第一部・始動へ 第一章 終わりから始まる物語

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{ その1.新生、チーム“ホール・グラス” }        * 世界でも北に位置する『旧き国』の一つ、『ホーチト王国』。 東西にとてつもなく長い北の大陸の中でも、中央の南端より大陸内部までの領土を持つ。 その王都(首都)は、南端の海岸から内に広がるマルタンと云う街だ。 交易都市、商業都市、王都と、三つの顔が合わさったマルタンは、人・物・金が集まる。 その様子の一端は、今まさに港を見れば垣間見る事が出来るだろう。 港には、大小何百と云う交易船が停泊し。 活気溢れる船着場では、積み込み・積み下ろしの荷物が船乗りや港で働く者の手によって行われており。 急ぐ男達の声が飛び交う。 また、船から街へ、街から船へと、乗り降りする客の数も生半可なものでは無いし。 その客の姿も千差万別。 みすぼらしい姿をした親子の姿も在らば、優雅なドレスに日傘を差す貴婦人と正装した家族達。 マントを背にし、荷物を背負う旅人。 中には、抱えた荷物を気にする男などは、商人であろうか。 他に目を移せば、弓を背負った皮の胸当てを付ける女性や、背中に金糸で神々を刺繍する僧侶らしき人物などもいた。 この人々の中でも、武装して、集まりを以て移動する彼等は、『冒険者』達と推察が出来る。 冒険者とは、一般の人々が出す依頼を請けて、その解決をして生計を立てる者達だ。 この世界には、モンスターと呼ばれる魔界から来た危険な生物や。 その生物の影響を受けて凶悪化した怪物が、世界の至る所に居る。 そんなモンスターを倒したり、人の悩み事から我が儘の一部を含めた願い事を金と引き替えにし、世界を渡り歩く者達の総称だ。 さて、マルタンの街に居る冒険者達の間に、ちょっとした衝撃が走ったのは、二日ほど前だ。 その理由の前に。 冒険者には、 “2人以上のチームを組んで依頼を受けるべし” と、ルールが決められている。 これは、冒険者達を束ねる存在となる『冒険者協力会』、通称『ギルド』から決められているのだ。 危険な依頼を一人でこなせる事はほぼ無いからだ。 また、基本的に依頼とは、チームの一つに対して回されるもので在り。 斡旋所を預かる主の特別な判断が無い場合は、複数に回される事は無いのだ。 処が、何と3つのチームが一時的に合同編成された。 そして、北西に在る危険地帯、『魔の森』や『呪われた山』と云う場所に分け入いる事になる。 その理由は、或る依頼を請けその危険な場所へ仕事をしに行ったまま、行方不明に成ってしまったチームが居た。 この国ではかなり有名な冒険者チームで在り。 そのチームの仲間となる一人が、斡旋所の主の一人娘だったのだ。 そのチームを救出する為、【合同チーム】と云う変わった仕様が為された。 そして、行った彼等は見事に行方不明と成っていたチームを救出して来た…。 街に居る他の冒険者達は、様々な噂を囁き合った。 実際の事を全く知らないからだ。 だが、それは包帯を顔に巻いた男と、そう………ポリア達の事だ。 包帯男“K”の指揮下で、見事に行方不明と成った死に掛けのチームを救出して戻ったのである。 “K”編で、その活躍は解ると思う。 だから此処で、その模様を深くは書かないが。 戻った3つのチームは何故かバラバラに成って、皆がそれそれの新たな道に進んだ。 中でも、絶世の美女たるポリアのチーム、“ホール・グラス”(砂時計)には、格闘家ヘルダー、傭兵ゲイラー、剣士ダグラスと、3人の新たな加入をして、7人という集団に成った。 その新チーム始動の幕開けは、一つの知らせからだ。 つい半月前まで、冒険者達の中でも初心者と云うか、頭角も現しきれない者達。 通称、『駆け出し』と云う者の底辺に居たポリア達だが。 包帯を顔に巻いた“K”と云う人物と組んでは、短期間に2つの依頼を立て続けに片付けた。 だが、それだけで、もう駆け出しのチームとは違う、上へと昇る流れに足を踏み入れたのだ。 そう、羽ばたき、大空へと駆け上がる、運命の流れに飲まれてゆくのである…。       * 物語の続きは、あれから二日後。       * マルタンの都市内へ、港から海の風が吹き込む大通り。 幅のとても広い大通りで、馬車だの人が日昼は絶えず行き交う。 その港側の近場に、構えからして立派な宿屋がある。 港をまん前に見える、そんな立地に建てられた石の建物で、13階建ての白い外壁をし。 その客が出入りする正面には、 “シーサイド” と、名付けられた店名が、アーチ状の門に彫り込まれていた。 港の近場で、この名前は在り来たりだが。 周りの景色や雰囲気には、なかなかどうして合っていた。 その宿の一階、エントランスロビーにて。 椅子とテーブルに、自由に喉を潤せる水の入った水差しも在り。 待ち合わせ、受け付け待ち、その他も含めて客が使える共同リビングが存在するが。 蒼い絨毯の敷かれた共同リビングのある一階の受付に今、客から従業員を含め、誰もが足を停めて見てしまう様な。 麗しく若々しい女性がチェックアウトの支払いをしていた。 (ママ、見て) (え? あら…) まだ10歳ぐらいの身形の良い男子と、ドレスを着た母親が食堂へ向かう時に。 その余りに美しい女性を見て、足を停めてしまった。 また、従業員の宿の働き手が2人並んで隅に立ち。 (あの美人さん、もう旅立つのかな) (冒険者みたいだから、多分は、な) (何とかして、近づきたかったなぁ) (アホ。 下働きの俺達には、高嶺の花って奴だ。 無駄な夢を見るだけ辛いぞ) (ゔっ、うぅ) 黒い作業服の2人にも見られるのは、白いマントを背に流し、その下には白銀製の上半身鎧を着ていた。 鎧の胸には、百合の花が描かれていて。 切れ長い瞳、瑞々しい白い肌、赤い唇と、その顔は凛々しく。 美しさが迸っているような雰囲気を受け、装備する全てが様になる。 また、とても特徴的なのは白銀色の長い髪。 ポニーテールに結い上げられて、黒く長いリボンで、結った先に伸びる髪を螺旋に巻いて一本の帯状にしてあった。 腰に佩く剣は、真紅の柄をした長剣で、白銀製の業物だ。 その辺で売られる安物とは見てくれが違う。 また、スリットがきつく腰近くにまで切れ、前後に長いスカートは白い。 スラリとした背丈も並の男性は超えており、なんとも美しき若娘かと見惚れてしまうのだ。 受け付けに立つのは、普段からすると珍しく支配人だ。 普段は、下働きの若い女性に遣らせているのだが。 何故か、今日は前に出てきた。 「お客様、本日は御出立ですか」 金を袋から出す美人は、 「まぁ、そんな処・・かな」 「この街に来た際は、またの御来店をお待ち致しますよ」 勘定分の銀貨と金貨を出した美女は、穏やかに微笑んだ。 そう、この美少女と美人の間に在り、麗人とも云うべき女性が、ポリアだ。 本当の名前は、『ポリアンヌリュファール』とも云い。 隣国の公爵家に生まれ、領家の男性との結婚を決められた事に納得が行かず。 幼き頃から従者として居たイルガを伴い、冒険者となるべく家を飛び出した。 今は、冒険者として生きる事を心に決めている。 「御宿泊、ありがとうございました」 立ち振舞いも卒の無い支配人の男性が、支払いをしたポリアへ恭しい礼をする。 「部屋も、料理も、最高だったわ。 機会があったなら、また寄らせて貰います」 「はい。 マルヴェリータ様のご友人ならば、此方も大歓迎で御座います」 こんなやり取りをしながら、金を払ったポリア。 その様子を、ホテルの出入り口で見ている6人の男女が居る。 先ず、人の目を惹くのは、漆黒の長い黒髪の女性だろう。 ゆるいウエーブの掛かった黒髪は、流れる水の様にその美女の身体を纏い。 やや細め開きの目、程よい高い鼻、薄めの唇は魅惑的で、白い肌は白浜の様だ。 本日に纏う白いドレスは、肩空き、背中開きの露出の多い物。 純白のステッキを持つ右手、緩やかに下ろす左手には服の色に合わせた婦人用の手袋を腕までしていた。 右肩だけに掛ける青いマントは、気取っていても嫌らしく無く、様になる。 ポリアより気持ち背が高い、大人びた魅惑の美女は、その名をマルヴェリータと云う。 魔想魔術師と云う、想像で魔法を創造する魔法使いで。 その潜在する魔力は、超一流の冒険者だったKからしても折り紙が付く。 一方、マルヴェリータやポリアとは違う。 ほぉ~んわかした可愛らしい少女の様な容姿をしているのが、システィアナ。 背中には、穏やかで優しげな羽を持つ女神を刺繍した、厚手のローブという全身服を纏っている。 木目の新しい木の杖は、買ったばかりのようだ。 見た目、十五・六の少女の様だが、年齢はポリアと変わらない。 優しい心を持つ、慈愛・博愛の女神“フィリアーナ”を信仰する僧侶である。 他に、入り口でマルヴェリータとは反対の壁際に立っている男は、長い槍型の武器で“戟”と呼ぶ、槍の側面に刃を付けた武器を片手に持つ。 ポリアより頭一つ・・・いや、もう少し低い背丈で。 歳は中年からやや年配の色黒男で、名はイルガ。 ポリアが幼い頃から、その側に御付の従者で。 冒険者に成ったポリアを守る為に、こうして着いて来た。 元々、彼は若い頃に冒険者をやっていた過去があり。 ポリアは、イルガの冒険者だった頃の話から憧れて、望まない結婚話を機に冒険者と成った。 その事を知るだけに、彼自身は強い責任を感じているのだ。 そのイルガの後ろに立つのが、ヘルダーと云う男性だ。 ヘルダーは、手にも腰にも武器らしい物を持っていなかった。 耳が隠れる程の髪に、細い眼。 口は開かないし、のっぺり顔をした細身の男。 これが、ヘルダーの印象である。 服は、腰から下に前後の前掛けが付いている繋ぎのような黒い全身服で、厚手の物だ。 胸には、鋼鉄の細い鎖を編んだ軽量の鎧だけ着ている。 彼の武器は、自分自身。 拳・蹴りに加えて素早い動きと様々な体術。 格闘技に秀でた、珍しいタイプの戦士であると言えよう。 そして、格闘術にて扱う腰に隠してある鋼鉄の扇子。 その切れ味は恐ろしい。 このヘルダーは、俗に云う“オシ”。 つまりは、口が利けないのだ。 だが、その戦力は巨漢の怪力を誇るゲイラーと双璧である。 扉の外に出て待っている男2人のうち、スラリとした若い男がダグラス。 グレーがかった髪は長く耳を隠すほどで、見開かれた眼は柔らかいが身のこなしはしっかりした剣士である。 ポリアと同じ中型剣(長剣)を左に佩いている。 皮の軽量鎧やプロテクターを膝まで身に着けている、なかなかの顔立ちの整った好青年。 剣の腕は、ポリアと互角か少し上と云う所か。 そして、もう一人。 パッと見て、ポリアやマルヴェリータと同じく目を惹く男が居る。 筋骨隆々にして、とても高い背丈をし。 背中の大剣は、大人の人間を簡単に一刀両断してしまいそうな感じがする程に大きい。 黒い上半身鎧は、一般の者が対峙したら壁のようで。 見てからに戦う為だけに生まれてきたような男。 それが、ゲイラーだ。 短い髪、厳つい顔、太い眉と大きく見開かれた瞳。 こんな巨漢には、易々とケンカは売りたくないと思える。 背中の大剣を使わせるとかなりの腕だが。 システィアナに惚れる、純粋な大男でもあった。 この別々のチームに居た7名が、今や一つのチームとして、新たな冒険に挑む事になる。 支払いを終えたポリアは、マルヴェリータに近づくと。 「さて、どうしようか」 2人並んで外に出て行く。 脇にはシスティアナ、イルガ、ヘルダーが着いて。 外に出てダグラス、ゲイラーと合流し、港の賑やかな喧騒が湧く広場に出た。  野太いしゃがれた声のゲイラーは、今まさに港より流れて来たばかりの冒険者達を見てやり。 「なんでもいいから、先ずは手始め的な仕事でも探してみるか?」 街の中心に向かって、とりあえず歩き始めたポリア達。 歩く旅人や街人、また旅客や荷物を運ぶ馬車に気を付けながらポリアは。 「う~ん。 やっぱり、一応は斡旋所(ギルド)行って見ようっか。 ただ、私達に回せる様な依頼が無ければ、街を出てもいいかな~って思うケド」 甘い匂い漂わせる果物が入った木箱などが、荷馬車に積まれている。 それを見ながら、ダグラスは。 「それも、一つの選択かもな。 あの包帯男(リーダー)様の御蔭で、な~んとなく此処じゃ遣り難くなる感じだし。 違う土地でやってみるのも、一興だと思うぜ」 ダグラスの話は、皆の心に在る思いだ。 包帯男“K”の衝撃は、実に強すぎた。 未だに、思い出てくるあの戦いぶり…。 理解が出来ないくらいの強さは、神の領域だと思えた。 あまりの圧倒的な強さに、自分達を何と考えて良いか…。 だが、ポリア本人は、少しづつでもその強さに近づきたいと、こう願う様に為って来ている。 何処かで、認められたいと…。 (ねぇ、ケイ。 本当に強く成ったら、また逢える?) 別れの手紙に綴られた言葉が、心に熱く蘇る。 一人でウキウキするシスティアナは、のろ~んとした口調で嬉しそうに。 「お~しごと~、お~しごと~」 システィアナの声で、突如ゲイラーが真顔に成り。 「うむ、働こう!!」 元より普段の声が大きいゲイラー。 マルヴェリータは、近くで聞いてビックリ。 「ヒィっ、何よ。 大きい声を出して…」 「ん? そんなに大きいか?」 システィアナに対するゲイラーの陶酔は、同じチームの仲間に成った事で顕著となる。 マルヴェリータは、アホを見た気がしてか。 (仕事をしたいなら、そこに在る荷物でも運べば…。 体がおっきいから、荷物持ちには丁度いいかしらね) と、ゲイラーを見て思ったりした。 この都の中でも、特に幅広い大通りを歩いていた一行だが。 途中から横道へ曲がれば、左右に商店の並ぶ通りとなり。 飲食店と専門商店だらけの並びと成った。 陽が上がり高くなった今では、買い物客で流れが出来る歩行者天国だ。 若い男女、子連れ、家族連れなどが露店に集まっていたり。 冒険者達が武器屋から出入りしていたりと、通りは活気には溢れていた。 暖かな日差しに明るくなる道を西へと歩いてい行き、暫(しばら)く。 曲がり角に、海を望める高台側に建物が途切れ。 落下・転落防止の低い石垣の手摺りを兼ねた壁が見えて、青い海と港が一望できる。 その景色を前にした石畳道路を挟んだ向かいに、黒い趣ある大きな館がドッシリと居座っていた。 【蒼海の天窓】と名づけられた館で。 冒険者達に仕事を斡旋する紹介所である。 古い昔に定められた掟に則り、世界の主要都市や大きな町には、こう云った斡旋所がある。 ポリアは、両手を腰に当てて館を見る。 「うは~、ケイと別れてから一昨日、来たばっかりなのに…。 なんか、凄い前に来た気分だわ」 自分でも呆れてしまう感覚。  今はKが居ないというだけなのに、酷く昔の記憶に成った感覚は、どうしてか。 戦うKの姿は、鮮明に覚えているのに…。 ポリアは、中に入るのが少しだけ躊躇われたが。  「よし、行こう」 動きを止めていた一同を率いるように歩いた。 “チリンチリ~ン” 入り口の木枠にガラスの入った扉を開けば、呼び鈴の涼やかな音が響く。 中に入ったポリアは、広く見渡せるフロアを見回しながら直進した。 部屋の中央には、仕事を請ける為の手続きをしたり、チーム結成の手続きをする円形のカウンターがあるのだ。 ポリアの心の中に、まだ右奥の“くの字”階段を上がるまでの腕があると過信はしない。 先ずは、下のカウンターで仕事の話を聞こうと思った。  入って来たドアの壁側は、一面のガラス張りだが。 その他の壁には、様々な仕事が張り紙で張り出される。 人捜し、物探し、怪物退治、遺跡調査と、在る時には色々と仕事は有る。 だが、そう何時でもドキドキするような仕事が満載・・とはいかないもので。 この前まで、多い依頼は作物の苗植えや害虫駆除などだ。 今に成って、この場所で駆け出しの依頼もどうかと思う。 だから、聞くのだ。 中央のカウンターに行けば、バンダナを締めた目つきの鋭い男が、皮のチョッキに青いズボン姿で立っていた。 「おはよう」 向こうが目を合わせて来たので、ポリアが声掛けると。 仕事の依頼が書かれた張り紙を眺めていた冒険者の一部が、ポリア達の来訪に気付き始める。 (うぉ、あの男、デカいなぁ~) (てか、あの中心に居る女2人、何者だよ。 すげぇ~美人だ) 昨日今日、この街へ来た冒険者には、ポリア達一行は物珍しいとしか言い様の無い集まりだろう。 一方で、この街に一時でも長く居た冒険者達からすると…。 (おいおい、アレ・・見ろよ。 ポリアのチームだせ) (はっ、こりゃスゲ~な。 ゲイラーとダグラスが、一緒にいるよ) (まさか、色仕掛けで加え込んだとか?) (ねーねー、この前の仕事の成功した話って、本当かな~) (ま~な~、疑うのも解る。 あのポリアだもんな~) (多分、ゲイラーやダグラスやフェレック達の御蔭じゃないかぁ~) 壁に貼られた仕事の張り紙を見ていた冒険者達が振り返っては。 ついこの間まで自分達か、それ以下と捉えていたポリア達をジロジロと見ながら、勝手に考えた噂話をし出す。 ポリアは、ゲイラーやダグラスからこの様な事の話は聞いていたが。 Kの御影で3回目のこの状態にも、まだ慣れる気にはなれない。 やはり、自分の身の上に降り掛かる事態で味わうと、この嫌味ったらしいヒソヒソ感は気持ち悪いものが有った。 (う゛ぅ…。 なんか・・嫌味ったらしい視線がぁ) ポリアは、マルヴェリータに小声で言う。 (ほっとけばいいわ。 羨むだけの者に、ケイとの仕事は勤まらなかったわ。 ま、それだけの事したのよ) ゲイラー、ダグラス、ヘルダーの3人は、既にこの道を通ってる所為か。 気にもしていない顔で喋ったり、受け答えをしている。 カウンターの前にポリア達が到着すると。 バンダナをした男は、右後ろに指を向けた。 「話を聞いていたのか。 もう馬車が来てる。 向こうから二階へ上がって、マスターの話を聞いてくれ」 「………はぁ?」 ポリア達は、何のことかサッパリ解らずに、ポカ~ンとしてしまった。 その後、お互いに沈黙をしてしまい。 やや間を空けてから少しして、ポリアは困惑の顔で。 「あ、あの・・話なんて・・・知らないんだけど。 何で、いきなり上?」 マルヴェリータも。 「聞いてるって・・何?」 すると今度は、ポカ~ンとしてしまったバンダナ男より。 「あ? あ・・ジョイス様の使いが、宿にいっ、行かなかったか?」 イルガは、直ぐに辺りを見回し。 「何? ジョイス様が上に居られると?」 「いやいや、何かお前さん達へ話が有るみたいで、アンタ等に使いを出したってさ」 ポリア達は、皆で見合ってしまう。 其処に。 「お~いっ、ポリア! こっちだぁ~」 二階から、男の低い音域だが大声がする。 広間に居る皆が、声の方に顔を向ければ。 大男で固太りの主人が、2階のフロアの縁となる柵の所に居た。 彼こそこの館の主人で、元は名うての冒険者チームに居た男である。 可愛い一人娘のオリビアの為に、Kへ前回の大仕事を頼んだのは記憶に新しいだろう。 館内に反響する声を受け、ポリアは大男のマスターを見上げて。 「声・・デカ」 それよりも、マルヴェリータとしては、主の元気そうな姿に呆れる。 「一昨日、あれだけ泣いたのに…。 もう元気そうねぇ」 同じく呆れるダグラスは、腕組みして見上げながら。 「なんか、さ。 心配して減った体重が、もう戻ってきてないか? 仕事サボって、上で爆食してるんとちがうか?」 同意の頷きをするヘルダー。 元気なマスターの姿に、何だか命を張ったのが惜しく感じたゲイラーで。 (アイツも、山に連れて行けば良かったか…) と、思ってみたりして。 さて、ポリア達が向かう二階は、上級というか、特別な仕事を請ける所で。 駆け出しの冒険者達では決して拝めない場所だ。 大概の斡旋所には、こうして特別な依頼だけを受け付ける部屋なり場所が在るらしい。 ゲイラーやダグラスなども、この二階に上がれるのは一年に一度くらいだった。 なのに、Kと関わってから頻繁だ。 何か、感覚がおかしくなる。 その二階に上がると。 黒い漆塗りの横に長いテーブルが列に並び。 柵付きのカウンターテーブルが、二階の北側正面に見えて。 下の一階とは雰囲気の違う場に成り変わる。 今、下では他の冒険者の誰かが階段に向かい、あのバンダナを巻いた男から叱責をされている。 剥げ頭の熊みたいな主人はその様子をチラ見してから、血色の良い顔を皆に見せて。 「おう、良く来た。 ジョイス様の使いに会ったか?」 ポリアは、首を左右に動かすと。 「ううん。 今来て、下で聞いたわ」 頷く主人は。 「そうか、解った。 とにかく、先に用件を話す。 ジョイス様が、昼過ぎに屋敷へ来てくれと。 何でも、ガロンの野郎の行方が解ったとさ」 ポリア、マルヴェリータ、システィアナ、イルガの顔が、一瞬で引き締まった。 “ガロン”とは、Kと引き受けた最初の仕事で、影の悪党の一人である。 町史の代理をしていたラキームに、悪どい入れ知恵していた元冒険者だ。 あの悪辣さは、忘れたくとも忘れられない。 ポリアの様子を窺っただけで、大柄だが察しは鋭い主。 (ふむ。 あの悪名高いガロンの事だ。 町史代行のラキームとか云う奴の腹心だったってからな。 このポリア達とも、何か因縁を生んだが) 裏話として聴いた事情も踏まえ、オガート町では色々と在ったのだろうと察する。 クォシカの捜索依頼は、もう政府主導の案件だ。 ジョイスを通して、斡旋所に話は来ていた。 だから主は、深い経緯は知らないままで在る。 だが、其処は主としての裁量や器量からして、偶さか在る話だから。 「とにかく、込み入った話が在るんだろうよ。 だから馬車を用意しておいた。 好きに遣ってくれて構わないから、必ずジョイス様に会えよ」 心遣いを受けたポリアは、主人に軽く一礼し。 「マスター、手間を取らせちゃったみたいね。 ありがとう」 「おいおい、礼を言うのはこっちさ。 娘と孫の命の・・な」 頷くポリアは、手間を省く為にと。 「ね、マスター。 ちょっと聞いていい?」 「ン? なんだ」 「今、私達に回せる様な仕事が有る?」 すると、主人の顔が少しキリッとして。 「いや~。 今は、お前さん達に回せる類いの仕事は無いな」 「そっか」 「なぁ、ポリア」 「何?」 「もし、お前が本気で冒険者として生きる気が在るならば、北のスタムスト自治国に行ってみな。 向こうでは、色々と仕事が炙れてるって噂だぜ。 この間も、その話が此方に来ていた」 話の最後に、ニヤリとした主。 ポリアも、主の笑顔に合わせて笑った。 「情報、ありがとう」 暫しの別れを感じ、主人も笑う。 「恩も有るし。 この情報も、“ロ・ハ”でいい。 お前達以外なら、金を取るがな。 アハハハ~」 そんな現金な物言いに、マルヴェリータは苦笑して。 「相変わらず、ガメツイわね」 ポリアは、主人に別れを告げる。 「じゃ、ジョイス様に会ったら、後はそのまま北に行くわ。 また帰ってきたら、お願いね」 「ふん、ヘマして帰って来るなよ。 あんな凄腕と組んだ上に、ゲイラー達を加えたんだ。 どうせなら、ドォーンと名前を挙げて帰って来い」 笑顔のポリアは、頷くだけ。 皆が、主人に一言述べて行く。 喋れないヘルダーは、お辞儀一つだった。 斡旋所の外に出たポリア達は、主人の用意した黒い車体の馬車に乗って。 “ホーチト王国宮廷魔術師総師団長”、と云う肩書きの学者男であるジョイスに会いに行った。 ジョイスはあれでも、 “世界では5指に入る” と、謳われる大魔法遣いだ。 特に、魔想魔術の真髄である幻覚・幻惑魔術に優れた天才。 元駆け出しの頃は、Kに扱かれた一人で。 Kの事をそれなりに知る、いまの処では唯一の知り合いとなる人物。 そして、マルタンの都の東部は、行政の中心地。 軍事施設から役所や政治の会議なども行われる建物が、区画整理された土地に整理整頓された様に建ち並ぶ。 だが、東部の左右に外れた土地は、役人や重要人物達の住まいも広がる。 その中には、通称“ゴミ屋敷”とKが呼んだジョイスの屋敷がある。 向かう馬車の中で、ゲイラーとダグラスは、 “ゴミ屋敷” との話に、 “言い過ぎだろう” と、笑っていた。  だが、真実を知るポリア達メンバーは、目を瞑って黙る。 (大声は出さない…。 大声は出さない…) ポリアは、今から覚悟しようと心に何度も誓う。 途中で、一応は呼ばれるのだから何か甘いものでも・・と、手土産を買って。 それからジョイスの屋敷へと。 然し、美味しそうなケーキを見ては、懐も温かいと買い食いなんかしてみたり。 さて、陽の角度からして、正に昼間。 到着した屋敷の庭には、先客が居たようで。 馬車から降りた一行は、庭先で話すジョイスを見た。 今日は、頭がボサボサしておらず、六:四ぐらいに分けられた髪は柔らかく見える。 細いフレームの伊達眼鏡をし、総師団長の証である金糸の龍の絵が刺繍された純白の礼服姿が似合っていた。 これまでとは違う姿に、ポリアは少し驚いて。 「あら、今日はまっとも~」 マルヴァリータは、やや嬉しそうに。 「ステキだわ…」 優雅なドレス姿の貴婦人と軍服姿の黒尽くめとなる中年男を交えて、何やら込み入った話しをしていたジョイス。 そんな彼を見てから、ゲイラーはダグラスを見て。 「もう見るのは3回目だが。 ゴミ屋敷の主に見えるか?」 ダグラスは、フリフリと首や手を動かし。 「見えん見えん見えん…」 庭の入り口の外側に来たポリアは、庭の入り口に立ち止まると。 姿を少し見せて待つ。 ヘルダーが、ポリアの肩を叩き。 「ん」 ポリアが向くと、ジョイスに指を指すヘルダーが居た。 彼の疑問を察したポリアは、笑み返して。 「これは、先客がお庭に居る場合の礼儀ある待ち方なの。 屋敷ならば、玄関前で静かに道を空けて待つのよ」 ヘルダーは喋れないながらに、関心して納得の顔。 ポリアの口より“礼儀”や“作法”を聞いたダグラスは、目を丸くして。 「ほぉ、ポリアって礼儀のアレコレ知ってるんだ。 何か、貴族みたいだな」 事実を知るマルヴェリータ、イルガ、システィアナは、目を閉ざして首を動かさない。 だが、内心は。 (そのまんま) 言い当てられたポリアは、苦笑である。 多分、自分の実家に皆を連れて行ったら、どんな顔をされるか解らない。 ポリア達が待っていると、此方に気付いたジョイス。 お客を連れ立って話ながら、ポリアの方に歩いてきた。 近付いてくれば、そのやり取りが聞こえて来る。 「ジョイス殿、どうかご考慮を頂きたい。 我が娘とて、何処に出しても恥ずかしくない娘に育てたつもり。 一度は、御面会を」 軍服姿の中年男性と貴婦人は、貴族か政府高官の夫婦らしい。 然し、ジョイスは遠慮がちに笑って。 「私は、貧しい平民出の人間です。 高貴なお宅のお嬢様とは、とてもとても…。 それに、私はいずれ冒険者に戻ります。 今の地位は王の願いで一時の、鳥にすれば“留まり宿”の様な暫定的なものです。 どうか、もっと相応しい方をお選び下さいませ」 やり取りを聞いたポリアは、マルヴェリータと見合った。 そう、客との話とは、ジョイスの見合いの事であった。 マルヴェリータ曰く。 “このジョイスは、今まで数多くの縁談を蹴って来た変わり者” と、言われているそうな。 実際に目にするが。 今日も縁談を申し込まれたのだろうに。 ポリア達の前で、やんわりと相手を追い返したジョイス。 悔しげに去る先客が、別に待たせて在った馬車に乗って行き。 見送ったジョイスは、ポリアとマルヴェリータを見て。 「やあ、来てくれたね」 “優しい知的なお兄さん”、と云った印象のジョイスだが。 顔の整いはとても良い。 今やその地位は揺るぎ無く、国王より受ける信頼も絶大だ。 確かに、熱を上げる女性が居ても当然と思える。 「呼ばれましたので」 言うポリアの後ろで、ガチンガチンに緊張しているゲイラーとダグラスとヘルダー。 「どどどどど・・どうも、おま・御招きアリガ・・・とう・ゴザイマス」 途中から片言に成るゲイラーの左右で、礼ばかりするヘルダーとダグラス。 何せ、その役職の肩書き以上に、世界最高の魔術師と云う謳い文句も、面識がない冒険者には緊張に繋がる。 「あはははは…」 面白い3人の顔に笑うジョイスだが。 ゲイラーを見て、やや真剣な面持ちに変わり。 「う~ん、これはマズイかなぁ」 ゲイラーは何か失礼が有ったと思って、驚いて土下座しそうになるのだが。 その言葉の意味を素早く理解したポリアが、先んじて。 「ジョイス様、外でもいいです。 ゴミの津波・・要らないです」 此方も、難しい顔に成って言えば。 「あはははは…、やっぱりぃ? はあ~~~」 ジョイスは、一人芝居の様にげんなりした。 やはり、ゲイラーの体格は、ジョイスのゴミ屋敷には企画的に合わないらしい。 そして…。 外のテーブルと椅子に、ジョイスはポリア達を案内する。 森に囲まれたジョイスの屋敷だが、立派な庭も有る。 芝生が青々と生い茂る庭先。 ゲイラー、ダグラス、ヘルダーは、家の中にカップやお湯を取りに行くジョイスの隙に、家の中を覗いて固まった。 「はいはい~、通るよ~」 出てくるジョイスを避けるゲイラーは、玄関前でドアの様な動きをし。 ゴミ屋敷たる様相に度胆を抜かれた思いである。  実はこのゲイラーは、凄く片付けられる男なのだ。 (あ、有り得ない…。 こんな家、絶対に有り得ない) 物が所狭しと詰まった屋敷の中の様子に、ゲイラーは卒倒しそうだった。 母親に片付けを厳しく躾けられたゲイラーには、この家はイケない場所と感じた。 さて、手土産のケーキと紅茶で一服する一同。 白いテーブルを前にし椅子に腰掛け、ジョイスを中心に囲む一同。 芝生の上の麗らかな昼間だ。 ジョイスは、ポリアやマルヴェリータを見て。 「まず、お礼を言わせて貰うよ。 オガートの街での事は、本来なら役人が調査しなければならない事だからね。 然も、友人のサーウェルスも救って貰ったしね~。 感謝感謝」 皆を代表するポリアは、首を左右に。 「いいえ、それはもう。 それより、その・・どうなるんですか? ラキームとアクレイ様は」 ジョイスは、紅茶を一啜りしてから。 「うん。 実は、ラキームの御父上は、現国王の腹違いの弟さんになられる」 「ケイからちょっとだけ、その事は聞きました」 「うん。 ま、町史の役目は、病気だから解任されるだろう。 ラキームの悪事が知れてしまって、彼は自殺未遂をしてしまったが。 幸い発見が速く、命は取り留めた。 今日、国王様が自身で引き取ると、我等へ仰せに成った」 ジョイスの話を聴くポリア達は、重々しいことに黙った。 特にポリアは、生じ公爵と云う王族の序列に居るだけに、この事件が他人事と思えない。 それから、ジョイスは続けて。 「ラキームは、決して助からない」 ポリアは、クォシカの事を思うと。 「当然よ、刑を受けないと…」 その通りと頷くのは、一緒に事件を解決したイルガやマルヴェリータだが。 ジョイスは、沈んだ声で繋ぐ。 「いや。 それが、ラキームは死んだんだ…」 「え゙っ?」 ポリアが声を出して驚く。 ま、驚くのは皆一緒だが。 とても空虚な真顔になるジョイス。 「実は、ね。 クォシカの事を含めた事態を知った町史殿が、自らの剣でラキームを・・斬った。 そして、自決も図った。 ラキームの悲鳴が先で、町史殿の一命に間に合った。 僧侶が駆けつけるのに、ね」 自体の流れを知れば、やはり…とポリアは思った。 話に聞くラキームの父親アクレイ氏は、高潔な人物なのだろうと知ることが出来た。 息子の犯した悪事を知って、ただ息子可愛さに指を拱(こまね)いて見ていられる性格では無かったのだ。 イルガは、ガックリと俯いて。 「やはり、そうゆう御仁であったか。 一度、挨拶してみたかった」 短い間、皆の間に沈黙が流れる。 風が海側からそよいで、紅茶の沸き立つ香りを連れ去って行く。 だが、話はまだ有ると、ジョイスは頃合いを見て。 「んで、後は・・あのガロンなんだけどね」 “ガロン”の名前に敏感な反応をするポリアは、真剣な顔に変わり。 「ケイに、捕まったんですか?」 だが、ジョイスは直ぐに言葉を繋げれず。 「ん…」 と、黙った。 皆、ジョイスの返しを待った。 対して、皆を見るジョイスの顔には、一種の躊躇いに似た曇りというか、陰りが見える。 皆が、ジョイスを見て話の続きを待った。 ジョイスは、紅茶を飲んでカップをテーブルに置く。 その時間が、酷くゆっくりに感じられた。 「・・ま、結論から言って、ガロンは西の国境都市で死んだ」 ポリア、マルヴェリータ、システィアナ、イルガは、ガロンの訃報に下を向く。 ゲイラーは、恐る恐るの態度から。 「それは、K(リーダー)の仕業ですか?」 と、問えば。 ジョイスは、深く一つ頷いて。 「リーダー以外に、あの処刑とも云える遣り方は考えられない…」 “処刑”の言葉で、ゲイラーやダグラスもヘルダーを交えて見合ったまま言葉が出なく成った。 もう結末は話したので、ジョイスも少しずつ口が軽くなり。 「実は、サ。 ガロンの遺体発見の場に、なんとあの世界最高の冒険者チーム、“スカイスクレーバー”の面々が居たんだって」 「ええッ?!!」 唐突とも云える情報に、一同が声を上げた。 今、ジョイスの口から出たチーム、“スカイスクレーバー”(摩天楼)は、世界で動く冒険者としては今一番の有名なチームだ。 リーダーのアルベルトは、世界最強の呼び声高い美男剣士である。 足を組んだジョイスは、空を流れる雲を遠目に眺めて。 「そのチームのリーダーである天才剣士アルベルトさんが、ガロンの遺体を観た後にこう言ったとさ」 “この男を殺った相手は、化け物か・・真の天才だ” 「とね」 黙る一同の中で、ゲイラーが。 「あ、あの、どんな感じだったんですか。 その、ガロンって奴の死に様は…」 探るように聞けば。 「先ず、顔や体からして、かなり痛めつけた痕が有ったらしいよ。 でも、止め・・って云うか、死因はね。 首を斬られたから・・だってさ」 ポリアは、正に処刑だと感じ。 「首を刎られるなんて、ガロンにはお似合いだわ」 彼の悪行を知るマルヴェリータだけに、怖がりながらも横を向き。 「いい気味よ…。 クォシカは、もっと酷い死に方したんだから」 こう彼女が言い切る様を見て。 事件に直接は関わらなかったゲイラー達は、よっぽど悪い奴なのだろうと再認識する。 悪名高いガロンだったが、もう過去の存在になりつつ在ったからだ。 然し、空を見上げたままのジョイスで。 「いや、“処刑”として、斬首は在り来たりだけど。 ガロンの味わった斬首は、普通の斬首とは訳が違う」 だが、聴いているイルガからして、“斬首”に普通の他が、何が有ると思い。 「あの、ジョイス様。 “普通”以外の斬首とは、如何なるものなんですか?」 「ん。 確かに、ガロンの首は完全に切断されていた。 恐らく、状態を見るにガロンは、相手と…。 詰まり、リーダーと戦った」 だが、あのKが相手だ。 戦う方の気が知れないとポリアが。 「ケイに喧嘩を売るなんて、命知らずってよりは、バカだわ」 と、感想を言うが。 「あ~~いや、恐らくと云う想像だけど、本当は違うと思う」 ジョイスの意見に、マルヴェリータが不思議に感じて。 「ジョイス様、何が違うんです?」 「ん。 あのリーダーを相手にするんだ。 一度は逃げ出したガロンの行動からするに、彼は真っ向から戦う気なんか無かったと思う」 「え?」 「これは、僕の推測だけどね。 ガロンは、リーダーに捕まったんだ。 そして、態と・・決闘と云う状態に追い込まれたんだ」 「態と…」 あの神の如き強さを持つKの技量だ。 そう言われてみれば、ガロンが剣を抜く隙なく斬って捨てられるだろう。 あんなサイクロプスだの、ドラゴンや亡霊だって、子供を相手の様に出来るのだから。 (そう言われてみれば、幾らガロンが強いって言っても、それは常人の域。 ケイなんかにしたら、瞬殺も可能だわ) マルヴェリータの考え方に、ポリアが同調するかの様な流れで。 「もしかして、ガロンは・・なぶり殺されたの?」 ジョイスは、正にその通りと頷き返す。 「多分…。 検分した役人の話から推測すると、戦うことも出来ないまま体のあちこちの骨を砕かれ。 最後に、腰の骨を砕き折られて座った様に成った所で、首を刎ねられたんだと思う。 然し、リーダーらしいのは、その仕様だよ」 剣を扱う者として、ダグラスは其処に興味を惹かれた。 「K(リーダー)らしい・・って、どんな風にですか?」 「あぁ。 その斬られた首は、後から誰かが発見するまで、全くズレずに、体にくっ付いているかのように在ったらしいよ。 アルベルトさん曰く」 “斬る速さ、角度、手練のあらゆる全てが、もう玄人の域など遥かに超えたものだから。 (神経)や骨の全てが、斬られて尚も繋がったままのように在り続けたんだ…。” 「だってさ」 有り得ない斬られ方に、ダグラスは思わず声が出る。 「マジ、ですか? 血も・・出てないとか?」 「うん。 発見時の朝、役人とアルベルトさんがガロンを見つけて。 “まだ生きている”、と思って揺さぶったらね。 ゴロンと、首が落ちたってサ」 「げぇっ、マ・マジかよ」 「うん、誰だって驚くよね。 普通は首なんて斬ったらサ、血が飛沫を上げるし。 首が乗っかってたって、斬られた辺りから溢れるよ。 なのに、斬り落とされた首や体の傷口は、天才剣士と云われるアルベルトさんにしても驚くほどに鮮やかで。 斬った痕に、血が内部で溢れて固まってたらしいよ」 人間の仕業とは思えない仕様に、ポリア達一同は背筋に冷汗を覚えた。 ジョイスも、微かに震えたのだろう。 紅茶のカップを持った時、珍しく音を出し。 一息吐くかの様に口を湿らせると。 「これは、アルベルトさんの推測だけれど。 斬られてから少し…。 いや、夜明けが来る辺りまでか、ガロンは生きていたらしい。 多分、そうゆう風にリーダーがしたんだ。 ガロンの罪に似合う様に、生きながらにしてジワリジワリと死へ向かって行くように。 少しでも下手に動けば、ガロンも首が落ちると解った。 だから、助けを求めたくとも動けなかった」 此処まで言ってジョイスは、頭を振って。 「嗚呼…。 やっぱりリーダーは、悪魔と神の間まで行った人だ。 人一人殺すのも、遣り方が普通じゃ無さ過ぎる」 聞いてる全員、話すジョイスですら背中に戦慄を覚えて冷や汗が出る。 「やっぱり…。 あの時、本当に言ったんだわ」 ポリアは顔を両手で摩りながら、こう言うではないか。 マルヴェリータも横を向いて。 「そうね…。 私達とガロンの別れ間際にケイは一人、ラキームの部屋に残って、ガロンに何か言ってた。 そうポリアが言ったけど。 死の、呪いの言葉を彼へ残したのね。 普通に捕まって死んだ方が、ずっと怖くなくて良かったでしょうに。 態々、逃げるからだわ」 あの時にポリアは、前後のKの言動からそう推察したのだが。 今に思えば、Kは明らかに何かを言ったのだろう。 “逃げるな、と言ったハズだろうに…” マニュエルの森から町へ帰った時に。 ガロンの逃亡を知って、Kがそう呟いた気がする。 ダグラスは、鳥肌の立つ腕を撫でながら。 「やっぱ、あのおっそろしい山ン中で、モンスター共を震えさせただけある。 悪党一人を殺すのも化け物じみてる。 ケンカしないで良かった」 するとポリアは、俯いて涙ぐむ。 「只、怒ったんじゃないと思う。 ケイ・・多分はクォシカの事が…」 マルヴェリータも、その意見に同調する。 「そうね。 好きだった…。 ううん、でもクォシカは、一瞬でケイを愛した。 たった、太陽の傾きすら僅かな時の間で、ケイを一瞬で愛した。 恐らくだけどケイも、応えてあげたかったのかな・・。 だから、全ての償いに変えて、そんな行為を…」 あの旧き貴族の館にて、助けられたクォシカの顔の安らかだった事。 今でも、目を閉じれば浮ぶ光景だ。 泪眼を隠さないポリアは、ジョイスを見返して。 「ジョイス様、教えて下さってありがとうございます。 これで、心置きなくスタムスト自治国に行けます。 感謝いたします」 と、頭を下げた。 急な仕草にてジョイスは、ポリアを見て。 「えぇ~、移動するの?」 顔を上げたポリアは、ジョイスを見返したままに笑うと。 「ハイ。 此方は仕事が薄い(少ないの意)みたいなので。 一時ばかり北へ移動してみようかと」 すると。 ジョイスは“ポン”と手を軽く叩いて。 「うわ、丁度いい。 んじゃ、僕も行く」 彼の言葉に、全員の動きがピタリと止まった。 ポリアは、内心で。 (え゛っ? 今……コイツは何と?)
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