部屋を抑える様に言って離れた後。 ベロッカって人と一緒に、別の宿に泊まったんだと思います。 その夜は、カリキュア達は宿に戻って来ませんでしたから…」 この話に続いて、またレフィマから。 「置いて行かれたと感じた次の日、朝から私達はフィ=マル・サーで聴き込みをしました」 エミュースも頷く。 「色々と訊ねると、どうも私達が話し掛けられたその日の昼間に、ベロッカらしい男に声を掛けられたと云う別の冒険者も何人か居たらしいんだ。 それから、話し掛けられたカリキュアの話だけど、自分達の他にも6・7人くらいの冒険者が話に乗っているって言ってた。 だから、違反には成らないってっ」 ソナーは、泣きじゃくりながら。 「斡旋所を通して無いんたよぉっ。 そんな訳無いじゃないぃぃ。 儲けても、お尋ね者にされたらぁっ、故郷にどんな悪い噂が行くか解らないのにぃぃ」 この意見には、ゲイラーやイルガを始めとして皆も頷けた。 罪の大きい違反をする冒険者の噂は、気楽に見下せる者と成るので伝播が早い。 大きな街の出身者となれば、世界の裏側からでも半年程で伝わる事も聴いた。 悪い人の噂を聴いて、それを伝えて人の不幸を楽しむのも人の一面と言える。 だが、その辺は話し合う事では無い。 ポリアは、とにかく少しでも情報を得ようと。 Kとの出来事から自分の経験を踏まえながら。 「で、その貴女達のリーダーとベロッカについて、何か他に情報は? 置き去りにされてから、どうしたの?」 泣くソナーの様子から、冷静な状態を幾らか保つノイアより。 「勿論、私達も朝から直ぐに宿を出て、カリキュア達を捜しました」 頷くレフィマからも。 「お店の人とか、冒険者の方々からの話ですと、確かにカリキュア達とベロッカって人らしい男性が、その他の冒険者らしい人達と話し合っていて。 夜遅めまで呑んでフィ=マル・サーに居たらしいんですが。 次の日から捜しても、ベロッカと云う人物も、一緒に居たと云う冒険者らしい人は見当たらないままです」 また、ノイアから。 「ですが、他の方がカリキュアと一緒に話す人相の良くない方の事を覚えて居て。 その方と一緒だった冒険者らしい人々が居た事はハッキリ解りました。 ですが、街を探し回っても見当たらない。 多分、ベロッカって人と一緒に、その依頼の場所へ行ったんだと…」 ポリアは、直にベロッカに会った自分だからか。 「私と会ったその日に、別の冒険者に声を掛けた…。 嗚呼、何であの時っ。 私のバカっ」 自分の軽率さを恥じたポリアは、 「やっぱり話は、何かの儲け話よ。 生きていれば誘われた冒険者達は、今もベロッカと一緒なのは、確かよ」 と、仲間に言う。 窓側のソファの背凭れに背を預け、腕組みするダグラスは唸る。 「ん゙ん…、こうなると儲け話の中身が解らないのが、返って不味いぞ。 何処に行ったのか解らないんじゃ、話も詰められない」 何か、小さくとも手懸かりが無いか、考えたマルヴェリータよりレフィマ達へ。 「貴女達は、そのリーダーから誘われた儲け話の内容は聴いてないの? 目的が何なのかとか、内容は全く解らないの?」 4人は、一斉に頷く。 ベロッカの持ち掛けて来た儲け話は、カリキュアから聴いた時点で話も聴きたくないと言った4人だとか。 ゲイラーは、長らく冒険者をしていた手前からか。 「お前さん達は、何処でチームを結成したんだ? 話からして、他所の街だと思うが?」 この国の東側の別の州の大きな街にてチームを結成しようと話し合った時に、このレフィマ達4人のそれぞれ一緒に居た友人や知人がカリキュアと仲良くなり。 その誘いから集まってチームを結成する経緯と成ったらしい。 この4人は、生まれも育ちもバラバラながら、カリキュアの軽率さや不用心な態度に腹を据え兼ねていて。 機会が来たら、チームを代えようと話し合っていたとか。 此処まで話を聴いたポリアは、器の乗るトレイに手を掛けるや。 「とにかく、その斡旋所と提携する飲食店に行くしかないわね。 話を聴いてみないと」 食器を店に返し、街路へと出るポリア達。 晴れた昼前の通りは、建物と街路樹の並ぶ賑わい有る場所だ。 初夏の風を受けながら、商業区域のど真ん中。 中央の五叉に別れた五差路に来た。 「毎日毎日、凄い馬車ね」 馬車を眺めるポリアは、武器やら防具やらと、金属製品が積まれる荷馬車を見て言う。 ゲイラーも、街中へ運ばれる酒樽やら家畜を眺め。 「本当だ。 大勢の人が住むだけあらぁ~な」 五差路の分かれ道に来たダグラスは、 「向こうだ。 あの高い建物の隣だ」 と、ポリア達を誘う。 歩いて幾らも行かず、6階建ての頑強な四角い搭型の道具屋の脇に、ガラス張りの目立つ、丸型となる建物が在る。 屋根は緑色、壁は赤煉瓦。 だが、窓が矢鱈に目立つのだ。 入り口に立つダグラスが、ポリアに振り返ると。 「ポリアとマルヴェリータは、覚悟した方がイイぞ。 2人の事は、もうこの場所じゃ話題の的だからな」 困ったポリアは、呆れたマルヴェリータと見会う。 「来ても無いのに、騒がれてもね」 「面倒だわ」 両開きのガラス窓の付いた扉を片側だけ開き。 ダグラスを先頭にして、ポリア達が店内へ。 店内にて先ず目に入るのは、紅い半円のカウンターが壁側に付いた形で存在すること。 そして、店内で飲食をしている冒険者や旅人、それに加えた住民らしき者が次々とポリア達に気付く。 「おいっ、凄い美人が来たぞ」 「あ、あれが噂のポリアって娘じゃないのか?」 立ち上がる者、身を乗り出す者も現れた。 席と通路の幅や間隔はゆったりしていて、ゲイラーでも歩くのに困らないだろう。 その間に、何人もの顔がポリア達の方を向いていた。 また、カウンターの内側には、背の高い老人の支配人みたいな人物が居る。 ベストに半袖の襟が付いたシャツを着込み、色黒な顔は年齢に似合った訝しさが現れていた。 「あの、お話、大丈夫?」 カウンターへ近付きながらポリアが云うと、その老人はニヤッと見せて。 「漸く、噂のポリアが現れたか」 だが、ポリアは涼しげによそ行きの笑みを見せると、サリータリスより借りた似顔絵を老人に見せる。 「ねぇ、ベロッカって冒険者のこと、何か知らない?」 すると、だ。 老人の表情が、ベロッカの名前でガラッと変わった。 「し、知らないな」 直ぐ様、返して寄越す。 「そう」 あっさり応えるポリアだが。 出入り口付近に居る仲間達は、その変化を見逃さなかった。 (なぁ、ゲイラーよ) 小声でダグラスが言うと。 (あぁ) 店主を見て、ゲイラーも頷く。 変わった顔色からして、何かを知ってそうだと2人は感じた。 さて、ポリアは店主を追求せずに、此方を見てくる他の人々を眺める。 (ケイなら、どうするかしら………。 あ、違う、違う違う。 私は、ケイじゃ無い。 ケイと同じことは無理だわ。 じゃ、どうする? 私が知ること、私なりの……) 考えたポリアは似顔絵を持って、突き出した半円カウンターに沿って店内へと歩き始めると。 「この場に居るみんなにも聴くわ。 ベロッカって人のこと、誰か知らない?」 すると。 「俺は知ってるっ!!」 「俺もだっ」 「情報を話しても構わないっ。 だから、ポリア。 アンタと一夜を過ごしたいっ」 「ふざけるなっ、誰が御前さんと寝るんだよ」 俄に、店内が騒がしくなる。 その様子に呆れたのは、ゲイラーやダグラス達。 「アホか」 呟くダグラスに、ゲイラーはイラッとして。 「どいつもこいつも、この大事にふざけてやがる」 マルヴェリータは、自分やポリアに取り入る嘘が如実に見えると。 「ハァ。 これは、話を聴く処じゃないわ」 ポリア以外の皆、騒がしくなる店内に困り。 此処は一度、立ち去るしか無いと思った。 だが、この様な店は、大して珍しいものでもない。 各国の主要都市には、こうした斡旋所と提携する店や宿が存在するのだが。 有名なチームや騒ぐに値する冒険者を茶化したり、情報をチラつかせて甘い汁を吸おうとする者が居る。 ポリアとマルヴェリータには、特に身体を目当てにして言い寄る者が多い為。 2人は、絶対に来たく無いのだ。 イルガは、ポリアを抱かせろと言われて、顔が厳しくなり。 また、ヘルダーは諦めと怒りから、店のドアを開いた。 システィアナが、アワアワと慌て。 4人の女性冒険者達も、自分達ですら何を言われるか怖くて仕方無くなる。 だが、ポリアはベロッカの似顔絵を壁に置いて、喚く者が近寄るまで黙っていた。 そして、唐突にナイフを抜くや、ベロッカの似顔絵を壁にグサリと刺した。 その一瞬で、ポリアが駄話に興味が無いと解る。 近寄った男達は、動きを止めた。 集まり掛けた者の方へと向き直るポリアは、間近の席に座る小柄な中年男性の客に顔を寄せるや。 「ね、この店に通って古い?」 「あ、あ………、まぁ住民だからね。 20年近くになるよ」 ニッコリと笑ったポリアで、情報が在ると言った4、5人の男性に指差すと。 「あの、情報が在るって言ってた人達の名前、貴方なら解る?」 「あ、あぁ。 彼が……」 男性が名前を言うに合わせ、ポリアは男達を見た。 そして、誰が誰か確認すると。 「今、このウォルムでまた、冒険者が消えてるわ。 私達も、このベロッカに声を掛けられたし。 向こうに居る4人の冒険者も、7人の仲間をベロッカに声を掛けられて、行方不明にされてるの」 こう話が切り出され、 “情報が在る、ベロッカを知る” と、言った者がジワジワと慌て始める。 其処へ、老人の店主が。 「おいっ、新米のポリアっ! この店でデカイ面をするなっ」 こう、鋭く釘を刺して来た。 ビックリするのは、仲間達だ。 何故、店主がポリアを黙らせ様としたのか。 然し、 「煩ぁいっ!!!!」 怒声で返すポリアが、老人の店主を睨み返した。 そして、立て続けに。 「私は、主のサリータリスさんより直々に、捜索の手伝いを依頼されたのよ。 ベロッカの名前を聴いて顔色を変えた貴方に、指図なんかされたく無いわっ!!!!」 強烈な怒声に、店主も、周りの客も呑まれて黙る。 店内を見回したポリアは、後ろを振り返らずに。 「マルタ、システィ。 今のは見てたわね?」 何の事か、マルヴェリータも、システィアナも解らずに見会うが……。 ポリアは背を反すや。 「私の仲間は、“記憶の石”を持ってるわ。 今の様子は、サリータリスさんに見せる事にするわね」 と、外に向かって歩き出す。 其処へ、ポリアを抱かせろと言った男性より。 「だからぁっ、どうしたぁっ!」 だが、ポリアは冷たく無表情なままに。 「この街に長く居て、冒険者の世情に詳しいならば、年始めにナニが在ったか知ってるんじゃなくて? その主謀格となる何人かは、まだ始末もされて無い今に。 また、冒険者の行方不明や斡旋所を通さない依頼のやり取りが在ったのよ」 こう言ったポリアは、半身となり男達や店主を睨む。 「何れ、斡旋所ではなくて、冒険者協力会から正式に御尋ね者になりそうな人が、このベロッカなの。 彼と関わり合いの在る人は、協力会側からすると、どうなるのか…。 ウォルムに来たばかりで、新米の私には解らないけど。 私は、冒険者の身からして、冒険者の側の味方だわ。 情報が在るって云うなら、協力会の諜報役や斡旋所から直に詮索されなさいよ」 ポリアの話に、老人の店主は沸騰する湯気の様に慌て始めた。 あの男達を含めて、此方が墓穴を掘ったと察した。 「待てっ、ポリア! アイツ等は、ベロッカなんて奴の情報なんか持って無いっ! お前達に、近付きたかっただけだっ」 然し、ポリアはまた無表情にて。 「“冒険者が消えてる”って、さっき言ったわ。 それなのに、ガセで私達に近付きたいなんて、真っ向から喧嘩を売られたと変わらないわよ。 “抱かせろ”ですって? この緊急時に戯れ言を抜かすなっ、戯けがぁっ!!!!」 ポリアの最後の一言には、貴族としてのポリアのソレが強烈に現れた。 ヘルダーやゲイラーですら、畏怖と云うか、貴族の威厳と云うか。 ポリアが隠す何か、強い雰囲気を感じて背が伸びる。 (こ・怖ぇぇよ、ポリアぁぁ…) 何もしてないのに、タジタジに成る気分のダグラス。 4人の女性冒険者達は、格の違う誰かを見ている様で。 4人が時を停めた様に黙りこくった。 去る様子を見せたポリアに、老人の店主が慌ててカウンターより出て来る。 「待てっ、待ってくれポリア!! 俺の話を聴いてくれぇっ!」 然し、ポリアは目を向けず。 「ベロッカに連れ出された冒険者が死んでたら、貴方は暗殺の対象に成るのかしら?」 ポリアに近付こうと老人店主は、驚いたまま足を止める。 ポリアは、ヘルダーに礼を示して出入り口に立つと。 「ベロッカの情報を本当に持っているならば、斡旋所の主で在るタリスさんに言うことね。 協力会から、それの対処をする怖い人が来る前に…」 言いたい事を言い置いて、ポリアは何故かそのまま店を出る。 店主以外の全員が黙り、時の流れが固着した店内とは違い。 大通りは、人と馬車が激しく往来する。 暖かい陽気なのに、ダグラスやヘルダーは緊張から寒く感じて店を出た。          * 「さぁ~て、これでどうなるかなぁ~」 大通りを歩くポリアは、少し困った様に独り言を述べた。 隣を歩くマルヴェリータは、涼やかにて。 「気分は、悪く無いわ。 あの下らない男達を黙らせたから」 「でも、脅して情報を引き出すつもりだったんだけど。 上手く行くか、心配は在るのよ」 レフィマを含む4人の若い女性達は、そんな思惑が在ったのかと今に気付く。 一方、老人店主の豹変ぶりを見ていたゲイラーだ。 「効き目は、大丈夫だろうよ。 あれだけ本気で焦るんだ、何かを知ってりゃ言うさ。 俺なら、真っ先に斡旋所へ駆け込むゼ」 店内のポリアの様子には、若干だが引いているダグラス。 「ハッタリで、あんな演技力が在るのかよ。 俺は、マジかと思った」 すると、ポリアも不満を顔に出し。 「だって、明らかに嘘くさいのに、“抱かせろ”なんて腹が立ったわ。 向こうがフザケるならば、此方は脅してやるぐらいはやらなきゃ」 其処へ、マルヴェリータが冷静になる。 「でも…。 幾ら、冒険者が国の管轄の範囲から外れてたとしてもよ。 モンスターが出れば、なんやかんやで冒険者は関わるし。 協力会と、この国の関係性も深いわ。 下手に事態が長引いたら協力会より何等かの協力要請が、スタムスト政府に行くんじゃないかしら」 ジョイスと一緒に、この街へ来た時にそんな話を聴いた・・・と思い出す仲間達。 さて、乗り合い馬車にて移動し、昼下がりを過ぎる頃か。 斡旋所へ向かってみれば、身形の悪い冒険者紛いの年配男性が1人。 また別に、ローブを纏う壮年の小男が、カウンター前に貼り付いていた。 冷静に2人から話を聴くサリータリスが、目だけでポリア達と挨拶を交わす時に。 「サリーっ、信じてくれ。 私は、確かにベロッカと知り合いだが。 協力者ではないっ。 腐れ縁の奴から金で頼まれ、噂話を集めただけだっ!」 黒ずむ革の鎧に厚手の革ズボンを穿いた、ガリガリに痩せた年配の男性がこう言うと。 もう一方で、ローブを纏う魔術師みたいな服装の、総髪をした壮年の小男より。 「マスターっ、私もベロッカとは付き合いが長いが。 奴の手先に成った事は、1度も、只の1度も無いっ。 これは、正義の神に誓っても構わないさ!」 2人の男性が、ベロッカの事で言い訳をしているのは、誰の目からしても明らかな様子。 イルガと並ぶダグラスは、 (もしかして、さっきの効き目がもう現れたってか。) と、小声で囁く。 (ならば、面白いの) 返すイルガは、注意深く様子を窺う。 さて、繰り返して言い訳をする2人の人物だが。 言い訳は勝手に進み、次第にどっちがベロッカと親しいか、そんな泥沼化した話になり。 なすり合いの様に発展したと思うと、革の鎧を着た年配男性より。 「嘘を吐くなっ、ニルソン! ベロッカより俺は聴いたぞっ。 ポリアとか云う昇り調子のチームが街に来たと、お前が言ったらしいな。 俺は冒険者の事を何も言わなかったから、お前を引き合いにされて奴から脅されたんだっ」 ニルソンなる魔術師らしい身形の壮年の様な小男は、屯する冒険者みたいな身形の年配男性から言われて憤ったのか、顔を赤くして興奮し。 「な゙ぁっ、何て事を云うんだっ! 元を糺せば、俺にベロッカを引き合わせたのはアンタだろうっ! あんなヤバい奴を会わせやがってっ。 奴隷みたく成った冒険者の女を抱かせた上に、その弱味をダシにして此方を脅して来たんだぞっ?」 「フン。 そんな見え透いたイカサマに騙される方が悪いんだっ。 だから、親の脛を齧りながら冒険者を遣っても、全く有名にも成れないのさっ」 「何おっ、この悪党めっ!」 「何ぃっ」 年配男性が殴りそうな態度に成るや、壮年の小男も破れかぶれに成ったらしい。 「それなら、此方も言って遣るぞっ。 ベロッカから聴いたが。 5年ぐらい前に、新米の冒険者達が皆殺しに遭ったのは、お前が道案内を買って出たからだってな!」 「あっ、ニルソンっ、お前ぇぇぇっ!!」 「煩いっ、もう黙らないぞ! お前、分け前を幾らも要らないとか言いながら、モンスターに殺られる新米をみんな見殺しにしたんだってな。 それで、ベロッカと報酬を山分けしたって聴いたぞっ! この鬼畜野郎めっ」 カウンター前で、とんでもない秘密を暴露しながら言い合う男性2人。 これは、ベロッカの裏の顔が解りそうと感じたポリアが仲間を誘い、2人を取り囲む。 そして、年配男性の方に近付いたダグラスが、 「そろそろ、ホントの処の話を聴かせて貰おうか。 なぁ」 声を掛ける。 「てめぇ・・って、何だ? おまっ、おまえ・・・あ?」 声を荒げた年配男性だったが。 ダグラスとゲイラーとヘルダーに囲まれていると察し。 筋骨逞しく、並の大男よりデカいゲイラーを見ては、もう怒声を吐く気力が失われた。 斡旋所の主となるサリータリスは、2人がポリア達から包囲されたのを理解するや。 「ご免なさい。 その2人を連れて、あの扉から地下に来て。 チョット、話が在るから」 斡旋所を閉める準備に入ったサリータリス。 手伝いの女の子2人には、呼び出した冒険者達が来た時の対処を教え。 中年女性の下働きか、初めて見る人物も居た。 ゲイラーとヘルダーが、2人を捕まえてその扉に向かう。 ポリアは、レフィマ達に。 「貴女達は、イルガと此方に居て」 レフィマは、事実が知りたいので。 「私達もっ」 だが、ポリアは4人を制すと。 「慌てない。 何か解ったら、仲間の居なくなったみんなに言うわ。 それより、あんな不粋な人達が次々に来たら、手伝いの女の子が危険に成るかも知れないの。 マルタやシスティも含めて残すから、一緒に居て」 こう言うと、ポリアはダグラスにも。 「ダグラス」 「ん?」 「上に居て、この場をイルガと守って」 「あ?」 「ベロッカの知り合いが、あの2人だけって限らないでしょ? 他に誰が言いに来ても、男手が無いと…」 「あぁ、確かにそうだな」 「ゲイラーが一緒に居れば、此方は大丈夫。 ヘルダーも上に戻すから、一時ばかりお願いよ」 「解ったよ」 こうして、ポリアとゲイラーは、サリータリスに付き合う。 岩肌が剥き出しとなる、まるで牢獄みたいな場所に行くと。 この地下室へ来たサリータリスの様子は、普段の彼女から一変した。 ポリアとゲイラーに押さえられて跪く男性2人に向かって。 「冒険者協力会より、拷問を受けるのがいいのか。 此処で荒い浚い喋るか、今、決めなさい」 伸縮可能な蒼いステッキを伸ばしたサリータリスは、地下室の壁に滴る水滴を見て。 「喋らないならば、此方もそれなりの事をするわ。 斡旋所を通さずに依頼を捌く不正は、もう沢山なの」 こう云うや。 「命を繋ぎ、また時にあらゆる命を奪い荒れ狂う水よ。 その集まり力を顕す威力を、我に貸したまえ」 岩壁に滴る水滴が、急激な早さでサリータリスのステッキに集まる。 ポリアも、ゲイラーも、この女性が今も尚のこと凄腕の冒険者だったと、これで知ることになる。 水を蛇の様にして身体の周りに集めたサリータリスは、跪く2人に。 「その鼻から、口から、耳から、水を入れて窒息させてあげる。 何時までも、私達を欺けると思ったの?」 斡旋所の主として、サリータリスも自覚を持ったのか。 豹変した彼女に、男性2人は震え上がり。 ベロッカの事について、知っている事を次々に話し始めた。 ある程度の自白が取れた処で、ポリアとゲイラーが2人の男性を縛った。 ベロッカの遣った悪事は、市民に対しても犯罪として及んでいた。 勝手に仕事をするに際して、ゆっくり道具を買い揃える等の仕度が出来ないと。 ベロッカは知り合いを脅して、なんと強盗の片棒を担がせていた。 その共犯をしていた一人が、この年配の屯をする冒険者だ。 また、おいそれと盗む訳にはいかない冒険者の動向や情報は、小男の魔術師で在る人物が情報を流していた。 「情報を引き出したけど、これからどうするの?」 真剣な顔のポリアが、怖いぐらいに2人を睨むサリータリスへ聞き返す。 すると。 「ん………」 即断の出せない・・いや、無責任な依頼を口には出来ないと感じたのか。 無念そうに表情を険しくしたサリータリスは、やや沈黙をしてから。 「・・と、とにかく、2階で話をするわ。 もう、仲間の事は諦めて貰うしか無いと…」 ポリアとゲイラーは、薄暗い地下室で難しく思えた気持ちの現れた顔を合わせるだけ。 サリータリスを先頭に、ポリアとゲイラーが1階へ戻った。 時は夕方前で、やや赤い陽射しが斡旋所に入る。 ダグラスが近寄って来て。 「サリーさんの呼んだ2つのチームさ、ちょい前に来たから2階に上がって貰ったぞ」 頷くサリータリスで。 「有り難う。 役人へ遣いを出したら、私も2階へ上がって事情を説明するわ。 ポリアさん達も、2階へ上がって待ってて」 「解ったわ」 こう返したポリアといい、黙ったままで何も言わなくなったゲイラーといい。 サリータリスの沈んだ面持ちを含めて重大な事が解ったらしい様子は、ダグラスやヘルダーのみならず。 若い女性4人の冒険者にも察して余る。 さて、ポリアが先頭になって2階に上がると。 其処には、男女6人の冒険者が集まっていた。 「サリーさん、呼ばれたから来た…」 「なんだい、こっちは忙し・・い?」 6名の冒険者は、2階に幾つか配された木製の長椅子に、チームで別れて腰掛けていた。 内、真ん中の通路を隔て右側前方のテーブルに向いて座る女性と。 通路を挟んで左側のテーブルと椅子が揃う各纏まりの最後(さいこう)列となる場所より、男性の冒険者が同時に言って寄越した。 だが、現れたのはポリア達だ。 「あ、誰?」 右側の前では、額に銀のサークレットをした大人びた女性が言う。 また、左側の最後部に居た、老人らしき眼帯をした男性も。 「アンタ等も、呼ばれたのか」 場を混乱させまいとしたポリアは、仲間を右側の後方となるテーブル席に。 4人の若い女性達は事件の関係者だからと、左側の前に在るテーブル席に促すや。 「私達は、“ホール・グラス”。 私が、リーダーのポリア」 すると、使い古した黒金の鎧を着る老人みたいな年配男性は、その長年に亘り冒険者をしてきた経験を醸す訝しい顔をポリアへ向け。 「ホール・グラスって事は、御宅等がホーチト王国で有名に成った奴等か」 これに、紫のドレス風チュニックのワンピースに、大きなコートに近いカーディガンを羽織り。 頭に装飾品のサレットを巻いた大人びた女性が、右側前方より。 「リキッドさん。 有名に成ったって、この人達は何をしたの?」 【リキッド】と呼ばれた白髪に近い頭髪の老人みたいな冒険者は、眼帯をしない片眼でポリアを眺めながら。 「ひと月ぐらい前か。 ホーチト王国で名を挙げていたチーム、【グランディス・レイヴン】が行方不明に成ったらしい。 行き先は、あの恐ろしいマニュエルの森やアンダルラルクル山だったと」 「え゙っ!! あの山って、魔界と変わらない、創世記に記された大激戦の在った山でしょ?」 「そうだ。 然も、神竜のブルーレイドーナが住まう恐ろしい場所だ」 男女の2人が言う会話に、仲間が座ったテーブル席のテーブルに腰を預けたポリアが。 「悪いけど、勘違いはしないでね。 私達がサーウェル達を助けた訳じゃないのよ」 年配男性は、片眼を見開くと。 「違うのか?」 「途中で去った人の事を云うのは、冒険者としての行いにそぐわないから云われないけど。 私達の他に、サーウェル達を救出するまで率いたリーダーが居たの。 その人は、世界に名が知られないけれど。 今の有名な、どの冒険者よりも優れた凄腕となる人で。 そのリーダーが居たから、私達も含めてサーウェル達も生きて帰れた訳」 リキッドなる年配男性は、膝を出す様に興味を惹かれたらしい。 「その冒険者ってのは、何でチームを離れたんだ?」 「それは、別の事件と絡むことだから詳しくは言えないの。 国の一大事も関わる事件だったから…。 でも、サーウェルス達と麓の村に戻った時に、或る事件が起こって。 その人は、私に合同チームを預けて村から消えた。 だから、私がその依頼の成功したみたいに言われてる。 その話については、デマぐらいに思って」 冒険者の事情は、有能さに比例して複雑と成る。 冒険者の生活が長いのか、経験者たるらしいリキッドは頷くや。 「解った・・そうゆう事にしておく」 其処に、若者の声で。 「フンっ。 偉そうに来た割には、紛い物の有名人かよ。 良いのは顔だけってか?」 ポリア達も、他の女性冒険者達も。 ポリア達を見下した様な事を言った若者を見た。 背丈は、ポリアよりも低そうで、蒼い上質なマントを背にし、腰に剣をぶら下げている。 黒髪を整髪剤で立てた髪型をして、生意気な性格が顔に現れていた。 ポリアを見て、明らかに見下した感の在る視線には、ポリアやマルヴェリータに言い寄る男性に近いモノが在った。 見た目からして、まだ10代に思える。 「そうね。 彼に比べたら、私達は“紛い物”ね」 ポリアの本音からして、Kからしたら自分達はそんなものだと思う。 あの万能さに、自分達の何を比べられようか。 だが、額にサークレットを巻いた紫色の服を着た女性より。 「イクイナ、そんな言い方は止めなさい。 チームがバラバラに成ったのは、貴方のそうゆう態度が原因って言ったでしょっ」 嗜められた若者は、同年みたいな2人の若者の間に居て。 大人びた女性の叱責も聞こえてないみたいに、 「煩ぇ~煩ぇ~」 と、他所を向く。 それを見て、ムカッとしたダグラスが。 「何だ、あのガキは」 だが、横に座るゲイラーより。 「ガキと解るなら、気にするな」 「だ・」 何かを言おうとするダグラスだが。 同時に、リキッドなる年配男性が、ポリアに向け。 「で? どうして、御宅等が此処に?」 ポリアは、思慮も深そうな経験者らしきリキッドには、これまでの経緯を隠すも難しいと感じてか。 「実は、貴方達の仲間を連れ出したのは、ベロッカって云う人かも知れないの」 リキッドは、ベロッカの名前を聞いて。 「やっぱりか」 そう呟いたリキッドの前には、ゲイラーに似た体格・身長の大男が居て。 スキンヘッドの頭には、女性の戦士みたいな入れ墨をし。 戦士らしく自らも重装備をして、傍らには大型の【戦鉄槌】《バトルハンマー》を置く。 「リキッド。 聴き込みの人物と合致したな」 この2人は、仲間か。 巨漢の男性は、ピアスもして肌は若々しい。 巨漢の男性は、ポリアを座った状態より見返すと。 「実は、居なくなった仲間の呑んでいた酒場が解ってな。 数日前、店主や売り子の娘から話を聴いたのだ。 ベロッカなる中年の男が、何でも儲け話が在ると冒険者に話し掛けていて。 我々の仲間は、それを聞いていたらしくてな。 ベロッカなる男に、我々のリーダーが話を聴いていたと云う」 すると、右側前方に居る大人びた紫色の衣服を着て、サークレットを額に巻く女性より。 「其処で、ベロッカって人に話し掛けられた最初の冒険者って、どうやら私の仲間みたいなの」 此処に集まった人物の繋がりが見えて来たポリア。 「今の話で、何となく色んな事が繋がって来たわ」 リキッドなる年配男性が。 「どうゆう事だ」 「実は、今日から12・3日ぐらい前なんだけど。 ベロッカから儲け話の勧誘を初めて受けたのって、私達みたいなの」 これには、リキッドが驚いた。 「何だって? アンタ等も、奴から勧誘を受けたのか?」 「えぇ。 でも、斡旋所を通さない依頼だし。 それから、今年の始めには協力会に反旗をした集団が協力会から暗殺の対象にされて、何人も始末されたって聴いたから。 まだ、個人から勝手に依頼を請けようとしてる馬鹿が居るって思って、私は断ったの」 「なるほどな。 いや、若い割りには懸命な判断だ」 頷くポリアだが、自分の判断の甘さを再確認しながらレフィマ達を見る。 「でも私は、あくまでも個人とベロッカが勝手に依頼のやり取りをした、と思って。 ベロッカを捕まえずに逃した。 結果、あのレフィマ達の仲間を7人。 それから、その日にウォルムへ着た冒険者数名を連れて、ベロッカは街を抜け出したみたい」 「何だと? それじゃ・・お、俺達の仲間の前に、別の誰かが連れ出されたのかっ」 「さっき、ベロッカの腐れ縁となる仲間を捕まえて、地下室に連れて話を聴いたんだけど。 ベロッカは、レフィマ達の仲間をミストレスの森へ連れて行って、或る果物を採取させるつもりだったみたい」 「果物…。 それならば、今の時期からすると…。 目当ては【シリスカアンズ】だな」 「知ってるの?」 「あぁ。 あの杏は、薬から食品としても高級な素材でな。 然も、今の時期だけはミストレスの森の深部に、ワームのモンスターが大繁殖するんだ。 その危険から稀少性が高まり、バカ高い値段で取引される」 「ならば、狙いはそれで間違いないわ。 私に話し掛けたベロッカは、次の日にはウォルムを出たみたい。 でも、5日ほどしたら、独りでウォルムに帰った。 そして、冒険者の情報を集める様に頼んだ仲間に会った時に」 “駆け出しの冒険者は、やはり使い物に成らない。 連れた12人が全滅しちまったよ” 「森に行って、ベロッカは病気を貰って来たみたいね。 咳をしながら、こう言ったって…」 ポリアの話を聴いた紫色の服着た女性が。 「嗚呼っ、クリントンやサガントは、その後直ぐに話し掛けられたんだわっ」 リキッドと云った年配男性も続き。 「同じ店に居たモウダーは、その話を聴いて儲け話に乗ったのか」 其処で、先程にポリアを蔑む物言いをした若者が。 「チッ、そうゆう事かよ。 俺達は駆け出しだから、声を掛けたクセに置き去りか」 ポリアが、その若者を見て。 「何の話?」 この生意気な若者も含めて、3人居る若者のリーダーらしき大人びた紫色の服を着た女性が。 「あ、実はね。 仲間がベロッカに話し掛けられた夜。 私達はこの街に来て、これからの事を話し合ったんだけど。 話し合いが言い合いに成って、収まらず激しく成ったの。 この若い子等と居なくなった仲間が歩み寄らなくて…。 此方の子達と居なくなった仲間が、話し合っていた店を出て別れちゃったの。 その時に、この子達はフィ=マル・サーに行ったんだけど。 擦れ違い様に、ベロッカらしき人から声を掛けられたみたい」 「え?」 「でも、このイクイナ達がまだ駆け出しって、向こうも解ったのね。 話を濁して別れたって…」 すると、【イクイナ】と云う、剣を腰にぶら下げた若い青年が席を立ち。 リーダーらしき女性を見下ろすなりに、鋭い反抗的な目を向けて。 「アンタが行くなって言ったからっ、俺達はベロッカとか云う男を探さなかっただけだ! 金に成って名声が上がる依頼だって知ってたら、無理矢理でも行ってゼっ!!。 チキショウっ、運が…」 この生意気な態度に、ポリアは即座に反応した。 目上に対しての態度も、言葉遣いも成ってないイクイナに、急な鋭い声で。 「黙れぇっ、痴れ者がっ!! 座ってろっ!!!」 と、怒声を上げて叱咤する。 「はぁっ」 2階へ上がって来たサリータリスを含めて、皆がピシャリと黙った。 システィアナやマルヴェリータは、眼を円くして黙り。 ヘルダーやゲイラーも、イクイナと云う若者に対して眼を細めた不満が飛び去る程に驚いた。 叱られる事も偶に在るダグラスは、びっくりしてたじろいだし。 レフィマ達4人の女性冒険者は身を縮めた。 ポリアの鋭い叱咤は、この場に水を打った。 「………」 生意気なイクイナと云う若者も、ポリアの気迫に驚いて声が出せなかった。 睨み返したものの、何も言い出せないまま、負けた様にその場へ腰を下ろす。 生意気なイクイナを黙らせたポリアは、彼を睨んで俯かせると。 それから額にサークレットを巻いた紫色の服を着た女性へ顔を動かして。 「我儘な新人を抱えると、リーダーの貴女も大変ね。 でも、誘いに乗らず、行かなくて正解よ。 あの恐ろしいマニュエルの森に続いている山や森なら、分け入るにしても特別な準備や知識を必要とするもの。 実際、本当に危険だわ」 其処へ、リキッドがポリアを見て、また話をし始める。 「俺は、リキッド・ヘクスター。 リキッドと呼んでくれ」 「リキッドさんね、何?」 「あぁ」 一度、俯くリキッドなる年配男性は、思い詰めた様に面を挙げると。 「なぁ、ポリア」 「何?」 「御宅等、街の側面に広がる林に入って、モンスターと戦ったと聴いた」 「えぇ。 以前は、モンスターなんて殆んど出なかった林や森なのに。 2・3年前から急に、モンスターが出る様に成ったって云うから…」 「どんなモンスターだった? ワームとか居たか?」 奇妙な質問に、ダグラスが首を傾げる。 「“ワーム”なんて居なかったぞ。 ただ、死んだ者がゾンビに成ってたり、亡霊が集まってファリファンに成ってたりしたし。 マニュエルの森からオークだの大猿だの、あ、何たらウルフとか云う狼も来たしな。 それに、何よりも1番にビックリしたのは、アンダルラルクル山にしか居なかったタコのモンスターだの、スライム系のモンスターが来て居たよ」 この話を聴いて、リキッドは眼を凝らすや。 「お前達、それを全て退けたのか?」 「当たり前だ。 採取する依頼主を守るだけじゃ、モンスターが街の農場へ出ちまう。 被害を最小限にする為と、手抜きしたなんて悪い噂も立てられたくないからな。 出来る限り、遭遇したモンスターは倒したさ」 「何だよ、謙遜するほどに弱く無いじゃないか」 然し、あの林や森に現れたモンスターは、アンダルラルクル山のモンスターからすれば最弱の部類で在る。 頭を左右に動かすゲイラーで。 「悪いが、この数日で俺等が相手にしたモンスターは、アンダルラルクル山やマニュエルの森のモンスターで云うと、確実に最弱の方だぞ」 “最弱のモンスター”と言われても、やはりマニュエルの森やアンダルラルクル山に入った者でなければ、その全容など解る訳も無い。 だから、リキッドは眉を顰めて。 「最弱ぅ? 他に、何が居るんだよ」 「あぁ。 魔王が封じられたと云う山の奥には、サイクロプスだの、ケルベロスだの、オウガだのと。 伝説にしか聴いたことが無い様なモンスターが、結界に綴じ込められながらワラワラ居るんだ」 「さっ、サイクロプス・・だと?」 リキッドが驚くと、彼の前に座る巨漢の男性も驚く様に身を乗り出し。 「そ、それは、太古の伝説に語られるだけの怪物ではないのか? この地上に、そんな怪物が居るのかっ?」 問われたゲイラーやダグラスを含めて、ポリア達ですら見るまで同じ思いだった。 大男の気持ちが解るダグラスは、Kが戦ったモンスターを思い出し。 「普通、誰だってそう思うよ。 あの人の躯が大河の様に成った渓谷に沸いた数千、数万の不死モンスターを見たら、みんなどう思うかね」 と、ゲイラーに話を振れば。 「イヤイヤ。 先ず、あのオウガと再戦しろって言われただけで、俺もヒビるゼ」 「確かに、勝ちはしたが。 ぶっちゃけ、ボッコボコにされたもんな」 ポリア達の経験をこの話で、リキッドなる年配男性は察した。 「なぁ、悪いんだがな…」 此処でポリアは、サリータリスを階段に見付けた。 マルヴェリータが先に感じて、ポリアに教えたのだ。 「タリスさん、上がって来て。 早くしないと、夜に成るわよ」 ポリアに言われて、サリータリスは階段を上がり切る。 「………」 黙って上がって来たサリータリスは、2階の奥に在る主の席となるカウンターとストゥールに向かい。 紅いストゥールに腰を下ろすと。 「もう話の大方は、みんな解ったみたいね。 それじゃ、主としての意見を言うわ。 ベロッカの事は、暗殺対象として協力会が始末することに成ったの。 そして、・・オーリナスやリキッドさんには悪いけど、仲間の救出は、斡旋所としてしないことに成ったわ。 ベロッカが持ち掛けた話は、斡旋所を無視した依頼だから、助けは……」 この話に勢い強く席を立ったのは、リキッドだ。 「おいっ、それは無いっ。 それは無いだろうっ? た・確かに、斡旋所を通して無い依頼だが、ベロッカに騙されたんだっ。 ベロッカを捕まえるとして、主の権限から救出依頼じゃなくて、指名手配犯の確保依頼が作れるだろうっ」 それに続き、サリータリスから【オーリナス】と呼ばれた、紫色の衣服を着た女性もカウンターへ身を寄せ。 「タリス、お願いっ。 どんな形でも良いわ、何とか成らない?」 悲愴感を出すのは、寧ろ主のサリータリス。 「御免なさい。 協力会とは、私もやり取りはしたんだけど…。 ベロッカが違反の黒幕の1人で在る事は、もう間違いないの。 ベロッカに騙されたとしても、違反をした者を協力会の定める冒険者として認める依頼は、絶対に認めないって…」 「嗚呼っ、そんなっ!」 此処でポリアは、オーリナスやリキッドに向けての態度で。 「ね、みんなのチームから居なくなった人って、何人なの?」 先に、オーリナスが顔をポリアに向けて。 「私の方は、クリントンとサガントの2人。 3年以上も一緒に居た大事な仲間なのっ」 一方、黙るリキッドで在り。 彼を見た巨漢が代わり。 「此方は、4人だ。 リーダーのモウダーを始めに、僧侶と狩人のエルフに……」 何故か、巨漢は話すのを止めてリキッドを見る。 酷く鬱ぐ様になり、顔を両手で撫でたリキッドで。 「実は・・恥ずかしい話だが。 ベロッカなる男に着いて行った仲間の中には、俺の従兄妹が居る」 「従兄妹…」 「あぁ。 とんだ跳ねっ返りでな。 俺に憧れ、冒険者に成った。 年の離れた従兄妹で、俺とは30近い年齢の差が在るんだ」 「血縁者なのね」 ガクリと頷くリキッド。 ポリア達は、グランディス・レイヴンの一行を救いに行った時と似た状況と察した。 然し今回は、更に事態は悪く、冒険者協力会から“助けるな・・”と頭を抑えられた状況。 単純に行くと成れば、斡旋所とは無関係として勝手に行く形をとる事になる。   俯いた姿から、リキッドはポリアへ。 「是が非でも、仲間を助けてやりたいんだが。 ポリアよ、アンタの推測からして、仲間は生きてると思うか?」 とんでもなく難しい事を聴かれた気分のポリアで、何から判断していいか解らない。 「ん……。 行った事の無い場所だから、私には判断が着かない。 ねぇ、リキッドさん」 「ん?」 「ベロッカの手先みたく成っていた人の話だと、儲け話として連れて行かれたのは、ミストレスの森って場所なのは解ってる。 でも、ミストレスの森って、とてつもなく広大な場所とも聴いたわ。 その杏は、どこら辺に在るの?」 「ん。 “シリスカアンズ”を探すならば、場所は恐らく西の山中へ分け入った、やや南寄りとなる山森の奥だ。 “アンダルラルクル山”の北側に広がる低い山や洞窟地帯の一部と繋がる、紅葉樹林の山野帯だろう」 「西って、ウォルムからどれくらい?」 「そうさなぁ…。 天候が安定しているならば、馬車でゆっくり行って2日半ほど。 徒歩ならば、4日以上は見る必要が在る」 「2・3日ね」 一つの情報を得たポリアだが。 「でも、ベロッカは集落の人にバレたくないから、かなり確りした用意をしたって。 これって、どうゆう意味なのか解る?」 「ん…、経験からしての推測だが。 ミストレスの森は、その大部分がアンダルラルクル山の北側に広がる、高さは低くとも広大な連山と森の事を指す。 そして、その森と西側の原野が広がる狭間の辺りには、古くから自然に閉ざされた集落が在った。 然し、貴族社会が革命で崩壊し、今の自治政府体制に成ってからは。 首都ウォルムが在るこの州に、ミストレスの山野帯は組み込まれ。 集落と周辺の街などに繋がりが出来た。 そして、あの森の奥はモンスターの生息圏。 だから今は、その集落には交代で兵士も駐屯する」 「襲来する可能性が有るモンスターの動向を探る為ね」 その通りと頷いたリキッド。 「集落に兵士が駐屯する様になり、もう100年は経つだろう。 下手に密猟者が集落を拠点にしようとすると、集落の者が兵士に通報する。 恐ろしい病気も潜むミストレスの森には、集落の者も注意を払って付き合っているんだ。 余所者がホイホイと行っても、協力はおろか宿屋すら部屋を貸すまい」 「だからベロッカは、冒険者を護衛に連れて、盗みに行くみたいに向かったのね?」 「だろうな。 然も、先程のお前さんの話からして、先に向かった時は駆け出しの冒険者ばかりで、モンスターに勝てなかったんだろうさ。 だから短い間で、またウォルムに戻って来たんだ」 「でも、そうなると…。 未だ、まだベロッカが戻らないのは…」 「ん。 採取に成功しているか、全滅したか・・だ」 リキッドの推測は、ポリアからして疑問は無い。 だから、か。 ダグラスから、リキッドへ。 「経験が豊富そうなお宅さんがそう思うのに、無茶を承知で行きたいのか?」 「まぁな。 あの森には、過去にこの俺も1度だけ行ったことが在る。 その理由も、ベロッカと同じさ」 「あ?」 ダグラスと一緒に、ポリア達も、他の者も驚いた。 「過去、20年以上前のことだが。 その時、斡旋所の主へ、“サーチ・クライアント”を申し出たチームが居て。 文献やら辞典で森の幾等かの知識を知っていた俺や仲間は、やはり“シリスカアンズ”を目当てとした高額な報酬に飛び付いた」 「な、なんだよ。 お宅こそ、モノホンの経験者じゃないか」 ガクッと、頷いたリキッドだが。 その表情たるや、まるで無念の一色。 「ベロッカと同様に、俺はミストレスの森を甘く見ていた。 集落に向かったが、住民はこう言った」 “シリスカアンズの実る場所は、森より山に入る辺りでモンスターも多く。 怖い病気を持ち帰るからダメだ、協力はしたくない” 「・・とな」 聴いたダグラスは、正に1度はウォルムに戻ったベロッカと同じに思え。 「まさか、それで強引に分け入ったって~の?」 無念そうな表情を保ったままに、またガクッと頷くリキッド。 命知らずに感じたゲイラーは、 「で、どうなったんだ?」 と、問うや。 リキッドは、眼帯を指差す。 「この通りに片眼を失い、九死に一生を得たって奴よ。 だが、俺の旧知の知り合いと成っていた仲間を含めて、杏を採取しにミストレスの森へ入った27人の内、生き残ったのは俺1人。 他は、みんな殺された」 「はぁっ? お、お宅1人を残して、26人が死んだ? あ、そ・それなのに、従兄妹を助けたいってか」 「確かに、気狂いって思われても、仕方無い。 だが、以前にあのミストレスの森を恐れさせる為に、姪のニーシャへこの話をしてしまった」 ゲイラーとダグラスは、 「その時のことを言ったのか…」 「それを聴いたのに、姪の女は行ったのか」 と、本気かと見合う。 リキッドの方は、戒めと危険を教える為に言ったつもりだったが。 こうなった事を自分なりに考える。 「あの娘は、俺を目標に冒険者と成った。 その俺が人生で最大の失敗が、あのミストレスの森での一件だ。 最近は、リーダーのモウダーから独立して、チームを持ちたがった姪だしな。 俺の負けを取り返しに向かったんだろう」 ダグラスからすると、何となく違う気がして。 「リーダーに成りたいのと、御宅の汚点を取り返すって…」 「まぁ、他人には解らないかも知れないな。 だが、俺には、解らんでもない」 ゲイラーより。 「何でだ?」 「俺は、あの間違いを犯してから数年は、まともに冒険者として動けず塞ぎ込んだし。 また、誘った仲間を見殺しにした、……そんな噂も立てられた。 誘わなかったのは、地元の屯する奴等で。 誘ったのは、信頼の出来る地元の根卸しだ。 噂を流した奴等からすれば、誘われなかった腹癒せ。 それから、地元で少しばかり名の売れた俺を追い落として笑い物にしたいからだ…」 「それと、今回の違反となる依頼がどう結び付く?」 「それは、あの杏を採取して街に戻れば、この街ならば商人や住人から実力を認められるからだ。 そうなれば、ニーシャは独立して、自分で人を選んでチームを作れる。 駆け出しから、1から遣らずとも成り上がれる。 俺の汚点を雪いで、自分に箔を付けるつもりなんだろう」 イマイチ、理解の行かぬダグラスで。 「ふぅ~ん、そんなモンかねぇ…」 複雑な関係が絡むと、ゲイラーやダグラスも腕を組む。 此処まで話を聴いたポリアは、ベロッカが街に戻った事を踏まえ。 「もう夜に成ったから、この話は明日になるけど……」 全員の目が、ポリアに向いた。 難題に悩む様なポリアは。 「今ね、この首都にジョイス様が居るの。 ホーチト王国の宮廷魔術師師団を預かるジョイス様」 とんでもない有名人の名前が出て、リキッドは呆気に取られた。 「な、何でジョイス様の名前が出るんだ?」 「ホラ、さっきの話で、ホーチト王国の大事に関わる事件が在ったって、言ったでしょ?」 「あ、あぁ」 「その関連から、少しばかり事件の事後処理まで付き合ったの。 んで、ジョイス様は、この国の大臣級となる人物を相手にした国家間の話し合いが在ったから。 此方の国の魔術師師団を率いるエクレア様や外務大臣をするテレイズ様だったかな。 その方々と、警備やら日程について話が在った訳。 で、私達と一緒に、この国に来たの」 「ポ・ポリア。 お前さん等は、なんて人脈を持ってるんだ?」 「あ、勘違いはしないで。 あくまでも、先に消えた合同チームのリーダーをしていた人脈の流れだから」 「あ、あぁ・・なるほどな」 「でも、ベロッカが…。 って云うか、貴方やオーリナスさんの仲間を含めて、生きていれば病気を持ち込む事も考えられる」 「た、確かに。 俺も過去には病気を患い、辿り着いた集落で半月は死線を彷徨った」 「ならば、その線で兵士側から依頼を出せるか、聴いてみる」 「兵士側から、だと?」 「だって、冒険者協力会が主のタリスさんに言って、救出を止めさせたのよ。 私達が勝手に助けへ行ったら、協力会と揉める事に成るんじゃないの?」 「あ、・・確かに…」 「でも、政府なり軍部側から依頼を出して貰えれば、行く口実は出来るし。 元は超一流の冒険者だったジョイス様やエクレア様の意見が聞ければ、少しは判断が着くかも」 「“幻惑の貴公子ジョイス”や、“黒き炎のフレア”ことエクレアの意見ならば、確かに…」 リキッドが話を飲み込んだ事を見たポリアは、事態をこのままにしたくない様子のサリータリスを見て。 「主のタリスさんは、それをして大丈夫?」 「え?」 「協力会との窓口は、タリスさんだもの。 揉める事は許さないって云うならば…」 ポリアが皆まで言わずの間合いで、サリータリスはポリアを見返すや。 「構わない。 それならば、それで…。 出来るならばベロッカを、こ・この手で捕まえたいもの」 サリータリスの意向を得て、ポリアは何とか話してみようと思った。 (本心は、自分が助けに行きたいのかな) サリータリスの様子を観ていて、ポリアはそう感じた。 仮の主として働く彼女だが、この斡旋所に来た冒険者の観察をしたり、相談には気さくに乗っている。 自分の預かる斡旋所、その斡旋所が在る街でこんな事が起こっては、彼女も強い憤りを感じるのは当然だろう。 明日の昼にもう1度、話をする為に斡旋所に来るとして。 ポリア達は解散するとした。 いつの間にか夕日も落ちて、外は真っ暗に成る。 席を立ったオーリナスは、ポリアの前に来ては握手を求めて来る。 ポリアに心を砕いた様子にて。 「今回は、迷惑を掛けて御免なさい」 「んん。 私が、ベロッカを逃したのが悪いの。 まだまだ、思慮が浅かったわ。 此方こそ、御免なさい」 謝るポリアの姿に、仲間は不思議な想いだ。 確かに、ベロッカを逃した。 だが、あの時は確実にベロッカが悪党とは解らない時点となる。 それならば、ベロッカの誘いをキッパリ断った処でポリアの責任は果たせている。 リーダーとして仲間を守り、冒険者としてもルールを守る態度を見せたのだ。 謝るまで必要か、不思議な想いが湧く。 ポリアに叱られたイクイナは、明らかに不満が満ちていて。 解散となるや、真っ先に1階へ消える。 だが、他の若者2人は、ポリアに頭を下げて行った。 そして、リキッドがポリアに近付いて。 「悪いな、仲間が迷惑を掛ける」 「いいの、貴方の所為だけじゃないわ」 「ん…」 頷いたリキッドは、またポリアを見返すと。 「若い割りには、良いリーダーだな、お前さんは。 ベロッカの誘いも断るし、この事態を受けて冷静にしている」 するとポリアは、柔らかく笑った。 「私の手本は、もう消えて居ない凄腕の冒険者なの。 あの人ならば、ベロッカの本性を見抜いただろうし。 絶対に逃がさず、確実に捕まえたわ」 「ほう、そうか?」 「詳しくは語れないけど、それぐらいに凄い人だった。 戦う事、他者を救う事、知識や万能な技能を有していてね。 何も何もが凄すぎて…。 他人に幾ら誉められても、私は思い上がる気持ちも湧かないわ」 「………」 ポリアを見て、リキッドもその言葉が嘘には聴こえず。 「そうか、そんな者が居るのか。 ・・世界は、広いな」 こう呟いたリキッドの肩に、ポリアは手をやると。 「リキッドさん。 だから、早まらないでね」 「ん?」 「下手に誰かが暴走しちゃったら、斡旋所の主をするタリスさんも困るし。 あのオーリナスさんも、自分を抑えられなく成るわ」 「ん、ん…。 解っているつもりだ」 リキッドの返事に、頷き返すポリアは。 「経験者の貴方が此方に居るならば、私達が助けに行くと成っても心強いのよ。 だからリキッドさん、少しだけ我慢して」 自分の乱れた心の中を見透かされ、助けに行こうと焦る気持ちに“待った”を掛けられた気がした。 「・・・解っているさ」 こう言ったリキッドは、随分と年下に成るポリアへ謝る様にして、2階から下へ降りる。 心配なポリアは、リキッドを見送る。 其処へ、 「リキッドの事は、私に任せてくれ」 野太いも、穏やかさが溢れる男性の声がする。 声の方へポリアが向けば、ゲイラー並みにデカい巨漢が立っていた。 巨漢がポリアを見下ろして居る。 「リキッドさんの仲間ね」 「俺は、戦女神(アテネ=セリティウス)様を信仰する者で、タウローだ。 リキッドとは、4年ほどになる」 頷くポリアは、 「リキッドさんが早まらない様にして。 もし行くならば、私達も一緒に行くから。 1人で死にに行くのは、ナシよ」 と、タウローなる神官の戦士に言う。 タウローは、リキッドの降りた階段を見て。 「解った」 と、彼の後を追って1階に向かった。 2つのチームを見送ったポリアは、席を立ってサリータリスに近寄る。 「タリスさん」 「あ、何?」 「明日、ジョイス様やエクレア様に会って話しても、口実を作る事がダメだったら………」 オーリナス、リキッドの2人と話したポリアは、もしも自分が当事者と成った事を想定すると。 あの仲間と別れてしまったあの2人は、このままでは自分を抑えられないと思う。 また、中途半端なポリアの話でも、サリータリスには言いたい事が解る。 「そう・よね…」 冒険者として、仲間が居て人生の一時を共有するならば。 理屈やルール云々では割りきれない、馬鹿で愚かな情に突き動かされて行動することも致し方ない時がある。 仲間の危機ならば、それはそれで仕方が無い。 「ポリアさん」 「ん?」 「もしもの時は、お願いするわ」 「いいわ。 だから何か、口実にこじつけられそうな依頼を探して見て。 ミストレスの森に近い場所の依頼で構わないわ」 「えぇ」 リキッドやオーリナスが助けに行く事を諦められないならば、何等かの理由を付けて行くしかない。 ポリア達は関係ないと蹴る事も可能だが、1度は話に乗った以上は責任も在るし。 ポリアの気性からして見過ごせない。 其処に、手伝いをする少女の2人が来る。 警察役人が来たと云うのだ。 「あの2人、引き渡さないとね」 サリータリスがポリアに言う。 「話だと、他にも手を貸した人が居るって言ってたわ。 早く関係者の全員を捕まえて貰わないとね」 下に降りたポリア達は、捉えた2人の男の身柄を預かりに来た警察役人に会う。 サリータリスの立ち会いにて、2人を警察役人へ引き渡す。 これで今日のすべき事は終わったと思ったポリアは、レフィマ達を見て。 「今夜は、一緒に宿へ行きましょう。 大部屋ならば、安上がりになるわ」 頷くレフィマは、一緒に着いて来た。 レフィマ達4人にも、まだ仲間を助けに行きたい気持ちが在る。 金を渡した手前、この彼女達も思い余って助けに行こうとする事も考えられた。 ポリアの心配、それを察したのがヘルダーとマルヴェリータだ。 乗り合い馬車にて宿屋の集まる場所へ向かう間まで、ポリアとマルヴェリータは彼女等と話していた。 声で話す事の出来ないヘルダーは、自分の持つ障害がとても歯痒かった。 もう夜となり、駆け込みで食事と風呂が入れればいいと大部屋の在る宿へ。 食事と風呂を済ませると、レフィマ達は今日の1日が目まぐるしい程に忙しかったのか。 次々と横になる。 さて、風呂に入った後だ。 鎧等の防具を脱いだポリアは、髪を縛らずに剣だけ片手に共有の寛ぎ場へ。 各階の窓側で、階段付近にソレは在る。 お湯が在り、紅茶が飲める。 (はぁ、明日は大変に成りそう) ジョイスやエクレアに会うとして、話がどうなるか解らない。 どのみち、助けに行くことに成りそうな気がした。 ボンヤリ考えるポリアの持つ紅茶が、温くなり湯気も立たない。 そんなポリアへ、 「ほほっ、これはとても綺麗なお嬢さんだね」 身形は良い、礼服姿に値の張りそうな長剣を佩いた男性が現れる。 30代と思われるブラウンヘアの長身男性だ。 下の階から階段で上がって来て、部屋を探す途中でポリアを見たのだろう。 だが、物思いに更けていたポリアは、その男性の声が耳に入らなかった。 「チッ、無視か、この気取ったアマ」 反応が無く、窓を見詰めるポリア。 その態度に、礼服男性はイラッとしたらしい。 ポリアの肩を掴もうと手を伸ばし掛ける。 が、同時に首を捕まれた。 「な゙っ、ぐぅ」 驚いて脇を見ると、自分より半身ぐらい背の高い、筋骨逞しい巨漢が居て。 「おぅ、俺達のリーダーに、何か用か?」 その巨漢は、ふてぶてしい笑みを浮かべ、威圧的な物言いをするではないか。 「すぶっ、いません゙。 なっ、なにも…」 ゲイラーは、掴んだ首をそのまま男を押し飛ばす。 「わ゙ぁっ」 黒いニスを塗った木目の床に礼服の男性が倒れて。 「あら」 その音で、ポリアが男性の存在に気付く。 「わ、悪かったっ」 這いつくばって逃げる男性を見て、ポリアは何が起こったのか解らず呆けてしまう。 身体の大きなゲイラーだ、ソファー席に座ると。 「絡まれていたのに、気付かなかったのか?」 「え? あ・・ら」 「どうしたよ、悩み事か?」 苦笑いを浮かべたポリア。 「ごめん、明日の事とか、レックさんの事を思い出しちゃってね」 ポリアの話に、ゲイラーの方が真顔へ戻る。 「レックの事を・・か?」 レックとは、パチョレックの略名だ。 ゲイラーのチームに居た、狩人の壮年男性だ。 穏やかで落ち着いた性格をした人物である。 別の若い魔術師とチームを組むとして、別の国へ旅立った。 「何で、ポリアがレックを思い出した?」 「だって…。 レックさんは、ミストレスの森とも繋がりの在る山間の集落で生まれたのよ」 「あ、そうだった、な」 以前のレックの回顧で、生まれはこの国。 この首都から北西に向かうこと、10日ほどの所に在る、山間部の森に埋もれた町に住んでいたと云う。 その森は、遠くはマニュエルの森も含む危険な山や森に繋がり。 西側の前には、“凶悪なモンスターの棲む大地ダロダト”にも繋がっている。 モンスターの脅威があるが、とても自然に恵まれていた場所だ話していた。  「レックさんは、モンスターの所為で故郷を追われたとか」 「そう言えば、そんな事も言ってたな」 Kとレックの話では、ミストレスの森と山々の連なる場所で、固有の生物やモンスターなどが生息していると云っていた。 山の奥部には、狩人でも行かないとレックが語っていた。 「ゲイラー」 「ん?」 「もうケイは居ない」 「ん」 「明日、兵士側からも依頼が出せなくなると、協力会に睨まれても助けに行かなくちゃいけないかも」 「・・かもな。 仲間を連れて行かれたら、俺も我慢は出来ない」 「どのみち、ミストレスの森には行く事に成ると思うの。 覚悟は、お願い」 「だな・・・、解った」 紅茶を呷ったポリアは、使用済みの入れ物にカップを入れて。 「せめての救いは、ケイの作った薬がまだ残ってる事ね」 「あ、まだ残ってたのか?」 「うん。 ケイが、ガロンを追って消えた後ね。 ケイから私に置き土産が有ったんだけど。 私達が、思いの外に聞き分けが良かったみたい。 もしもの時、その用に多めの薬を作ったらしいんだけど。 余ったからって、記憶の石や神竜様の逆鱗と一緒に貰ったの」 「ケイ《リーダー》の置き土産か」 「お金はまだ有るから、下準備として市販された特効薬とかは買うけど。 御守りの代わりに、ね」 「フッ。 それは、心強いな」 2人して席を立ち、部屋に戻った。 ------------------------------------------------------------ *この続きは、このページに続けて掲載致します。 予定は、5月初旬以降と思います。
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