第二章 風のポリア、誕生の時。

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{ 4:請ける者と、請けざる者。 運命を別けた冒険者達の軌跡。 } この日より、ベロッカとポリア達は違う行動ながら、平行して動く。 その様子は、糾える縄の如し。 表裏一体の事として綴ろうと思う。         * 1日目 * 明くる日。 やや北東よりの空に、赤い陽の光が見える早朝の事。 首都ウォルムより、一台の馬車が旅立とうとしていた。 走るのは、郊外の喉かな田舎町みたいな風景だが。 荷台には、若い女性ばかり7名と、年齢様々な男性の冒険者が5名ほど乗っている。 その冒険者の中で、冒険者をそれなりに経験した様な厳めしい面構えをし。 顔の左と脇の髪辺りから顎に掛けて、大きな傷痕を持つ剣士らしき男性は、荷台へ乗り入れる辺りの側面、幌を縛る骨組み屋根柱に背を預けて座りながら。 「スティーブよ」 と、隣に居る者へ顔を動かして言う。 その彼の隣に居る、大柄な魔術師風体の赤いローブを着た若者が。 「何さ?」 腕組みする傷の在る中年剣士は、ワイワイと煩い女性達を脇目に。 「あのベロッカなる男は、信用が出来るのか? 冒険者へ直に依頼なんぞ、怪しい以外に何も無い気がするぞ」 魔術師風体の大柄な若者は、若い女性に交じって話す気さくそうな男性を見る。 見た目からして旅人に近い、モンスターと戦うには軽装と思える装備をし。 腰にショートソードを下げているが、剣士にしては強そうにも見えない。 年齢は、20半ばから、30歳に届こうかと云う感じ。 色白で、背は高いが鍛えた様子も無い、そんな印象の人物で在る。 「文句は、あのフォービルにどうぞ。 あの女の子だらけのチームに誘われて、安請け合いをしたんだからさ」 腕組みをした剣士は、若い女性の冒険者達と話すフォービルなる男性を睨み見て。 「全く、何が“剣士を兼ねた学者”だ。 短い付き合いだが、どう観ても女の研究しかしない感じだぞ」 大柄な魔術師風体の若者も、傷の有る剣士に顔を寄せて。 「ノップスさん」 「ん?」 「昨日は、斡旋所が空いて無かったから辞めたがさ。 あの人とチームを組む話は、無しにしよう」 「全くだ。 あんな奴と一緒では、此方がコキ遣われるだけだ」 さて、馬車を操る馭者の席には、ポリアに声を掛けたベロッカが居る。 霧が出た為か雨避けのマントを羽織り、馬を操る彼の表情は渋そうだ。 (チッ、急ぐ為に仕方無く声を掛けたが、引っ掛かるのがこのお遊び集団とはな。 もっと実力の在りそうな奴等が良かったが。 あのポリアとか言った、あのチームが断りやがったから仕様もない) ベロッカとして、断られた事も大変に苛立たしい。 が、最も腹が立つのは、ポリアと対峙してのやり取りで察したポリアの気性で在る。 “あのポリア達って奴等は、悪事に荷担する処か、甘い話にホイホイ飛び付く奴等じゃねぇな。 真っ当な奴等に面を見られた上に断られた以上、ウォルムの街に長居は出来ねぇ。” コレだ。 ベロッカは、どうも顔が悪いと云うよりは、その性根が悪党と同じ、悪に染まって居る様だ。 だからか、ポリアの話から受けた彼女の印象は、自分と決して交わらない性格と感じた。 そうなると、斡旋所に自分の事を報告しそうな気がしている。 また。 (とにかく、あんな駆け出しでも頭数が在れば、幾らかの時ぐらいは稼ぐだろう。 《あの方》に言い訳するには、何が何でも金を作らなきゃいけねぇ。 こんな時に、冒険者が居ねぇってっ! 俺の命が懸かってるのによぉっ)  このベロッカは、何故に斡旋所を無視した依頼の遣り方に拘るのだろうか。 ポリア達を見込んで声を掛けたらしいが。 “当てが外れた” と、この荷台に居る冒険者達を連れているらしいが。 さて、何をさせようと云うのだろうか。        * 今、まさに街を出て旅立とうとするベロッカの一団が、門を潜り抜けて古びた防護壁を越えて街道へと出て行く姿が在らば。 一方では、依頼主の薬師や狩人から迎えに来られ、農場区域の南へと向かうポリア達が居る。 「ふぁぁぁ~~~」 大きな欠伸をしたポリアは、宿の外に停められた荷馬車に乗り込む。 幌馬車で、荷台は大きく。 引く馬は4頭。 乗り込むシスティアナに手を貸すゲイラー。 「大丈夫か。 裾を汚さないように。 ウンウン」 まるでイルガ以上に献身的な従者の様だ。 ポリアの隣に来たマルヴェリータは、 「ね、着いたら起こしてね」 と、また眠る。 (ワ・タ・シがっ、寝れんじゃないの) ちょっと不満げなポリア。 ダグラスなど、乗り込むや馭者席の近くの奥まで入り。 ゴロンと横になるや荷物を枕にして寝る。 一方、最後に乗るヘルダーは、尾行の有無を探ってからだった。 一緒に乗り込むのは、老人の薬師、老婆の薬師、中年女性の狩人、若い男性の狩人の4人。 年配男性の狩人と薬師の中年男性は、馭者の方に回った。 さて、同乗する薬師や狩人から話し掛けられ、暇潰しと話をしてみると…。 一纏めにされた今回の依頼だが。 その中でも真っ先に出された依頼とは、まだ春の盛りで雪も残る頃だそうな。 纏められたどの依頼にしても、もう幾つかの薬草や薬の原料等は、時期を過ぎていて諦める必要が在るとかで。 他の狙い目を模索中と云う。 薬の原料やその作り方の話になり。 ダラダラ話すポリアは、次第に知識を欲して熱くなる。 中でも、Kの造った薬の事は話題になる。 ポリアが御守りの様に持っている薬で、老婆や老人の薬師が食い付いて来て。 「【エクリサー】や【エリクサー】を造れる薬師なんぞ、匆々に居る訳が無いだよ」 自分でも造れないと、ガリガリに痩せた禿げ頭の老人は、見ず知らずのKを見下してこう言い切るが。 まだ薬の残りを持つポリアが、彼の作った薬を見せると。 「こりゃあ~~タマゲタ。 人の免疫を劇的に高める、“ラメ・ソチュープ”じゃあっ。 これを調合するなんぞ、ワシ等じゃ無理じゃあ!」 驚く老人とやや小太りの老婆の薬師は、100シフォンを出してポリアより薬の一つを買い取る。 嘗めたり、指で触りしながら調合の具合を調べ。 「混ぜ方は均一にして、ホンに良く粉末化しとる。 いや、こりゃあ~~ホンモノの凄腕じゃあ…」 「ホントだねぇ。 これは見事な腕だよ」 2人に渡した物は、あの救出の依頼で山に行っていた時。 後からKが有り合わせの物で調合した薬の一つ。 それを見て、老人や老婆の薬師は、見知らぬKの腕の果て無き実力を察する。 今、システィアナも、マルヴェリータと並んで眠っている。 二人を気遣うから小声ながらポリアは、薬を調べる老人へ。 「薬の調合って、そんなに難しいのね」 「当たり前じゃ。 無駄に水分を残せば、調合に支障を来すし。 割合を間違えれば、薬は毒にも成る。 合わせる緩衝の粉も間違えられん。 お前さんの持っとる薬、こりゃあ~天才の業じゃよ。 誰彼にと簡単に真似は出来んさ」 「ふぅ~ん。 ・・あ、処で。 お爺さん達は、何日ぐらい林に入りたいの?」 老人の薬師は、ポリアに歯が半分抜けた口を開いて見せ。 「あ~?」 耳に遠かったのか。 聴こえた老婆の薬師の方が。 「其処には、目処が付かんのよ。 此処1年以上は、モンスターの所為でか、なかなか林に入れなかったから」 この話で、老人も話が見えたらしい。 「あ~、林の中の様子が解らんからな。 予定は3日なんじゃが、もしかしたら更に数日ばかり伸びるやも」 「そう。 なら、最短でも5日ぐらいは見ておいた方がいいわね」 老人は、やや困った様子にて頭を撫でると。 「其処は、悪いと思うとるよ。 何か、くれて遣れるイイ物が在れば良いが。 我々も、チョイト生活がの~~」 「いいのよ。 もし、何か換金の出来る物を見付けたら、教えてくれてもイイの。 冒険者は、依頼の中でも採取で稼いで良いみたいだし」 「おぉ、それならば、此方も協力が出来るかもな」 荷馬車に乗っているポリアは、あのベロッカが既に動いて居る事を知らない。 その不安は心に蟠ったままの今だった。 さて、農村風の郊外になる辺りから門の在る防御壁を越えて、都市の外側を沿う様に通る運搬道路を行く。 最初、道の片側は野原で、遠くに林が見えているだけだったが。 幾らか西に向かって走ると、次第に林が迫る様に成った。 ダグラスやマルヴェリータ達が起きた頃か。 御者の年配の狩人が、幌の一部に在る小窓を開き。 「道の横に林が近付いて来た。 そろそろ、林に入ろう」 安全を考慮し、モンスターが良く出没する辺りよりも手前となる、東側から林に入る。 薬草、キノコから始まり、果実やら根っ子まで探し回る。 マルヴェリータやシスティアナは、生物やモンスターの有無をオーラから探った。 木漏れ日を見上げるポリアは、スッキリ晴れた空を見て。 「良かった。 晴れたわ」 同じく空を見たヘルダーが、ジェスチャーで。 “このまま、仕事が終わるまで晴れて欲しい” ポリアも、イルガも、その意見に同意した。 その後、老人や老婆の荷物を肩代わりし、更なる採取を促しに回る。 さて、午前を動き回ると、林の中の自然は思ったよりも多様で、目的の物も多いと解る。 誰でも見れば解る様な、果物から薬草を大量に採取し。 一旦、荷馬車へ戻ると。 「さぁさぁ、アタシが保存処理をするから。 みんなは、また行ってな」 こう言って、老婆の薬師が荷馬車に残る。 ある程度の採取をしたら馬車に戻ることを繰り返す様だ。 薬草の保存処理は大切で大変らしく、老婆の薬師がそれに徹するらしい。 こうして汗を流しながらポリア達は、先ずは初日を過ごす。 仕事の第1日目の夜は、街に帰った。 薬師の老婆は、立派な構えの屋敷を郊外の場所に持ち。 其処に全員で寝泊まりとなる。 この日よりポリア達は、とても忙しい日々を送る事に成った。     * 2日目 * ベロッカに連れられた冒険者達は、道も無くなった原野を幌馬車にて南西へ向かっていた。 街道警備の兵士に見られたく無い為に、街道から外れて原野を走るベロッカ。 その昼間か。 休憩に、と休む草原の原野にて。 顔に傷の在る中年の剣士ノップスは、荷物を椅子にするベロッカにやや離れた所から。 「処で、目的のブツと何なんだ?」 ナイフで削いだ干し肉を炙るベロッカ。 「この先の森の奥に実る、或る杏が欲しい。 今年は、数十年に一度の実りの時らしい」 「仲間の聴いた話だと、高額に成るらしいが?」 「どんなに安くとも、店先の売値は1つ5000シフォン以上だ。 狙いは、100個以上と踏んでいる」 ベロッカは、此処で干し肉を食べる。 そんなベロッカをジッと眺めるノップス。 冒険者を遣って来た経験から、明らかに疑っている。 「んで? 斡旋所を通さない理由は?」 肉を飲み込むまで黙ったベロッカは、口を空けると新たに乾燥したパンも持ち出し。 「深い理由は解らんよ。 ただ、斡旋所の主は病気で、今は手伝いをしていた別の女が遣ってる。 その不慣れな代理人の所為か、溢れるぐらいに依頼は在っても、なかなか捌けさせる事が出来ないらしい」 「それだけか?」 「いや、問題は目当ての杏が、そろそろ時期を終えるって事が理由らしい。 金に厭目を付けないから、早く収穫をして欲しいとよ。 森の周辺に点在する集落では、掟だか何かで過大に採取はしないんだとか。 とにかく依頼主は、数が欲しいらしい」 “急ぎ、大量の”。 この話で、ノップスも幾らか話の筋は見えた気がした。 だが、内心に。 (ん…。 一昨日に、フラストマド大王国側から来たばかりの我々だ。 話の真偽を判断するにしても、斡旋所の現状の事が解らないから、これはどうしようもないな) 自分の後では、7人の若い女性冒険者達とスティーブやフォービルが楽しそうに喋っていた。 この怪しげなベロッカが、彼女達にどう言ったか知らないが。 女性の冒険者達は、超高額報酬に酔いしれていて。 “お金が入ったら、何を買おうか” “高い武器とかもイケるよね?” “ねぇ、私さ。 高い服とか買って、高級な宿に泊まりたいわ” と、甘ったれた話ばかりしている。 また、“別口”から付いてきた男2人は、ベロッカの間近で黙ったまま休憩していた。 一人は、鎧やプロテクターの下に着る衣服が礼服の様で。 語りや佇まいがシャンとした髪の長い男性。 大人びた顔立ちが整い、あの駆け出し感が丸出しの女性冒険者の受けが良い。 もう1人は、40を過ぎた感じで人当たりの良さそうな魔術師の小男。 剣士ノップスは、その2人の同行者を快く思えない。 長年の勘より。 (あの2人は、ベロッカと云うあの男の親密な仲間と思った方がいいな) 髪の長い男性は、見た目からすると商人や政府要職の護衛剣士みたいな印象だ。 だが、女性冒険者から話し掛けられると、親しみ易く会話するのに。 離れると、とても覚めていて不気味な冷たさを秘める。 仕事として同行するにしても、その割り切った様子に裏が感じられた。 また、もう1人の小男の魔術師も、其処は一緒。 冒険者の経験はまぁまぁ豊富らしく、女性冒険者達と話している間は親身に見える。 だが、離れるや彼女達が何をしようと見守る素振りは微塵も無く。 非情な精神が、その様子にフワッと垣間見えるのだ。 (ベロッカとあの2人は、信頼をすべきではないな…) ノップスは、この依頼に着いて来た事を後悔する。 其処へ、魔想魔術師のスティーブが来た。 「ノップスさん、此処はちょっと寒いね」 「ん? それは当たり前だろう。 風は北よりだし、小さい山を越えた草原だぞ」 火に当たる魔術師スティーブの話では…。 “あの女性冒険者達も、4日ぐらい前にウォルムへ来たばかりらしいよ。 別の、数年先輩となる女性だけの冒険者チームに憧れて、スタムスト自治国は西方の州でチームを結成したってさ” スティーブから話を聞いて、女性冒険者達をチラッとだけ見たノップスは。 (ほう。 ・・にしては、お遊び感覚が強いみたいだが?) ノップスは、あんな風にキャッキャと煩い冒険者は初めて見た。 その理由も、スティーブの聴いた処では。 “チーム結成時は、11人のチームだったとか。 だが、今回のベロッカより勧誘を受けて、仲間の4人は怪しんで来なかったらしい。 そして、その4人こそ、チームの中でも才能が光る者で。 7人では心許ないと話し合ってた時に、フォービルと知り合うなりに誘ったみたい” それが普通からしたら当然で。 懐が寂しいから来てしまった部分も在り、黙るノップスだが。 (仲間が話に乗せられ来てしまったが。 この依頼には、どうも裏が在りそうだ。 森に入って危なそうならば、スティーブと2人で逃げるしか無いな) と、思う。 だが、その判断が甘かったと、彼は後に知る事に成るのだ。        ★ 同日のポリア達は、いよいよ危険な事態に身を置く事に。 2日目には、昨日に入った辺りから林の奥へ入る。 採取をしていると、大きな蛾の幼虫に遭遇し、毒液を掛けられそうになったり。 また、毒蛇だの、病気を媒介する吸血生物も気になる。 まだ林の浅い辺りだからと、森へ入る前に安い虫除けの煙を焚いて対抗するが。 蛇に効果が在っても、汗を舐めに来るイモリには効果が無く。 首筋を舐められたイルガは、皮膚が赤く被れたし。 小さい毒蛾の幼虫が飛ばす毛を腕に着けたダグラスも、被れて痒くなる。 また、昨日よりやや深くまで分け入ったから、直ぐに馬車へ戻ることも許されない。 荷物持ちもするポリア達だが、遂に午後にはモンスターと遭遇する。 仲間とはぐれたかの様な、コロ~ンコロ~ンと転がるスライムを相手が皮切りとなり。 続いて、マニュエルの森に居た小猿のモンスターと戦う。 単体を相手にしたから苦戦など無かったが。 “次々に、モンスターが此方へ来ている…” その実態が薬師や狩人にも明らかになる。 豊富な薬草などの恵は欲しいが、モンスターが出る為に慎重となる。 纏まって行動する為、採取はやや偏った形で進み。 探索は思い通りとは行かず、やや遅れて思った様に進まない。 夕方、初夏の気温が戻った中、汗だくと成った全員で馬車に戻る。 老人の薬師は、もう疲労と汗や汚れで80歳を超えた様な印象となり。 「はぁぁぁ、こ・こりゃ堪らんぞ。 あ、あ~~、腰が痛い」 中年女性の狩人も立派な胸元をやや大きく開いて、汗の湿気が籠るのを嫌がりながら。 「モンスターの所為で、奥まで、行けなかった。 悔しいね、はぁ…」 年配の短い槍を手にする狩人の男性も。 「明日だ。 明日は、奥の大岩を目指そう。 これだけ様々な薬草が豊富なんだ。 あの辺りの貴重な原料になる野草やキノコも、見込みだが沢山在ると思う」 汗だくのポリアは、老婆の薬師へ。 「あの、戻ったら…」 ヒィヒィと呼吸する老婆は、みなまで言わなくても解っている。 「わ、分かっとるよ。 な、仲間の、くす、りじゃろ」 「うん」 細かい怪我、被れや爛れ、早めに治療しないと化膿する。 それは、似たような狩人の方も同じだ。 老婆の持つ館に戻った一行は、風呂で身綺麗にしてから傷の処置に追われたり。 薬草の保存に勤める。 休む前に。 2階の大部屋にて武器の手入れをするポリア達。 其処にノックがされて、ポリアが応えると。 「邪魔するよ」 あの、相談役と云った商人のアルマが現れた。 「え? アルマさん? もう…」 窓から夜空を見るポリアは、月が蒼白く空へ昇っているのを確かめた。 夜更けの入りである。 現れたアルマは、ポリアやダグラス等が囲む大きなテーブルに袋を置いた。 その置く音で、中身がお金らしい事を察する一同。 「ポリア、だったね。 これは、危険手当ての一部として渡しておく」 気が早いと感じたゲイラーが、 「まだ終わって無いぞ」 と、言うと。 「初日、今日の見込みで、予想以上の成果が期待できそうだ。 悪いんだが、もう2日、3日は付き合ってほしい。 モンスターが出ると成ってから、これだけの量を毎度毎度は期待が出来ないからね。 今回は、狙えるだけ採取を徹底して欲しい。 それから。 今夜からは、私の部下をこの館に待機させる。 薬や装備品など、追加で必要なものは部下を遣って調達してもいい」 “思う以上の採取量で、アルマも期待が膨らんだ” と、見たポリアだが。 「言いたい事は、解ったわ。 お金は有り難く、利用させて貰うわね。 でも、不必要な無理、すべきではない“ごり押し”はしないわよ。 命が在って、犠牲を軽く見ない行動が何より。 死人、大怪我の在りきなんて採取はしないわ。 それは、最初からの約束よ、アルマさん」 依頼主の纏め役を相手に、ポリアは真っ直ぐな態度で対話する。 言葉使いより、声音や口調に気を遣いながらの事で。 アルマも、採取の量に色めき立つ自分を気付かされる。 「ん。 それは、此方も承知しているよ」 互いに口にしないが、無理はしないとする意思のやり取りを感じて頷き合った。 この様子に、ゲイラーは苦笑いだ。 (全く、あの“K”《リーダー》には敵わないな。 確かに、ポリアはリーダーに向いてらぁ。 俺だったら、此処まで対等に対話したかな…。) 依頼主が金を払う以上、依頼主が上とするのは当たり前だ。 だが、依頼主は冒険者の事をどれだけ理解しているか。 ただ単に便利遣いする者、として見られる事も屡々。 こうして対等に主張を貫けるリーダーは、何処に居ると云うものでも無いのだ。 アルマが帰るや、ポリアはイルガに金を渡す。 「イルガ」 「はい」 ダグラスは、それは皆の金と。 「おいおい、分けないのか?」 腕を掻こうとし、システィアナからジッと見られて擦るに留める。 システィアナに叱られて無視すれば、次はゲイラーが代わるのは解っていた。 音や重さや量からして、2000シフォン以上は入っているらしき袋。 金をイルガに預けたポリアは、剣を眺めながら。 「まだ、依頼は終わって無い。 どんな事が起こるか解らないわ。 もし失敗したら、このお金は返さなきゃいけないし。 万が一、同行者に大怪我や取り返しのつかない事と成った場合。 この纏まったお金が必要に成るかも知れないわ。 等分に分けるのは、成功と同行者が判断して、斡旋所に報告してからで遅くないと思うの」 ポリアの意見に、ヘルダーが間髪を入れずに同意した。 ゲイラーも、確かにその通りと。 「ダグラス、分配は後でも構わないだろ。 この仕事で、此処にまだまだ居なきゃならん。 夜遊びの元手にされては、面倒が被ってもウザいぞ」 「なっ、ゲイラー。 其処まで俺は遊び人じゃないゼ」 「いやいや、それは言葉のアヤだ。 仕事は半ばだし、林の奥は危険が多い」 「それは、解ってるよ」 「いやいや、お前の認識だけを言ってるんじゃない。 何が起こるか、まだ先は解らない今なのによ。 こんな経過の途中も途中で、あの女商人が金を持ち出すってことは、だ。 俺たちに諦めさせない為の念押し、と云う事さ。 だろう?」 「………まぁ、そうだろうな」 「ダグラスよ。 お前も、サーウェルス達を助ける為に、一緒にあの山まで行ったろ?」 「おいゲイラー、そんな事は言わなくてもっ」 不満を現すダグラスへ、覆い被せる様にゲイラーが。 「だ・か・ら。 今、俺等が相手にしてるのは、あのマニュエルの森から来るモンスターだぞ? “K”《リーダー》も居ない今、金を貰ったからとその場の楽観的な気持ちは禁物だ」 「ん、んん…」 「薬師や狩人も、欲しい物が目の前に在るのが解っているから、危険と欲が気持ちの天秤の上でグラグラしてる。 街から近い森だとしても、それが何時に最悪の事へ繋がると限らない。 今は金を貰っても、何時でも返せる様にしとくのが利口さ。 バッチリと成功させれば、何れ俺等のモノに成る。 欲しければ、急く必要は無い」 頷くヘルダーも、身振りや手振りで訴える。 “この先も、予想以上の採取が出来ると決まった訳ではない。 何かのミスでしくじったら、金は返さないといけないぞ” 痒い部分を擦るダグラスは、チームの実力者2人から言われては返す言葉も無い。 「ふぅ。 性分として、小さい幸せから分け合いたいんだよね」 笑うポリアで。 「だから、確実に私達のモノにしましょ。 確りと依頼を成功させれば、斡旋所のタリスさんも納得するわ。 その方が、ダグラスには好都合なんじゃないの?」 腕組みしたダグラスは、 「ん~、確かにそうかもなぁ。 サリーさんに誉められんならば……」 と、確信する。 其処へ、同じく主のサリータリスへ好意を持つヘルダーが、ダグラスの膝を蹴った。 「い゙っでぇっ!」 「………」 「何すんだっ、クチナシめっ」 上から目線で横目を向けるヘルダーで、悪口を言われても気にする素振りも無い。 冒険者としての実力が、彼を珍しく尊大にしている。 2人に呆れるばかりのポリアは、ゲイラーやシスティアナと笑っていた。 一方、早々とベットで横に成っていたマルヴェリータは。 (煩いわねぇ) ステッキで2人を殴ろうかと、片目を見開いた。 だが、本日のモンスターとの遭遇は、やはり気の抜けない事だ。 また明日は、更に危険そうな場所に行く。 林の奥で、採取の行方云々ではなく、必ず夜営をしなければ成らないだろう。 必要な用意はしてきたつもりだが、護身に成ったのはKのくれた薬だ。 皆、あの恐ろしい森と山に分け入った体験を忘れて居ない。 夜の準備の時点で、薬を荷物に差し入れた。        ★ さて、その後のベロッカ達はどうなったか。 夕方の闇に紛れる様に、鬱蒼とした森林地帯へ分け入ったベロッカと冒険者達。 凡その見積りだが、30万シフォンと云う高額報酬に目が眩んだ女性の冒険者達は、森に分け入るのは大変だと云われていた手前からか。 ベロッカに言われるまま、森の奥へ奥へと着いて行く。 そして、真夜中から時は過ぎて、夜明けが迫る頃か。 鬱蒼とした森を背後にし、一気に視界が開けた場所にて。 汗だくのベロッカは、集まる蚊等を手で払いのけながら。 「来たぞ、ミストレスの森の入り口だ」 魔想魔術師は、明かりの魔法を杖に宿し。 他の者は、松明を手にしていた。 「これが入り口?」 「うわぁ、秘境みたい」 「あの暗い部分って、谷間?」 ベロッカは、谷間に架かる天然の石の渡しを指差し。 「あの岩を渡れば、その先がミストレスの森だ。 森の奥には、小さな断崖が在り。 その上の森に杏は在る。 さ、行くぞ」 ベロッカに続く女性達は、金となる目的に近付いたと喜ぶ。 その女性達に付き添う様なスティーブとフォービルだが。 最後尾に居たノップスは、この場所から先はかなり危険な場所と感じた。 (待てよ。 此処に来るまで、森の中をかなり下って来たぞ? あの岩を渡ったが最後、逃げ道は他に無いんじゃないか?) 暗闇の中で見て、目的地のミストレスの森は谷間の先らしい。 いざ、モンスターに囲まれて退路を塞がれた場合、他にどの方向へ逃げたら良いのか。 (どうする、どうするか) 迷いからノップスは、歩みが鈍くなる。 先頭を行くベロッカ達と女性の冒険者等は、早々と岩の橋を渡った。 “橋”と云っても、崖の上の一部がまだ繋がっているだけ。 大木並の幅で繋がっているから、まぁこの人数が渡っても崩落の心配は少ないだろうが…。 (………ダメだ。 これ以上は危険な気がする。 スティーブを説得して、2人でだけでも引き返そう) 3年以上も背中を預け合った仲のスティーブは、ノップスも見捨てる事は出来ずに後を行く。      * 3日目 * この日の事は、先にポリア達の事から綴ろう。 すっきり晴れた明け方より、Kから教えられた虫除けの煙を焚いて浴びたポリア達。 蚊だの、蝿だの、血や汗を求める昆虫等が意外に危険だ。 それを知るからこそ、本日は最初から用心をする。 システィアナは、ローブにパタパタと煙りを浴びて叩き付けながら。 「くっさいでぇーす」 煙いと目に涙するダグラスも。 「虫が来なきゃ、絶対に浴びないゼ」 ゲイラーやヘルダーも、これには同意。 林に分け入ると成ってから、香水を控えるマルヴェリータも煙を浴びて。 「怪我や病気に成るより、マシだわね。 でも、やっぱりキツいわぁ。 ケホッ、ケホ…」 さて、荷馬車にて分け入る場所に向かう。 一緒に乗った中年女性の狩人が、臭いで気付いて。 「なに、本当にあの煙を浴びた訳? 凄く臭うわよ」 他の薬師や狩人も、臭いと苦笑い。 それでも笑うポリア。 「何とでも言って~。 効果は、もう経験済みだもの。 虫やら蛭に噛まれたく無いし、病気にも成りたくないわ」 「衣服だけで良くないかい?」 「この煙を浴びると、蛭やダニも嫌って来ないの。 実際に体験すれば、病み付きに成るわ」 空が白む頃に起きて、陽が東の空にヒョッコリ顔を見せる頃には林へ入る。 鉈やナイフで枝を、草を切りながらの進行だ。 倒木を迂回しようとして巨木の脇を行こうとしたが。 マルヴェリータが生物のオーラを感じて巨木の上を指差す。 「あ、其処に生物が居る?」 システィアナも。 「いまぁ~~す。 なんか居ますっ」 まだ薄暗い林の中で、松明に虫除けの草を巻き付けて入る年配の狩人が。 「あ゙っ、ショモンナか」 居るのが何か、確めようと前へ出ようとするダグラス。 然し、その動線を塞ぐ様にして年配の狩人が手を出し。 「ダメだ。 ショモンナには、近づかない方がいい」 「だけど……」 迂回するならば、巨木の脇を行くのが楽そうに見えたダグラス。 何か居るならば、倒せば良いと思った。 其処へ、ヘルダーが肩を触れ。 「ん?」 ダグラスが見ると、顎を動かし示したヘルダー。 ダグラスが、また巨木の幹を見る時。 ジッと見ていたポリアが。 「動いた」 焦げ茶色をした巨木の幹の一部が、クニャリと動いたかに見えると。 ゲイラー並みに大きな何かが、擬態を解いて現れる。 マルヴェリータは、かなり大きな虫(ワラジ虫)が逃げ始めるのを確認する。 「雑食の多足虫、ショモンナだわ。 間近を通るモノは、何でも齧り付く習性が在るって…」 頷く年配の狩人。 「そうだ。 頭を噛まれたら、もう一発で死ぬぞ」 「でも、モンスターでも食べる事が出来る、希少な虫みたいね」 「あぁ。 儂等にしてみれば、敵にも仲間にもなり得るヤツさ。 昔は、モンスターを喰らうから守り神みたいに思われてた」 こう云った彼は、巨木の幹の根本を見ては松明を掲げると。 「あ。 嗚呼、これは不注意だったな」 彼へポリアが近づき。 「どうしたの?」 年配の狩人は、巨木の根本に指を向けると。 「見なさい」 其処を見ると、丸まった何かが小さな山を付くっていた。 「あれは、フン?」 「そうさ。 ショモンナは擬態して獲物を待つ時、体を平べったくするんだ。 その時に、溜まったフンをああして排泄する。 巨木にしか擬態しないヤツだから、巨木の周りを通る時にはコイツを探す。 知っていたが、久しく林に入らなかったから忘れていたよ」 「へぇ、面白い」 其処に、ゲイラーから。 「でも、何で逃げたんだ? 虫除けの煙の所為か?」 頷く年配の狩人。 「特に、お宅さん等の身に付けた虫除けは、最高の物さ。 その匂いには、大抵の虫が嫌がるよ」 値段の割りに、強力な虫除けを知ったポリア達。 さて、朝になり、林の中ほどに来る。 所々に不審な伐採の痕が在り。 狩人や薬師も、何故にこうしたのか解らずに怖がった。 それから、午後の昼下がり。 森に変わりそうな密林の一部に、奇岩めいた鋭い剣の切っ先の様な岩が何個も突き出す場所に来た。 奇岩の集まった場所では、岩肌を清水が流れ給水も出来る。 薬師の老婆は、キノコを探し始め。 「嗚呼、やっとこ来れた。 さ、さ、探して回ろう」 だが、ポリアが。 「待った!」 方々に散ろうとした狩人や薬師を集める。 この場所でも、皆に散らばれてはポリア達もバラバラに成らざる得ない。 その場その場、一時に皆で集中して探す事にしようと提案する。 野営に適した洞窟も在り、1日は此処で逗留しながらの採取を提案した。 モンスターの存在は、その提案を飲ませるに足りた。 また、ポリア達の協力的な態度、依頼主からの話や提案も吟味する対応も、それを許す要因に成る。 夜まで、3ヶ所ほどの場所を回ったポリア達。 蚊や虻や蝿が来ても、ポリア達には止まらない。 虫除けを衣服にのみ施した狩人や薬師達は、汗の所為か夕方には効果が薄まる。 老人の薬師は、近寄る蚊を手で払い退けながら。 「うぇい、煩い蚊じゃ。 儂も、煙を浴びれば良かったわい」 汗だくなのに、虫の纏わり付く様子が真っ二つに別れる。 その明らかな差で、女性の狩人も御手上げ。 「明日に焚く虫除けは、私も浴びるわ」 この日を切り抜けて、洞窟にて休むポリア達。 採取した量はかなり多く。 保存処理に時を要する為、明日は老婆の薬師が洞窟に残るとする。 さて、夜は休む一同だが。 身綺麗にしたポリアが、システィアナと鍋で水を沸かしていると。 「ねぇ、ちょっといいかい?」 中年女性の狩人が来て。 「何?」 「この場所とは離れているんだけど、西側の湧き水辺りにも行きたいんだよ」 「かなり離れているの?」 「ま、結構な道のりで離れている。 だが、心配はそれじゃなくて、モンスターだ」 其処へ、食べられると教えられて採取したキノコや野草を持ち込むダグラスが。 「もしかして、モンスターが現れる農場区域に近いってか」 薬師の中年女性は、表情を険しくして頷く。 「どーするよ、ポリア」 出汁を取ろうとキレイにしたキノコから煮始めるダグラスに、判断を振られたポリア。 「ん~………」 依頼の内容からして、簡単に断れる申し出ではない。 ポリア達に回されたのは、この林に出るモンスターと戦った経験が在るからだ。 やや考えたポリアは、 「・・まあ、それは構わないけれど。 明日は夜までに館へ帰って、次の日は休みを入れて。 もうお婆さんやお爺さんは、疲れてヘトヘトだし。 あの狩人のおじさん、眼の片方が真っ赤よ」 行く代わりに、1日は休みを入れることを条件に出す。 此処まで来たら、1日ぐらいは休みにしても間違いはない気がした。 急ぐ必要の有無を相手に振って探ったのだ。 この3日で、久しぶりに林や山野を散策した狩人や薬師達は、収穫量に興奮して元気に見えたが。 今、休む様子を見ると疲労困憊だ。 狩人の女性は、他の者を見てやり。 汗で貼り付いた髪を避けながら。 「休みを入れるのは、此方としても嬉しいよ。 行って貰えるならば、何も無理矢理に急ぎはしないさ」 「解ったわ。 ただ、そっちの方々は、人の健康や医薬に詳しいんだから。 病気で倒れたりしないでね。 万全に作業を、今回の仕事を終える事をお願いするわ」 「あ・・そうね」 墓荒しに行って墓に入るのは、実にバカらしい。 それと同様に、人様を助ける薬の原料を採取に行って、病気や怪我をしては間抜けな話だ。 注意を促せたポリアは、後は休むだけと保存食を出す。 出汁を匂いに感じたダグラスは、ナイフでかき混ぜながら。 「これで、1日か2日は延長だな」 頷くポリアだが、ダグラスの背後を見て。 「そうね。 処で、ダグラス。 出汁の独り占めだけはダメよ」 「あ? 解ってるさ~。 何でそんな事を言うんだよ」 「貴方の後ろ。 可愛い娘と、おっきいお友達がジッと見張ってるわ」 「え?」 振り返るダグラスは、器を持って準備するデカい知人と小さい少女を確認。 (ま、待ち構えてやがる、マジかよ) 今宵は、全員分を作るべく。 ダグラスも人一倍に頑張った。        ★ さて、ポリア達が3日目を休んで過ごす夜。 ベロッカは………、走っていた。 「ハァ、ハァ、ハァ………」 見た目より素早い走りで、汗と汚れにまみれたベロッカは、全速力で谷間に架かる天然の石橋を走って対岸の森に入った。 急斜の地面を手まで使って登リ始める。 (何だっ、あの黒い影は何だったっ?! チキショウめっ、あの人数の冒険者が半日で全滅かよっ!!!!) ベロッカ一人で逃げて来たと云う事は、他の者はもう助からないと云う事か。 「早くっ、街にかえらねぇとぉっ」 必死さに憤りが混じり、恐ろしく鋭い眼と合間って狂気じみた表情のベロッカだ。 彼の脳裏には、この半日の間で殺害された冒険者の姿が焼き付いている。 モンスターにより、次から次へと殺された。 特に、あの女性の冒険者達は、戦うこともままならず。 半ば、モンスターのエサに成りに来たと同じで在る。 その隙を縫って、ベロッカは森の奥へと急ごうとしたが。 ベロッカの魂胆を見抜いたノップスとスティーブは、ベロッカを殺そうとして来た。 仲間割れが起こり、ベロッカと同行者の男性2人が、スティーブとノップスを相手に戦うハメに成り。 目的の採取は頓挫した。 斜面の森を上がった所に残した馬車へ向かう為に、一目散で逃げるベロッカだが。 この森を抜けるだけでも、かなりの時を要する。 (やっぱりっ、かっ、駆け出しじゃダメだっ! だが、冒険者の数が、かなり減ったウォルムでっ。 どうやって・・どうやってっ、手練れを集める? あのっ、ポリアとか云うチーム以外に、他に誰が使えるんだっ) まだベロッカは、依頼を諦めていないのか。 ポリアはもう嘘に引っ掛からないとしたら、彼はどうするのか…。      * 4日目 * 洞窟で一夜を明かしたポリア達は、午後までこの奥地で採取を行い。 その後は速やかに街へ戻った。 陽が伸びる今の時期、完全に夜と成る前には、街まで戻る事を前提にする。 道は、来た流れを逆流するままに、休憩以外は何処にも立ち寄らず戻る。 そして、日昼だけは待っている手筈の荷馬車に間に合い、大量の採取物を持ち帰った。 その夜、採取されたモノを運ぶ為、またアルマが館に来た。 休む前のポリアに面会したアルマは、採取された量に驚いていた。 また、2階の大部屋に来たアルマと、ポリアが話し合う。 「大したものさ、ポリア。 この2日で、随分と採取させたものだね」 「アルマさん、原料を運びに来たの?」 「早く薬にしたいからね。 他の薬師を借り雇いして、原料を迎え入れる準備をさせてる。 あの下の彼等が作った薬等は、私達の仲間となる商人が一手に引き取り売ってる。 売り上げが見込めるならば、それなりに手を回して迅速に商品へ変えるさ」 商人の身のこなしが、利でこうも早く動くのか。 ポリアは肌でそれを感じながら。 「良かったわ。 そっちが満足してくれているならば、此方も依頼は順調にこなせてるって解るもの」 「順調の二つ上ぐらいだよ」 喜ぶアルマに、ポリアは頷き返すや。 「でも、明日は1日ばかり休ませて貰うわよ」 「あぁ、下で聴いたよ。 慎重な遣り方に、此方も安心してる」 「でも、明日以降は気を引き締めてね。 今日までの量で、明後日も見込み通りに行くと想定しないでね」 「ん?」 「下で会ったなら解ると思うけど、薬師のお爺さんやお婆さんは疲れているし。 狩人のおじさんは、軽い症状だけど病気みたい」 「ん、それは確認をした。 明後日は、同行者を3人にしても構わないと言って来た」 アルマも、やはり商人として抑えるべき処は抑えていた。 が、ポリアの心配はその先で。 「でも、心配は明後日から先よ。 向かうのが西側ならば、モンスターとの戦いも増える可能性が強いわ。 それに、街を守る兵士から応援を頼まれでもしたら、判断が難しくなるし…」 ポリアの心配を聴いて、アルマも周りを見てポリアの仲間を見てや。 「実は、兵士の上層部からその辺りの話を聴いていたんだ」 「あ、上層部から?」 「ん。 モンスターを相手にしている兵士の中堅幹部は、マニュエルの森の恐怖から大規模な掃討行動を嫌っているらしい。 一方、国兵魔術兵団は、根本解決を望んでいて。 マニュエルの森の狭間まで行き、丘を削って断崖を作ろうと献策してるみたいだよ」 ポリア達は、ジョイスと一緒に会った【黒い炎のフレア】こと、師団のトップに立つエクレア、彼女を思い出す。 マルヴェリータの印象からして、 (あのエクレアさんは、気性からして激しそうだもの。 手緩く守るだけなんて、好まないわね) と、思った。 ポリアは、この機会だからと。 「ね、アルマさん」 「ん?」 「この際だから相談したいんだけど」 「何を、だい?」 「もし、モンスターの事で兵士から協力を乞われた場合。 依頼を第一に優先すべき? 場所は農場区域に近い場所だから、判断の責任は後に引く気がしそうなの」 こう問われ、アルマは考えた。 其処に、ダグラスより。 「悩む事かよ、ポリア。 依頼が第一で良いんじゃないか? 俺達は、此方に依頼されて遣ってるんだからよ」 処が、其処にイルガから異論が出る。 「いや、事は安直にそれで良いとは行かぬぞ」 「オッサン、何でそうなるんだよ」 「問題は、モンスターの出ている場所だ」 「場所?」 「うむ。 住民が働く農場区域で、街の一部と成る。 我々は、一介の冒険者の身だが。 モンスターを無視して兵士のみならず、それこそ住民に被害が出たと成れば。 その噂が街に出ると、無視した我々にそれは着き纏うし。 此方のアルマ殿にも、“無視させた”、と噂に言われるじゃろう。 人気が商売の大切な力ならば、不評は他の商人にしてみれば利用する手段に成る」 商人の娘で在るマルヴェリータは、自分の父親に置き換えて考える。 「私の父ならば、モンスターの対応を1番に考えるわね。 依頼は、1日や2日を後回しにしても困らないけれど。 不評の芽は生やしたくない筈だわ」 この意味を理解が出来ないダグラスで。 「何で、そ~なる」 すると、またイルガより。 「儂やお嬢様が居たのは、フラストマド大王国の南部は交易都市アハメイルだ」 「聴いてるよ」 こう言ったダグラスを含め、仲間は知っているから反応は些細なもの。 だが、良く良く知らなかったアルマは違う。 世界最大の交易都市アハメイルと改めて知り、ポリアを見直したほどだ。 「あの大都市…」 イルガは、ゆっくり頷きながら。 「人の多さもさることながら、商売の競争も激しい場所でな。 或る商人が依頼を出して雇った冒険者に、通りがかりで倒れそうだった旅人を助けさせなかった事が在る。 それは都市も近く、死ぬ様な事には成らなかった。 だが、それだけで。 都市の大通りの彼方此方に幾つもの店を構えていた商人が、悪い噂を流されて没落した事も在るのだよ」 習う様にポリアも続き。 「人って、良い噂も意外と簡単に信じちゃうし。 逆に、悪い噂も一緒。 急いでいた商人の側は、決まった日取りまでに薬の原料を作る為、仕方無く急がせたみたいだったけどね」 “人の命を助ける薬屋が、人の命を見捨てるなんて最低だ” 「そんな噂を流されて、貴族の店に卸す契約を切られちゃって…。 それからは客足も激減して、アッと云う間に落ちぶれちゃったもんね…」 極端な事例の一つだが、マルヴェリータからも。 「商人の世界は、ホント甘くないのよ。 特に、同業者で蹴落とせると見るや、商売仇なら平気で蹴落とすから……」 難しい顔をしたダグラスは、話を聴いてムカムカし。 「遣ってる方が悪辣じゃないか」 「そうよ。 だから、隙は見せられないの。 特に、同業者と権力者にはね」 此処で、アルマも安直に答えを出すのは避けた。 「少し、下で話し合わせて貰うよ。 明日の朝には、答えをだす」 頭を軽く下げたポリア。 「お願いします」 アルマが1階に下がると、ダグラスやヘルダーやゲイラーが、ポリアやマルヴェリータに話を聴いて来る。 商人や貴族の裏話に興味を持ったのだろう。 深くまで話す気は無かったポリアやマルヴェリータだが。 眠くなるまでは付き合った。        ★ 一方、この日のベロッカは、1日が始まる夜明けから忙しかった。 その原因は、夜明け前に。 「まぁぁてぇっ、ベロッカぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」 ミストレスの森の境とは違い、緩やかに成った森の斜面を行くベロッカの背後から、ノップスと云う中年剣士の声が木霊した。 「あ? あの野郎、生きてたか」 一旦、サッサと逃げようとし掛けたベロッカだが。 (待てよ。 野郎は俺の顔を知ってる。 このまま逃げても、奴が助かれば後が…) 思い直したベロッカは、立ち止まって火を熾こす。 可燃油なる油を染み込ませた木の枝に、火打石で火を付けるや。 落ちていた朽ち木の一部に差し添えて、間近の太い木の裏側へ縛り付けた。 そして…。 「ベロッカぁっ、どっ、何処に居るっ」 程無くして、左肩を押さえた剣士ノップスが斜面をヨロめきながら上がって来た。 左肩に怪我をしているのか、血の臭いを纏い。 顔にも、血が滲む怪我をしていた。 そして、明け方の暗闇の中で、仄かに明るい木を見付ける。 「んっ? 其処かっ、其処に居るのかっ!」 肩を押さえていた右手で、ノップスは長剣を手にする。 抜きっぱなしのままに、柄の一部を下げ金具に引っ掛けたままにしていた。 「よくも、よくも騙しやがったなぁっ! スティーブを盾にしやがってからにっ、敵討ちだっ!!!!」 怒りに狂い、木の裏手にノップスが向かった。 「このっ、こ・・あ、あぁ?」 小さな火が燃えているだけのその場所を見て、ノップスが誰も居ない事を確認した時だ。 間近の木の裏手に隠れていたベロッカは、ノップスの背後から襲い掛かる。 「誰だっ」 ナイフを手にしたベロッカは、暴れるノップスの喉元を掻き斬った。 「ぐぶぅ……」 思いっきり斬ったベロッカは、吹き出す血を腕や顔に浴びる。 ノップスの体を地面に倒すや。 「騙される方がっ、悪いんだよぉっ! 優秀なっ、奴等は、騙され、ねぇんだから、なぁ…」 言う言葉が呼吸と共に乱れる。 緊張と疲労でか、肩で息をするベロッカも、もう限界に近かったらしい。 生き証人の口を封じたベロッカは、また斜面を登リ始めた。 ベロッカは、確かに魔術師スティーブを盾にした。 仲間割れを起こして、ベロッカの仲間2人とノップスやスティーブが争った。 だが、其処へモンスターが現れた。 得体の知れないモンスターで、ベロッカの仲間の1人は真っ先に襲われた。 混乱するベロッカ達だったが、ノップスとスティーブが逃げようとする時に。 残る仲間の男性を得体の知れないモンスターに宛がう流れで、ナイフをスティーブに投げ付けたベロッカ。 脚にナイフが刺さったスティーブをノップスが助ける。 残った3人をそのまま生け贄にして、ベロッカは逃げたのだ。 朝、やや雲が目立つ空に陽が昇る。 杭を打って馬を繋ぎ、残して置いた荷馬車。 その荷車に戻ったベロッカは、必要なモノ以外の荷物を全て森に投げ捨てた。 大半は若い女性の冒険者達が残した荷物だが、身元に繋がる様なモノが有っては困る。 そして、万が一の時の為にと、残した大きな瓶の水を使って体を洗う。 ナイフで白髪の混じる髪を短めに切って、古着だが洗った衣服に身を改めるや。 女性冒険者達の持ち込んだ予備のナイフや日用品を装備して、出で立ちが旅人らしくなる。 (街道を兵士が行き来してたら大変だ。 予備の服を持ってきて正解だったな) 荷馬車に乗り込み、先ずは休んだベロッカ。 腹だけ満たすや、免疫を高める薬だけ飲んで眠る。 この原野は、ほぼ誰も人が来ない。 本来、ミストレスの森を目指すならば、森の北方から南下する様に入るのが理想だ。 然し、集落の住民に見られまいと、態と危険な南側の森より分け入った次第だった。 そして、夕方前か。 「ん、んん…」 怪我の痛みや痒みで目を覚ましたベロッカは、もう直ぐには眠れないと思い。 首都ウォルムへ戻るべく馬を動かす。 街道へ向かうべく、北東へと向かうのだが。 (次は、どうする? 次はどうするか。 また、馬屋から馬車を借りるにしても、同じ所からは無理だろうな…) 馬車を借りる際に、あの大勢の冒険者達と行ってしまった。 返却時には、髪を切り一人で現れる事に成る。 馬屋も不審に思うから、同じ馬屋を使えば怪しまれる上に、貸し出しも断られる気がした。 経験から来る判断だ。 これを他人から見たら、とても不思議なことだ。 ベロッカは何故に、この依頼を命懸けで。 然も、犠牲在りきに、こなさなければならないのか。 ポリアは断ったが。 他の冒険者をベロッカはまた狙うのだろうか…。      * 5日目 * 生暖かい風が雨の匂いを連れて来る。 駆け抜ける様な風が、時折に街に吹き付ける。 朝からゆっくり休むポリア達だが。 ポリアは一階にて、薬師や狩人と話して居る。 温かい山羊のミルクを飲みながら、話の中心はモンスターの事だ。 また、昨夜にアルマと話し合い、モンスターが現れて兵士から助けを乞われた場合。 街の守りを優先して貰うと言われた。 この日は、風が生温く。 休むポリア達にしても、街に戻るベロッカにしても、静かな1日と成った。         * 6日目 * 早朝よりポリア達は動く事になる。 老人と老婆の薬師は、薬を造り始めてもう採取に行けず。 また、目が赤く成った狩人の男性は、軽い咳と発熱で採取に行かせるられる体調ではなくなった。 中年女性の狩人と、20代と見える若い狩人の男性。 それに、苦味の在ると云うか、渋みの利いた顔立ちの中年男性の薬師が同行する。 馬車にて更に西側、農場区域が片側に見えた辺りから林に入る。 早く実る果実、ちょっと変わった種の苔に始まり。 採取したいモノは沢山在るらしい。 スッキリとは行かないが、まぁまぁ晴れた空。 採取も捗り、一度、荷馬車まで採取した物を運ぼうかと話し合う。 そんな昼が近付く午前の事。 「おーい、誰か居るのか」 林の中で人の声が。 声を返せば、兵士が数名ばかり遣ってきた。 「此処で何をしている」 ポリアが間に入り、説明に加わる。 ポリアやマルヴェリータを見る兵士は、 「採取は構わないが、モンスターに襲われても助けられんぞ」 と、冷たい態度だ。 ま、その為のポリア達だ。 兵士に言われなくても解っていた。 林の浅い辺りで採取を始めた狩人の女性や中年の薬師。 モンスターの驚異はあまり無いが。 その半面、楽に採取が可能だからか、その採取の量も多い。 モンスターと戦うよりも、荷物を馬車に運び込むことが仕事のようになるポリア達だった。 まだ新米の為か、狩人の若者は便利遣いされていて。 離れると愚痴ばかりを吐いていて、ポリア達は笑って流していた。            ★ 一方、この日のベロッカは。 一体、何処でどう過ごしたのか。 首都ウォルムに、ベロッカの姿が在った。 あの旅人風な姿から一転し、装備を脱いで革の上着に絹の黒いズボンを穿いていた。 上流階級者の様な出で立ちと成ったベロッカは、夕方の飲食店に活気が溢れ出す頃。 飲食街に向かう裏通りを歩く。 時期にして、風邪は珍しいが。 彼は、咳をしていた。 さて、ウォルムの飲食店街で、もっとも有名な店に挙げられる場所は、立ち飲み酒屋の【フィ=マル・サー】だろうか。 荷馬車を数十台は横並びにした長さの建物は、略々に壁が無い東屋風。 何処からでも入れる8角形の店内には、立ち飲み酒屋が多数入り。 その周辺をグルッと囲む様に見渡せる公園みたいな敷地には、夕方から夜更けまで屋台がズラぁ~~っと並ぶ。 飲み屋で酒を買い、屋台に行くも良し。 その逆もまた許されていた。 街灯の明かりが点いて、夕方の闇と明暗が混ざり。 輝く光、染まる様に深まる夕闇が、黄昏時の短い一時にだけ調和を生む。 其処へ、1日の最後に、喉を潤し、腹を満たす為、大勢の住人や旅人に冒険者が集まって来る。 そんな者の中に、咳をしながら不満面を俯かせるベロッカが居る。 (ちきしょう、ちきしょうっ! 自分達の身から出た事とは云え、冒険者が激減しちまった事は痛い。 フラッと来た冒険者じゃ、あのミストレスの森の奥に行くのは難しい。 せめて、あのポリアとか云ったチームぐらいの実力が欲しい。 誰か、誰か…) 酒場に来たベロッカは、鍔広の紳士帽を被り。 一人で呑み歩く住民を装いながら、集まる多数の人を眺めた。 冒険者を探し、少し飲んでは違う店に移動したり。 酔い醒ましの姿で屋台の群れの中を歩いたりした。 行き交う人を眺めると、平穏な生活をする人々が怨めしい。 (どいつもこいつも、幸せそうな面をしてやがる) 自分は、危険の真っ只中に身を置いているのに。 周りの人々は、そんな事など構いなし。 当然の事だが、気も休まらない自分からして、平穏な世界が憎らしいのだ。 (何てザマだ。 あのミストレスの森へ行って、持ち帰ったのは病気のみ。 ヤバい病気だったら、どうするか。 俺の命と、この街の人間を道連れにしてやるか…。)  自棄を起こしてしまいそうな自分だが。 それよりも成すべき事が在ると、冒険者を探す。 然し、見掛ける冒険者は若者ばかり。 1人ないし、3人程の集まりでしかない者達ばかりだ。 (クソっ。 駆け出しは、もうコリゴリだ) 捜しても、捜しても、コレと見込める者が居ない。 若者でも、ガタいの良い者を見掛けると、軽く接触してみようと思うのだが。 先に、軸となる経験者が欲しくて、踏ん切りが着かず見送ったりした。 そして、屋台の一部が、“今日はこの辺りで・・”と店仕舞いを始め。 酒場に入る客足も減少に落ちる頃合いだ。 歩くベロッカが、軽く咳をして歩みを止めた。 (チッ、熱は下がらないし、咳が止まない。 明日は、1日ばかり休むか…) あのモンスターも居る森にて、大量の蚊に食われたベロッカ。 安物の虫除けでは、効果は一時しのぎに成る。 逃げる際は虫除けも無くしていたからか、昨日から咳や微熱が出ていた。 そんなベロッカの耳に、或る会話が入って来る。 「なぁ」 「ん?」 「今年はよ、冒険者の活躍談が少ないなぁ」 一人は、かなり酔い始めた男性の声。 もう一人は、低音の男性のもの。 酔い始めた男性の声で。 「まぁ~~ったくよぉ。 何処の誰か知らねぇが、不正なんか働きやがって…」 低音の声をした男性も。 「全くだ。 冒険者が激減して、最近は活躍談がとんと聞けない」 すると其処に、酒焼けした感じの、何処か掠れた声の女性から。 「あら、まだ噂が耳に遠いの? 今、活躍して来てる女性がリーダーのチームが在るのよ」 酔った声の男性より。 「ほぉ、リーダーの名前はぁ?」 「“ポリア”って名前の、凄く綺麗な娘よ」 低い声の男性も。 「御店主さん。 その美人の率いるチームの名前は?」 「確か・・“ホール・グラス”よ」 「聞いた事が無いな」 酔った男性も。 「デマなんじゃないのかぁ」 だが、その“店主”と呼ばれた掠れ声の女性は、冒険者の事情には詳しいらしい。 「何でも半月ぐらい前に、ホーチト王国から此方に流れて来たみたいよ。 ホーチト王国では、グランディス・レイヴンの一行が遭難した時に、合同チームで助けに行って見事に救出して来たみたい」 「ひえぇー、あのグランディスを助けたぁ? 何だ、実力が在りそうじゃないの。 然も、美人ってのは、イイねぇ」 3人の話は進み、次第に今のポリア達の事に到る。 採取の依頼を請けて、何日も大量の採取を助けて居るとか。 ミストレスの森やマニュエルの森から来るモンスターも、仲間や同行者に犠牲を出さずして倒しているとか。 その話を聴いて、別の冒険者談議が好きな者が会話に入って来る。 その華やぐ話し合いを聴いて、ベロッカは逃がした魚の大きさを感じた。 (クソっ!) 腹が立ったベロッカは、ムカムカして咳や微熱や怠みがウザく。 その場所を立ち去るや夜の闇に消えた。         * 7日目 * また、昨日の続きから林の更なる奥へ向かうことに成るポリア達。 荷馬車に乗り込むポリアは、何となく笑い。 「近場の仕事ってイイわね。 汚れても、その日か次の日には、お風呂に入れるもの」 笑い返すゲイラーが。 「クセにするなよ。 ダグラスみたいに、“楽したがる病”に掛かるゼ」 間近に居たダグラスは、早く仕事を終わらせたいとボヤいた昨日の今日だから。 「ウルセェっ」 其処へ、イルガから。 「じゃが、今日からはまた荷物持ちと楽には行かぬじゃろう。 モンスターと戦う覚悟が必要だ」 目を細めていたダグラスは、それが本職と。 「そっちの方が得意だぜ。 荷物持ちなんかよりは、馴れてるよ」 一緒に乗る中年女性の狩人は、ダグラスを見て呆れた笑みを浮かべ。 「1番若そうな割りに、アンタが1番我が儘だね。 リーダーさんとは大違いだ」 と、言葉のトゲでチクリ。 不満面に成るダグラスは、正に子供かと思える。 これでも、ポリアやシスティアナやマルヴェリータより、幾らか歳上なのだが。 だが、現場に着いて林に入るなり。 「助けてくれっ」 「モンスターだぁっ」 人の声がする。 「ポリアっ」 マルヴェリータの声に合わせ、頷くポリア。 自分達が向かう方向だからか、薬師や狩人には採取を任せ、ポリア達は林を進む。 マルヴェリータが誘導する方向に向かうや直ぐ。 「たっ、助けてぇっ」 汚れが残る灰色のズボンに、黒い首長の上着となる農作業姿の老婆が現れた。  「早く逃げてっ」 声を掛けたポリア達は、その後から来たもう一人の若者と入れ違いに前へ出れば、ゾンビと化した腐乱死体を見た。 ダグラスは、農場区域で見た作業服と見て。 「不味いっ。 少し前にモンスターに殺られた人が、何処かでゾンビに成ったかっ?」 だが、ゾンビの他にも、モンスターのオーラを察知したマルヴェリータ。 「他にもモンスターが来てるわっ。 オークも、居る」 ゾンビの腐敗した姿が気になったポリアだが、今はそれ処ではないと、システィアナへ。 「システィ、ゲイラーと一緒にゾンビを浄化して」 「はぁい」 「皆は、先へ!」 ゾンビの前に立ったゲイラーは、早くも大剣を構え。 「直ぐに、天へ還してやるからな」 魔法の発動まで、ゾンビの動きを止めに入った。 システィアナが【裁きの鉄槌】を遣う間に、先へ向かったポリア達はオーク5匹と遭遇。 女性の存在で色めき立ったオークだが、肉薄したヘルダーが直ぐに1匹の頚部を斬って倒す。 ポリア、イルガ、ダグラスが1匹を相手する間に、ヘルダーは2匹目を倒す。 処が、これは手始めに過ぎなかった。 ドロドロした濁る液体みたいな体の中に、林檎みたいな核を幾つも持つスライム系のモンスターの【ヴロブ】も相手にする事となる。 午前、採取の作業を見守りながら、何度かモンスターを倒していると。 「おーいっ、冒険者ぁ!」 昨日に、林の中で質問をして来た兵士らしき男性の声が。 「はぁ、また質問?」 汗の沸く額を拭うポリアが、面倒そうに言い。 ダグラスやヘルダーも、まだ何か言われるのかと嫌がると。 然し、首を傾げたマルヴェリータが、その声の方を見て。 「でも、昨日より人が多そうよ」 仲間内で見合う其処へ、10人近い人がゾロゾロと。 その中には、以前の農場区域のモンスター退治依頼で、マニュエルの森まで同行した女性の小隊長だったり。 ジョイスの姿まで在る。 「あら、ジョイス様?」 ポリアが驚き、マルヴェリータと顔を向き合わせれば。 「やぁ、ポリアさん。 マルヴェリータも、活躍みたいだね」 マルヴェリータが、ポリアよりも先に。 「ジョイス様。 こんな場所へ如何致しまして?」 「いやぁ~、それがね。 ホーチト王国とスタムスト自治国の国境で、またモンスターの出没騒ぎが在ったみたいだ」 「え? あ、私達みたいに・・・ですか?」 ジョイスを連れたポリア達は、ホーチト王国からスタムスト自治国の国境辺りを通る時に、マニュエルの森から出てきたらしいモンスターと戦った。 それが、また現れたらしい。 心配になるポリアが、 「被害は?」 と、ジョイスへ尋ねるや。 問われたジョイスの表情がやや曇り。 「ん~、商隊の人には犠牲が無かった。 だけど、運んでいた家畜には被害が出たみたいだよ。 この調子だと、人に被害が及ぶのもすぐそこだね」 つい少し前に、オーク等と戦ったからか。 ゲイラーは森の方をチラ見して。 「此処じゃ、もう被害が出てますよ。 さっき、ゾンビが現れた」 そのモンスターの名前に、兵士達が驚き、ビビる。 斬って簡単に倒せるモンスターではないから、ゾンビでも動揺する。 そして、林を眺めるジョイスが。 「モンスターの実態がどんなものか、今日と明日は兵士の上官や僕も、林の警備に参加する」 「はぁ?」 意味が呑み込め無いポリアが、目を円くする時。 マルヴェリータが、更に彼へ近づき。 「もしや、ジョイス様。 ホーチト王国の国境辺りでも、人為的な工作の痕跡が?」 渋い表情から頷くジョイス。 「実は、森の一部が焼かれていた」 この話に、ポリア達は仲間の間でまた見合う。 ダグラスは林の奥を指差し。 「此方の奥と同じじゃないッスか」 渋い表情でまた頷くジョイス。 「だけど、ウチの国じゃ~現場に死体付きだったらしいよ」 ジョイスの話では。 焼かれた森の一部には、モンスターに襲われたらしき死体が複数人も在ったとか。 健康を取り戻したグランディス・レイヴンのサーウェルス達も、その調査に同行して確認したと。 さて、ジョイスを連れた兵士達は、一直線に林の奥へと向かう。 ポリア達に、あの伐採された木の辺りへ同行を願い。 先に歩く。 嫌な話を聴いたと、ポリアは嫌がり。 「ハァ。 ヤダヤダ、何の狙いからモンスターを誘き出すのよ」 自分の祖国の事でも在ると、マルヴェリータはジョイスの背中を眺め。 「策謀が在るなんて、考えたく無いわ。 マニュエルの森だの、アンダルラルクル山のモンスターが、人の居る場所に来るなんて考えたく無いもの」 マルヴェリータだけではなく。 大概の人の総意に成る事か。 さて、依頼を継続して林の奥へ入る。 密林の様に成る狭間に来たポリアは、ジョイスを切られた木の元へ案内する。 ヘルダーは記憶力も良くて、伐採された木の場所も覚えていた。 その伐採された木を見たジョイスは、辺りも見回すなり。 「ん~。 これは確かに、モンスターを招き入れているとしか思えないね」 ジョイスも同意見となる。 本日のポリア達は午後より、討伐行動を合間にする様な、掛け持つ仕事の流れに成る。 その要因は、手分けをすると兵士達が別れたのに。 恐らくはモンスターが怖いのか、ポリア達の方へ付いて来た事。 何か物音がするだけで呼ばれる為、狩人や薬師も必要以上にビクビクしてしまい。 採取量がやや落ちた。 その夜、と云うか夕方には、館にアルマが来ていた。 「モンスターが出たって?!」 戻ったポリア達が応えるや、もう狩人や薬師の方から話し始めた。 昼間も、夕方の少し前にもモンスターが現れた。 薬師や狩人は、仕事を継続すべきかどうか考えたいと言い出した。 ポリア達が強い弱いどうこう言うよりも、依頼主側が心配してしまった。 狩人の中年女性も、アルマに言う。 「ポリア達チームが強いとか、弱いの話ではない。 1日に何回もモンスターと戦うのは、街の間近では有り得ない事だ。 こんなに危険ならば、兵士達が根本的な解決をしてからでもいいよ」 1番臆病な狩人の若者は、ゾンビと聴いた午前の時点で逃げ腰に成った。 「あのさぁ、ゾンビだのオークだの、前なら居る訳が無かったよっ! 幾らかの危険は承知でも、1日に4度も5度もモンスターと戦うなんてっ。 こんな危険は、承知してないよっ!」 中々の熱を帯びた話し合いで、十分に採取した薬師の老人や老婆は、もう成功で構わないと言う。 だが、渋みの有る薬師の中年男性と狩人の年配男性は、どうしてもモンスターの出た林から更に奥の、密林の様になる辺りに向かい。 例年ならば採取が出来た、或る薬の原料を探したいと言う。 双方の話を聴くアルマも、高値となる薬の原料になる物なだけに。 「採取が出来ていない残りの原料は、ナシと成れば一部の採取した原料に無駄が出る。 だが、それを見分けられるのは………」 老人、老婆、中年女性の狩人の目が必要らしい。 だから、説得に回ることになる。 意見が別れて、団結が無くなった。 依頼主が二手に別れて話し合う。 その様子に困ったポリア。 そんな彼女に、マルヴェリータより。 「ポリア」 「ん?」 「明日に備えて休みましょ。 アルマさんが判断をして、私達に伝えれは済む話よ」 「ん………」 館にて、ポリア達は判断待ちとなり。 明日の準備をして、休む事にする。        ★ 一方、この日のベロッカは…。 昼間、ベロッカは薬を買い足した。 咳よりも熱が下がりきらないからだ。 鼻水もなかなか止まらない。 だが、それでも冒険者を探す必要が在る。 “自分が生き延びる為に” らしい。 夕方、街の飲食店が集まる区域に向かうベロッカは、体調が悪い上に知り合いからの情報を頭の中で反芻し。 歩いている自分がどうやって向かっているのか、認識が鈍っていた。 “ベロッカさんよ、気を付けな。 お宅の事を探してる奴が居るぞ” “アンタ、何か焦ってるみたいだが。 ちょっと迂闊が過ぎるぞ。 冒険者に、誰かを挟まずして会ってるだろ? 髪を切る前の人相が、斡旋所側にバレてるみたいだ” “なぁ、知ってるか、ベロッカ。 斡旋所に行くと、ドアにデカデカと貼り紙が在るらしいぜ。 斡旋所を通さない依頼を請けた場合は、協力会は一切の面倒は看ないってサ。 アレ、御宅等の所為で貼られたんじゃないのか?” こっそり仕入れた情報からして、もうこの街にベロッカの居場所は無さそうだ。 今のベロッカは、髪を全て剃って丸坊主となり。 ハットを被った上に、衣服も改めやや商人っぽく礼服に似た姿だ。 (不味い、・・嗚呼、不味い。 ウォルムの他に大きな街と成れば、他の州に行かなければ…。 他の州からミストレスの森に向かうと成れば、もうおいそれと繰り返しに挑むのは無理だ。 クソぉっ、冒険者協力会めっ。 邪魔ばっかりしやがって………) 「ん?」 人にぶつかり掛けてハッとし、周りを見ればもう飲食店の集まる区域に来ていた。 通りを歩く人、人、人。  (今日が最後か。 こうなれば仕方無い。 今日に街へ来たばかりのチームを探すしか無いな) 冒険者を探して、フィ=マル・サーの中を歩くベロッカ。 カウンターと数席だけの店が大型店舗の中に犇めく此処は、一般の住民から旅人などが沢山居る。 だが、やはり冒険者の数が少ない。 若者ばかりの、まだ駆け出しらしい者が目立つ。 (クソッ、クソッ!! 俺達が身を眩ませる為に、この街の斡旋所に対して悪い噂を蒔いたのが、こんな形で跳ね返るのかよっ。 ガキみたいな冒険者ばっかりじゃねぇかぁっ!) それからベロッカは、1人で呑む剣士等に声を掛けた。 だが、コレと感じた者は、商人だったり、政府高官の護衛を勤める者だったり。 また、非番の兵士だったりして、追われる者の自分にして危うい橋を渡る事になる。 また流れて来たばかりの冒険者を見極めるのも大変だ。 そこそこ年齢を重ねた冒険者3人を見付け、冒険者談義が好きとみせて話をして。 幾らか話が進んだと思い、触りとして斡旋所を通さない依頼の事を臭わせて見る。 処が、3人の冒険者はベロッカを嘲笑うかの様に断って来た。 その3人と別れて、フィ=マル・サーより出るベロッカ。 (嗚呼、ダメだ。 此処じゃ、幾ら探しても見つからない) チームの目ぼしい者達は居らず。 焦りから場所を変えることにする。 フィ=マル・サーの敷地を出て、川沿いに宿屋が集まる区域へ向かう。 もう夜に成って幾らか経った。 通りを歩く人の数が、心無しか少なくなって来る。 そんな頃、街灯や飲食店の列びから仄かな灯りの光が届く薄暗い街路にて。 生暖かい風が街路樹を揺らした時に、ベロッカは3人の冒険者らしき者を向こうに見た。 (ん? ありゃあ、冒険者だな) 歩く者より、武器を揺らす音がする。 ベルトにしっかりと固定して無いのだろう、カチャカチャと音がする。 そして、3人らしき冒険者であろう者とすれ違う所は、緩やかに内側へ曲がる道の、街路樹の真下。 また、店の並ぶ片側は、ちょうど2軒ばかり閉まっていた。 御互いに、顔をハッキリと見えない中で。 「お、御宅等は冒険者かい?」 期待をしたベロッカは声を掛ける。 だが…。 「ん? そうだけど。 何だよ」 ちょっと不機嫌ながら、若い男性の声がする。 (チッ、若いな) また見込みが外れて、期待を裏切られた思いにイラっとしたベロッカだが。 「通りかがりで声を掛けて悪いな。 君らは、毎夜この辺りに居るか?」 すると、薄暗い中だが若者らしき者が近付いて来ながら。 「奢ってくれんの?」 この期に及んで、この生意気な物言いはベロッカを怒らせる。 (このぉクソガキがぁっ!!) だが、今に問題を起こせば、もう冒険者を探す処ではなくなる。 「いやぁ、ちょいと旨い儲け話が有ってな。 近々、斡旋所を通さずに、誰かに請けて貰うつもりなんだ」 「マジかよ」 若い冒険者の1人、この生意気な物言いの若者は、ベロッカへ更に歩み寄る。 「俺は、イクイナだ。 チーム名は、“サーロンド・フォウオム”。 指名してくれるなら、絶対に成功させるゼ」 間近となり、ベロッカは相手が本当に若者と解った。 体つきはまぁまぁだが、まだ10代と見て。 「解った、威勢の良い兄さんよ」 と、別の場所へと歩き始める。 「絶対だぞっ」 背後から若者の声がする。 手を挙げて返したベロッカだが…。 (口の利き方も知らねぇガキめ。 斡旋所を通さないって言ったのに、警戒もしやがらねぇ。 ありゃ、1番に使い物に成らないな) ベロッカは、今の若者は使い捨てにも成らないと感じた。 我が強い上に、冒険者としての危機感が全く無い。 駆け出しの中の駆け出しで、1番連れて行きたくも無い部類と察した。 ベロッカも、元はそれなりの冒険者だった。 他人を犠牲する事はザラに有ったが、出来る者や出来ない者の判断はそれなりに判る。 最初に声を掛けたポリア達は、この数ヵ月でも3本の指に入る有能株だった。 さて、ベロッカは少し歩く。 そして、然して大きくは無い川に架かる石橋を渡ると、明るい場所が見えて来た。 (彼処は、俺にとっても危険だが・・仕方無い) ベロッカが心配しつつも向かったのは、宿屋街と飲食店街の狭間に在る、少し変わった飲み屋の通りだ。 屋台が道沿いに並ぶ川辺で、その川辺に沿って道を空けて一列に小さい酒場の店が屋台の並びと相対する様に平行して並んでいる。 “酔いどれ通り” こんな愛称も付く場所だが。 その理由は、川辺の向こうと、飲み屋の並ぶ裏手に安い宿屋が集まっている。 素泊まりのみだが安い宿屋が集まる場所の為、冒険者などが多く深酒をしている場所にもなる。 それだけに、斡旋所に怪しい者として貼り紙を出されたベロッカには、下手をすると危険な事にも成り兼ねない。 夜も更けた頃合いになり、ぼちぼち帰る者も歩いている煉瓦舗装された通りにて。 川辺には水気に強い樹木が街路樹となり。 その下には、まだ屋台が並んでいる。 肉を焼いた匂いやら、スープに使った香味野菜の匂いがする。 飲み屋の並びを見ていたベロッカは、何人かの纏まった冒険者らしき者が飲み屋に入るのを見た。 (居たっ! よぉし……) 纏まった冒険者の一団を見掛けたベロッカは、悪人だからこそ、このチャンスをモノにしようと意気込んだ。 その店の前に来たベロッカは、ラメを入れた様に輝く外壁の店を見た。 外の軒下には、ガラスを色付けして装飾性を高めたグラスランプが幾つも点り。 半開きのドアからは、店内の酒気が漂って来る。 押戸を開いて店内に入ると、煌々と明るい店内で。 色付けされたソファーが狭い店内に点在し、変わったテーブルを囲う様に配置されている。 「いらっしゃ~~い」 胸元が露になり、膝が殆んど見えたワンピースを着た金髪の女性が迎えてくれて。 咳をしたくなくて、軽い咳払いをした後に。 「イネーヴ・ハギィを」 こう言って、5席しかないカウンター席に就くベロッカ。 「はい~」 色気の在る売り子は、ベロッカが席に座るに合わせ。 「イネーヴ・ハイギーを一杯~」 カウンターの向こうに居た大柄の年配男性が頷く。 イネーヴは、甘いネバネバした芋を主に使ったハーブ系蒸留酒。 【イネーヴ・ハギィ】は、その蒸留酒を使って柑橘系と合わせたカクテル(配合酒)の1つだ。 “ハギィ”、“ハイギー”、“ハーギィ”と、訛りや国で呼び方の異なる名前で在る。 さて、ベロッカが店内を見回しながら、ストゥールよりチラッと後を見れば…。 玉簾のカーテンの向こう、小部屋と大部屋に分かれて冒険者らしき者が多数入っていた。 (前に見掛けなかった冒険者の集まりが2つも居る。 これぞ、天の助けか?) こう思ったベロッカは、チラッチラッっと様子を見ていると…。 入り口より左側の、少人数の席に座っていた冒険者達より、会話が聴こえて来た。 先ず、少し大人びた声音の女性の声で。 「サガント、もう少し我慢してくれない? イクイナには、私からキツく言うから…」 懇願する様にも聞こえる言い方だ。 代わって、対する男性より。 「イヤだ。 もう6回目だぞ? オーリナス、私がチームに残る条件は、イクイナを外す事だ。 本音は、あの駆け出し3人を見捨てたい。 だが、諸悪の大元はイクイナだ。 あのガキを外さないと、俺達が飢え死にする」 其処に、別の若い感じの男性の声で。 「外さなくてもいいが、とにかく自覚が必要だ。 イクイナ自身が、自分で依頼をダメにしている事を、さ」 ベロッカの感覚からして、チームの分裂と直ぐに解った。 (若手を入れてイザコザか? これは利用が出来そうだな) 鼻水が出て、懐に忍ばせた紙で鼻をかみ。 出された酒の入ったグラスを片手に、咳を気にしつつ気配を窺って居れば…。 (おっと、誰か出て来る) 咳をしながら前に直り、酒を軽く口へ含むと。 長い髪の女性が仕切りの玉簾を割って出てきた。 酒代は、頼んだ時に払っているのだろう。 「はぁ…」 溜め息と共に此方へ出て来た女性は、30歳に届くかどうかの見た目。 黒髪が長く腰まで伸び、額に銀のサークレットを巻いた魔術師風体。 ステッキ型の杖は伸縮可能らしく、今は短剣よりも短くして手にしていた。 「マスター。 此方の部屋に、お酒を御代わりで…」 10シフォンほどをカウンターに置いた女性は、こう頼むや外へ出て行った。 さて、 “小部屋に残された冒険者にどう近付こうか” ベロッカが考えている間に、玉簾の向こうから2人の冒険者が現れた。 一人は、ローブを纏った不細工な面の魔術師らしき中年男性。 もう一人は、金髪の顔立ちが良い剣士らしき若者。 「御客さん、御代わり在りますよ」 売り子の女性が言うや、2人はカウンター席に付く。 金髪の美男が、不細工の中年男性へ。 「サガントは、どーする気なんだ? 明日に、チームから離れるのか?」 席に就く不細工な魔術師らしい男性は、木製の杖を傍らに立て掛け。 「フン。 オーリナス次第だ」 其処へ、鼻声のベロッカより。 「御宅さん、チームから離れるのかい?」 2人の冒険者は、ベロッカを見た。 軽くグラスを上げて挨拶を示したベロッカは、 「俺も、チームがバラけちまったんでね」 と、酒を一口。 若い剣士風の美男が。 「此方は、喧嘩じゃないよ。 1人、ワガママが過ぎる駆け出しが居るだけさ」 苦笑いして見せるベロッカ。 「此方も喧嘩じゃない。 やれ結婚するだの、違うチームの美人に誘われたからチームを代えるだの、節操が無さ過ぎる理由ばっかりさ」 すると、不細工な中年男性の魔術師が。 「そちらも苦労だな。 だが、此方も苦労だよ。 頭数が少ないからと加えた駆け出しが、全く根拠も実力も無いのに自信過剰でな」 「それは酷いな。 かっ、ゴホゴホ…。 駆け出しならば、先輩を差し置いてワガママするモノじゃないだろうに」 咳を交えながらも、同情を装った。 出されたグラスの酒を半分ぐらい飲んだ魔術師風体の中年男性は、グラスを置くや。 「ふぅ…、御宅の云う通りだ。 何の根拠も、経験も無いクセして。 ちょいと面倒が見えただけで、依頼主に刃向かうわ。 自分は何等の苦労をした訳でもないのに、偉そうに講釈を垂れて追加報酬を迫るわ。 アイツは、自分がリーダーと勘違いしてやがる」 話を聞くベロッカは、どう転んでも悪人だ。 それでも、この話にはせせら笑いが漏れてしまい。 「解り易いバカだな。 リーダーでもないのに、我が儘を好き放題とは」 これに、金髪の美男も困った顔で。 「その所為で、これまで請けた依頼の中で、2つが依頼主の意向で外されたし。 1つは、危険手当てが無くされ。 他の3つは報酬の減額。 生活もギりに成ったり、悪い噂を流されて別の街に移ったり。 全く、1人の迷惑でこんな事に成るとは、初めてさ」 隣に座る仲間の魔術師は何度も頷くや、グラスの残りの酒を呷る。 其処へ、鼻をかみながら同意の相槌を返したベロッカは、新たに酒を頼むと咳をしてから。 「そっちも、中々に大変そうだな。 仲間の暴走は、チームの迷惑だ」 此処で、軽く酒を口へ含んだ金髪の美男が、 「そっちは、バラけて大丈夫なのかい?」 と、ベロッカの欲しい言葉を寄越した。 (今しかないな) “運命の扉が開いた”、と彼は感じた。 同じ酒を出されるに合わせ、軽く咳払いをしてから。 「大丈夫なモノかよ。 チームが無ければ、依頼も請けれない。 それにしても悪いのが、今の斡旋所の主が腰抜けって事よ」 若者の剣士は、ベロッカの話にやや引き込まれてか。 「斡旋所の主が“腰抜け”って、どうゆう意味だよ」 「“腰抜け”だから、そう言っている」 「悪いんだけど、俺も、此方の仲間も、夕方にこのウォルムへ来たばかり何だ。 もう少し、解る様に教えてくれないか」 まだ斡旋所に行ってないらしき、この金髪の美男剣士と仲間の魔術師。 ベロッカは、これは千載一遇のチャンスと思った。 (この2人だけでも仲間に出来るなら、後は駆け出しだろうが構わない。 頭数を揃えりゃ、何とか挑めるっ) 頭の中で、またあのミストレスの森へ行く算段が纏まり始めたベロッカ。 このチャンスを逃す手は無いと。 「この街の或る金持ちが、恐ろしく儲けられる依頼を斡旋所に持ち掛けた。 ゴホッ、ゴホッっ…。 だが・よ。 斡旋所の今の主はな、バカの1つ覚えみたく。 “時期が悪い”、とそれを蹴りやがった。 俺は、その依頼を請けたかったのにな。 ゴホゴホッ、・・ん。 チームはバラけ、依頼は頓挫。 俺の研究にも必要なモノが絡む依頼なのに、請ける事が出来ない。 生活も、冒険者としての夢も、ぜ~~んぶ、パァさ」 “冒険者の夢”、“とんでもない儲け”。 気になる言葉が出て、美男の剣士は余計に依頼内容が気になる。 「とんでもなく儲けられるって、どれぐらいだ?」 「まぁ、ゴホゴホ…。 んん…。 採取の依頼だ。 採取の量に・・報酬は比例する。 ブツの1個で、報酬は3000から5000シフォン。 何人かで行って50や100を見込めれば、何十万シフォンも有り得る」 想像していた額の上を行かれ、金髪の美男は身構える。 「そんなに高額って事は、かなり危険な仕事じゃないのか?」 魔術師風体の中年男性も。 「マスターが拒否するんだ。 それはもうヤバいんじゃないのか?」 言い返されたベロッカだが、相手を騙すのだから。 やや尊大さを持って呆れて見せる。 「ヤバいだけなら、冒険者の仕事の半分はヤバっい、ゴホゴホッ…。 モンスターと戦う必要が在るって理由だけで、十分にな。 確かに、何千ってモンスターを相手にする可能性が在るんだ。 ヤバいのは当然さ」 咳をして、時々に喉に痰が絡んでしまう。 演じていて、自分が間抜けに思えたベロッカ。 だが、美男の剣士はビックリし、 「何千っ、て…」 と、仲間の魔術師らしい不細工な男性を見る。 「無理だ、そんな数のモンスターを相手にするのは」 見られた仲間の魔術師風体の男性が言う。 だが、ベロッカは逆に大した事でも無さそうな態度をする。 軽く笑い、余裕を見せた態度にて。 「いやいや、勘違いをしないでくれよ。 正面からその数のモンスターに当たるなんて凄腕か、只のバカに決まってっる。 ゴホゴホっ、わ・悪い」 咳をして話を切ったベロッカは、手を出して。 「・・わる、い。 あぁ、話の続きだが。 要は、弱点を突いて遣り過ごせばいいんだ…。 あ、相手にするのは、大量の一種だけだ。 それを退けさえすれば、後は素人じゃなければ何とかなるんだ」 「ホントかよ」 「そうさ。 だって俺は、過去に一度はその採取を成功させてるんだっ。 ゴホゴホ…。 わ、るい、深酒で風邪をひいた」 「ホドホドにした方がイイぞ」 金髪の美男な剣士に言われて、ベロッカは苦笑いして頷いた。 だが、不細工な魔術師の方が、話の続きを気にしていて。 「で、その依頼を、お宅さんは遣りたいのか?」 「当たり前だ、ゴホ…。 危ない橋だが、渡るだけの見返りは在る。 斡旋所の主が蹴る以上、その利益は丸々此方が貰えるンだ。 こんな時にチーム解散なんて、全くツイてないぜっ、ゴホっ、ゴホ…」 此処でまた咳をしたベロッカは、熱も在るからあまり酒が進まない。 もっとヤケ酒をしている風に見せたがったが…。 美男の剣士より。 「でも、さ。 その依頼を遣りたいって成ったら、依頼主から直に請けるって事だろ?」 「まぁ、遣れるなら、な。 請けたとして、失敗しても助けは期待が出来ないからよ。 1人じゃ、どうにもこうにも…」 「じゃ、アンタはどうする気なんだ?」 咳をして、鼻をかんだベロッカ。 酒を舐めてから咳払いをすると。 「し、仕方無い。 明日から他の州に行って、誰か請けそうなチームを探しに行く。 この街は、今は冒険者が少ないからな。 依頼主とは昵懇だから、直にブツを手に入れてから交渉をしてみる」 言った後にまた咳をしたベロッカは、チマチマと酒を呑みながら咳をし。 「マスター、こっ、これ、な」 チップと席代を含めた金を出す。 この意味は、今の一杯で止める事も示す。 “美味しい話は、逃げようとする時ほどに惜しくなる” 冒険者の心理を幾らか知っている。 ベロッカは立ち去ろうとするつもりだった。 今のベロッカは、とにかく焦っていた。 年明けの騒ぎで、悪事に荷担した者は暗殺された。 その一件の末端に関わった屯する冒険者は、大半が使い捨てで死に。 極一部の残った者は、冒険者協力会を恐れて斡旋所に顔も出さない。 普段のサリータリスは、おくびにも出していないが。 不祥事でも在るから、悪事に荷担した屯組の冒険者すら許さない態度で。 協力会から遣わされた者と謀り、秘かに事態の始末をしていると云う情報も在る。 ベロッカに協力する者は、こうした事で大手を振れない者なのだ。 (この2人だけでも取り込めれば、後は駆け出しとか屯する冒険者を金でかき集めて連れ出せばいい。 食い付け、食い付けっ) 2人の態度を窺いながら、ベロッカはヤケクソに成っていた。 1人か2人、使えそうな冒険者を軸にし、寄せ集めでもいいから強引にまた森へ向かい。 冒険者を使い捨てにして、狙いを達成しようと考えた。  処が、だ。 味のしない酒を呑む其処へ、 「なぁ、その話を詳しく聴きたいんだが」 厚みの在る男性の声がした。 声のした横にベロッカが向くと、大柄の筋骨逞しい男性が立っていた。      * 8日目 * 夜明けから少し経ち、曇りの空がぼやっと明るくなろうと云う。 まだ街に、人が殆んど歩いていない早朝のこと。 「おい、ベロッカさんよ。 ミストレスの森まで、大体3日ぐらいだったな」 ウォルムから出た西側街道にて、荷物を背負い直す者が云う。 霧が濃く、マントの雨避けを着ている長身な人物だ。 10名ほどの集まりの先頭を行くやや背丈の低い者は、フードを軽く捲り上げて。 「あぁ、道のりにして3日程度さ。 道は一番近いものを選ぶから、先を急ごう」 その人物の顔を見たら、ポリアは迷わずに剣を抜いたかも知れない。 そう、頭は丸めて居るが、ベロッカに間違いない。 隊列の先頭を行くのがベロッカで。 その後には、2人のみすぼらしいマントを背負う男が2人。 装備は古めかしく、顔つきからして冒険者の屯する輩の様だ。 その後、数歩の間を空けて、先程にベロッカへ問うた長身の男性。 その横には、白いマントを羽織り、杖を手にした女性らしき人物が寄り添う様に歩いていた。 その男女の直ぐ後には、固まって歩く4人の男女が居る。 先ず、前を行く1人は、昨日にベロッカと話していた美男の若者だ。 ハチマキをする彼は、長剣を腰に佩き。 竜の鱗か、蒼い鱗を並べた鎧を着ていて。 彼と並んで歩くのは、30代半ばを過ぎた感じで、不細工な顔つきのローブを着た魔術師風体の人物だ。 美男の若者が、隣の魔術師風体の人物へ。 「なぁ、サガント。 ホント、これで良かったのか?」 なんとなく軽い物言いの若者は、何処か街に心を残している様子だ。 振り返ってみたりする。 一方の、【サガント】なる魔術師風体の人物は振り返りもせず。 「フン。 オーリナスのお人好しに着いていては、生活がまま成らぬ。 あのイクイナのバカを含めた若い奴等は、全く遣い者にならんぞ」 「まぁ、そうだけどなぁ」 「オーリナスがあの3人を外さないならば、見限るしかない。 クリントン、そう思わないか?」 【クリントン】と呼ばれた美男の剣士は、困った顔をしてまた街を返り見てから。 「う~ん。 オーリナスの姐さんは、実力が在るだけに棄て難いが…」 「ならば、尚の事よ。 オーリナスも、1人であの3人を手に余せば、チームから外して新たな者を探すだろう」 「困った、困ったなぁ」 金髪が霧で湿り、美男のクリントンは中々に丹精な顔が様に成る。 昨日は、女性の仲間も酒場に居たらしいが。 どうやら今に居ない処からして、首都ウォルムに残して来たらしい。 その話し合う2人の後には、数歩の幅を空けてもう2人の男女が居る。 一人は、銀髪の小柄な男性だ。 緑色を含む瞳、乳白色の肌、穏やかな美男の顔つきにして、尖った耳を持つ特徴的な風貌。 “エルフ”なる種族の男性だ。 その横には、雨避けのローブを羽織った黒髪を首周りで切り揃え。 やや鋭い眼、程好い高めの鼻をした美人が居る。 身軽な装備をする、エルフ的な特徴を備えた風貌の男性より。 「なぁ、ニーシャ」 髪を切り揃えた女性は、腰に細剣、背には弓を装備している。 「何?」 「いや、リキッドさんに黙って来て良かったのか?」 「それは言わないでよ、ホクヒ。 私は、チームを持ちたいの。 あのモウダーじゃ、理想のチームは創れない」 「それなら、チームを抜けて1から創れば良いだろう?」 「簡単に言わないで、ホクヒ。 1から創るにしても、名声や金は必要よ。 リキッドの叔父さんを楽させる為にも、当面の生活費と。 誰彼に言って恥じない経験を裏付ける名声は、絶対に必要だわ」 「だがな~。 私は、あのベロッカって男を信じられない。 この依頼、斡旋所も通してないんだろ? 果たして、大丈夫かな」 「私も、あのベロッカを信じては無い。 モウダーも信じて無いしね」 「だったら…」 「ただ、この依頼で求められる果実は、街でもかなり高値となる逸品だわ。 あれを大量に持ち帰れれば、名前に箔が付くことだけは絶対よ」 「ん、ん…」 言い返せなくなったエルフの男性ホクヒ。 ベロッカの誘いに乗った、新たな冒険者達がまた街を出る。 追われてまで何かを成そうとするベロッカは、何に怯えているのだろうか…。         ★ 代わって、曇った空がだいぶ明るくなる早朝のこと。 ポリア達は半ば、叩き起こされた形となる。 兵士が呼びに来たからだ。 “モンスターが出たっ。 兵士に犠牲が出た!” 慌てる兵士の圧は、ポリアに言い返す間を与えないぐらいに強い。 仕方無しだが、採取に行く林の事だからと向かう。 処が、林に入り現場に向かうや、その場の様子にポリア達は驚いた。 冒険者だったり、作業服らしき姿を残したゾンビが6体。 それに、ゴーストの上位に当たる、青き亡霊の【ファリファン】が居た。 兵士に死傷者が出ていて、僧侶のシスティアナはそっちに向かう。 マルヴェリータは、ゾンビの心臓と云うべき核のオーラを感じ取り。 「ポリア、先にゾンビを倒すの。 最初のゾンビは、首辺り。 次のゾンビは、右脚の太股にアレが在るみたい」 だが、ゲイラーを始めにヘルダーも、そしてダグラスすら、マルヴェリータの言っている意味が解らないらしい。 ゲイラーは、逃げる兵士を目で追い掛け。 「首だ太股って、何の事だ」 ダグラスも、マルヴェリータに近付き。 「ゾンビが相手なら、僧侶のお嬢は外せないだろうよっ。 俺達は、斬るしか出来ねぇってっ!」 だが、Kと組んで最初に倒したモンスターが、このゾンビだ。 あの記憶が鮮明に残るポリアだから、マルヴェリータの話で体が動いた。 先頭で来るゾンビに走り、伸ばされた腕を斬り離し。 鈍い動きを見切って回り込むやゾンビの首を斬った。 すると、ドス黒い暗黒のエネルギー塊が液体の様に吹き出しながら、ゾンビはその場に膝を崩す。 「おっ、倒したのか?」 驚いたダグラス。 次のゾンビを見据えたポリアは、Kより教わった事を思い返しながら。 「ゾンビには、怨念型と呪術型が居るの。 でも、両方に共通する事は、体の何処かに動力となる暗黒のオーラの核が在ること。 其処を聖水を掛けるか、魔力を宿した武器で壊せば、ゾンビは武器でも倒せる。 マルタの云う事を聴いて、聖水はみんな持ってるでしょ?」 聖水を武器に掛ければ、不死モンスターと戦えるのは知っていても。 具体的な意味はイマイチ知らなかったダグラスやゲイラー達。 システィアナの身を案じてイルガを残したポリアだから、不死(アンデッド)モンスターを後ろに抜かせられない。 「これぐらいで音を上げたら、後でケイから笑われるわよ」 近付くゾンビの急所を攻める為に、剣を下段につけたポリアは掬いに斬り上げた。 が、 (あ、もう少し上っ?) 太股を斬ったが、暗黒の核の鈍い光が切れた肉の中に見えていた。 やや脚の付け根辺りに在ったらしい。 其処へ、走って来たヘルダーが飛び上がる。 ポリアへ肉薄したゾンビを蹴り倒し、戦扇子で暗黒の核を斬る。 「あ、有り難う」 一瞬の事に驚いたポリアが言うや、ヘルダーはマルヴェリータを見返して頷く。 ハッとしたマルヴェリータの眼は、更に来るゾンビに向いた。 「次のゾンビは、胸の右側。 その後は、お腹の・・真ん中っ」 弱点の在る辺りを聴いて、ヘルダーが真っ先に動く。 続いてポリアも向かった。 聖水を武器に掛けたゲイラーだが、別の新手が迫るのを見て。 「ダグラスっ、遅れるなよ!!」 声を掛けながら大剣を片手に、新たに現れたオークへ向かった。 朝にして、乱戦に入る。 ゾンビを倒したポリアとヘルダーは、平屋の家に相当する大きな蒼き亡霊ファリファンに向かった。 ゴーストが集まる形で、強力な個体となる事が在る。 ファリファンは人間のみ成らず、様々な無念の魂が融合した亡霊だ。 蒼黒き炎の様な中に、人とも獣とも見える骸の姿が有り。 其処から、暗黒の力を基にする念の衝撃波を発する。 ポリアとヘルダーが、その素早さを活かして迫るも。 突風の様な衝撃波がそれを阻む。 マルヴェリータが魔法で攻撃をしても、魔想魔法は亡霊に効き難い。 一方、ダグラスとゲイラーは、オーク4体を倒したと思いきや。 マニュエルの森でも戦った大猿に出会す。 「うわっ、あの時の猿かよっ」 驚くダグラスだが、ゲイラーは怒りを顔に現す。 「チッ! あの猿まで簡単に来れる様に成ったのかよ。 これは、何かをしなきゃ不味いゼっ」 2人で大猿を相手にする。 群れから離れた個体なのか、此方を見ると警戒して動かなくなる。 「ダグラスっ、ポリア達の方へ行かすな! あのデカい亡霊と戦うポリアやヘルダーは、アレで手一杯だぞ!」 「解ってらぁっ! 一度は勝ったモンスターに負けられっか!!」 双方、戦うまま依頼のそれ処では無くなった。 この様子は、一緒に来たアルマの手下と中年女性の狩人が見ている。 「いけない、これはヤバいよっ」 まだ若者みたいなアルマの部下は、多種多様なモンスターに慌て始め。 “朝に、ポリア達と話す為、此方に来る” と、繋ぎから連絡が来たアルマの元に向かうべく、館へ引き返す。 中年女性の狩人は、ポリア達の戦う様子を見て。 (こんな実力の在るチームだったの。 でも、あんな大きなモンスターはヤバそうだ…。 兵士っ、そう、応援の兵士は? まだなら兵士を呼んで来なきゃ!) システィアナとイルガを含めた兵士は、もう其処には居ない。 遺体と負傷者を運んで居るのか。 だが、ポリア達が劣勢では無いが、立て続けにモンスターが来られては、5人なだけに押し返されると彼女は感じたのだ。 さて、彼女が農場区域に向かって直ぐ。 ヘルダーに衝撃波を放ち、マルヴェリータの魔法を防ぐことで生まれたファリファンの隙を突いて、ポリアが走った。 狙うは、ファリファンの体の一部、一番暗く光る胸の場所。 飛び上がる勢いをそのままに、 「えいっ!!」 全力を込めて白銀の剣を突き立てた。 - ヌオオォォォォォォ…。 - 不気味な声を上げてファリファンが苦しむ。 「んっ」 ヘルダーも追撃し、木を利用した三角跳びからファリファンの首を斬った。 ヘルダーが聖水の掛かる武器でファリファンを斬ると、煙りを棒で斬った様になり。 斬られ散る蒼黒いファリファンの体が幾らか消え去る。 だが、ポリアの剣は不思議な力を秘めているのか。 ファリファンの何処かを斬るだけで、淡く仄かな白い光を浮かべてダメージを及ぼす。 その剣が胸へ突き立てられて、ファリファンは断末魔の苦しみにもがいた。 「ポリアっ、やったわ!」 声を出したマルヴェリータに、ポリアは振り返って頷く。 「マルタっ、他のモンスターの気配をお願いっ!」 額から汗を溢れさせたポリアは、大猿と戦うダグラスに向かう。 だが、マルヴェリータはヘルダーを見て。 「待って、先に新手が居るっ」 頷くヘルダーは、マルヴェリータと共に林の奥へ。 ガサガサと枯れ葉や枝を踏んで此方に来る何か。 マルヴェリータは、オーラに禍々しさを感じいて。 「気を付けて、ヘルダー。 確実にモンスターよ」 頷き返したヘルダーは、感知をマルヴェリータに任せて戦う態勢をとった。 その頃。 昨日、林の警備に参加していたジョイスは、エクレアと朝に面会している時にモンスターの事を知る。 軍部の中層部が対応を決めあぐねる最中に、2人は軍部トップの将軍へ面会して話を通すと、判断を預けるや。 知らせに来た兵士や交替兵に、州兵団所属の僧兵数名。 また、エクレアの部下となる魔法兵団に属する魔術師兵を伴い、農場区域へ向かった。 霧が晴れて雲も取れて来て、直にスッキリ晴れそうな空模様の朝だ。 紅い車体の馬車の車内にて、杖を握るエクレアが憤慨する。 「全くっ、あの兵士の中間組織には、毎度毎度イライラさせられるわっ。 モンスターが街の直ぐ側に現れたのに、街の外だの警戒の範囲外なんてっ」 頷きだけ返すジョイスの心中は…。 (ポリアさん、マルヴェリータ、皆、無事で居てくれよ。 頼む) 冒険者の危険は何たるか、それは命懸けで体に記憶を刻んだジョイスだ。 モンスターと戦う事は、常に危険と承知する。 そして、ジョイスとエクレアを含めた兵士達が農場区域へ。 兵士の詰所となる、あの見張りをする兵士が居た屋敷の様な場所へ。 館の中に入れば、遺体は安置室に置かれ。 負傷者はベットに寝かされていた。 一緒に来た僧侶兵は、消毒をしてから魔法で傷は塞がれている処置を診て。 「ふむ、初期治療はほぼ完璧だ。 よし、神殿医院へ運びましょう」 僧兵と兵士で、死体と負傷した兵士を荷馬車へ運ぶ。 この間に、ジョイスは応援の兵士を待っていた兵士に会う。 話を聴けば…。 「あ、あのっ、応援に来た冒険者達がまだ、は・やしで戦っています! 以前も助けて貰った冒険者で、如何しますか」 無論、助けに来たのだ。 ジョイスとエクレアは、その場所へ案内をさせる事に。 林に入る時に、ゾンビが出たと聴いていたエクレアだから。 「ゾンビが出たのに、仲間の僧侶を兵士の治療に残したんだから、魔想魔術師だけじゃ対処は難しいわ。 ジョー、其処に皆が居る筈よ」 だが、それは無いと感じたジョイス。 「いや、元パーフェクトのリーダーと一緒に仕事をした彼等だ。 様々な対処の仕様を聴いてる筈。 聖水さえ在れば、マルヴェリータ次第で対処も出来る。 特に、ポリアさんは聖水も必要は無いだろうし」 冒険者から退いて数年になるエクレアやジョイス。 生暖かい気候で、林の中を兵士と歩くが。 エクレアが一番早く汗を流す。 その汗を手の甲で拭うエクレア。 「対処? どんな仕様よ」 「エクレア、魔法でゾンビを倒すのは常套手段だけど。 遣り様に因っては、武器で攻撃した方が早い。 ゾンビを動かす憎しみや怨みが混じる暗黒の核を、聖なる力を持った武器で壊せばいい」 「それだけ?」 「いや、核の在る場所を知るのは、魔術師や僧侶などオーラ感知が出来ないと無理だ。 でも、マルヴェリータがそれをすれば、ポリアさん達でも十分に対処は可能さ」 「なるほどね」 「寧ろ、兵士と魔術師兵士や僧侶兵士が、そうゆう知識を学んで連携を訓練する事が望ましい。 兵士が上だの、魔術師兵士が上だのと、言っている事が無意味だ」 こんな話をしている間に、ゾンビとポリア達が戦った場所に来た。 ジョイスは、残された塵と装備や服を観て。 「現れたゾンビは、どうやら放置された遺体が成った、怨念型だね。 様子からしても、短い間で決着が着いたか」 オーラを探るエクレアは、 「あら、良く判るわね」 と、やや尖った言い方を。 だが、大猿やらオークの遺体も観たジョイスより。 「ゾンビの残骸も、オークの死体も、然して酷く損壊されていない。 駆け出しの冒険者がゾンビを倒すとなったら、それはもうバラバラに切り刻む様な形が普通だよ。 斬って斬って、動けなくするだけだ。 でも、全てのゾンビが塵に還っている。 核を壊された証さ」 「貴方からは、“駆け出し”って聴いてたけど。 案外、実力は在りそうね」 モンスターの遺体の検分を手短に終えたジョイスは、まだ激しく動くオーラの躍動する方を察して指差す。 「先だ。 先に、モンスターのオーラが在る」 林を先に進めば、其処には【ドラコエディア】と呼ばれる蛇の様な、龍種のモンスターの死体が横たわる。 「なっ、こんな場所にドラコエディアが…。 文献では、アンダルラルクル山より西側の山野のみの棲息と在ったのに…」 驚くジョイスだが、急に更なる前に向け顔を上げた。 「魔法だっ」 エクレアも、魔法が発動されたとオーラから判る。 「まだ生きてるっ」 兵士が10数名、魔術師兵2名、ジョイスとエクレアを加えた20余名は、早足で林を駆け抜ける。 そして、目立つそこそこの木を2本ばかり切っただけだが、伐採された倒木を乗り越え下りの緩やかな斜面を降りた所で。 「居た!」 兵士の1人が声を出す。 その声を聴いて、ポリア達も振り返った。 「ジョイス様? それに、エクレア様も…」 汗だくのポリア達は、狼のモンスターの死体を前にしていた。 「おおっ」 ビックリするのは、兵士達の方だ。 10体以上のモンスターが倒されていて、ポリア達に犠牲は無い。 ポリアとマルヴェリータ、ジョイスとエクレアが相対する。 「大丈夫だったか、良かった」 安堵したジョイスに代わり、ポリアがエクレアに。 「マニュエルの森のモンスターだけじゃ無い。 弱い方だけど、アンダルラルクル山のモンスターも来てます。 早く、調査をする必要が在ると、このままじゃ、街がっ」 腕や頬に薄い傷が有り、血が滲むポリア。 戦いが生温くは無かった事を窺わせた。 「これだけモンスターが来たならば、軍部も腰を上げない訳には行かないわ。 モンスターの遺体の検分をして、私から報告するわね」 ポリアも、マルヴェリータも、必死の面持ちで頼む様に頷く。 本日のモンスターの襲来は、此処で目処が立った。 応援の兵士達と魔術師兵は、新たなモンスターが来た場合を考えて、この現場に残して警戒させ。 ジョイスとエクレアはポリア達を伴い、街の外周の道まで戻る。 ジョイスとエクレアは馬車にて、警備する兵士達が待機する館へ。 一方のポリア達は、迎えに待っていた荷馬車にて、郊外の基点する館に戻る。 ジョイスとエクレアが館に向かうと、警備兵の小隊が到着していた。 指揮官の隊長に、林の奥で警戒する兵士の事を伝えて、2人はそのまま政府本部が在る街の中枢へ。 一方のポリア達は、館に待っていたアルマや依頼主の薬師や狩人達と会う。 老人の薬師は、ポリア達を見て気が抜けた様に椅子へ座り。 「はぁぁ、無事じゃったか」 だが、ポリア達も打ち身と云うか、打撲で痛い所も在れば。 薄皮を切った傷も見て解ると在る。 簡単な消毒はしたが、アルマと話しながらしっかり治療を始める。 狩人の中年女性は、 「このポリア達は、強くて助かったけど。 これがそうじゃ無かったら、私達にも被害は出た。 アルマさん、今回の採取はこの辺りにして、様子を見てはどう?」 と、意見を出す。 処が、病気で休んでいた年配男性の狩人より。 「いや、彼等が強いならば、もう少し採取をしよう。 先に採取した中の原料には、これから採取する予定だった原料と合わせて薬に出来るものが在る。 一部の採取した薬草などが、此処で採取を止めると無駄になるぞ」 これに、老婆の薬師が。 「それならば、前にも言ったが。 他の薬師に流せば良かろう。 他にも、林に分け入った薬師や狩人は居るわい。 そっちに渡した方が、安全じゃろ?」 老婆の意見に、若者の狩人も、老人の薬師も賛同する。 然し、渋みの在る顔付きの、中年男性の薬師より。 「いや、それは足元を見られて安くしか売れない」 老人の薬師は、 「それでもエエよ。 危険より高いものは無い」 と、もう止める気を見せる。 「ジさま、それは逃げだ。 全ての原料を揃えれば、1番高く売れる薬の原料だぞ」 「じゃが、あの薬を調合する事が出来るのは、ワシか。 向こうの婆さんだけじゃぞ」 「だけど、今回の仕事は、この6人が分け前を当分する約束で決まったじゃないか」 年配の狩人も。 「そうだ。 そっちだけで勝手に終わらされては困る。 此方にも、それなりの見込みが在るんだ」 依頼主が別れて言い合いをする様子は、ポリア達も困る。 ゲイラーは、ポリアに寄ると。 (なぁ、仕事はどうなるんだろうか) (さぁ、こんな状態に成るなんてね。 どうせならば、明日か明後日まで採取に行っても構わないんだけど。 兵士が助けを求めて来た時が、1番の心配よ) (ん、確かにそうだな。 でも、あのジョイス様や炎のフレアが居るんだ。 俺達に助けを求めなくても大丈夫な気がする) 2人がヒソヒソと話す間にも、依頼主の間で意見が別れる。 「とにかく、今日は休みしても、明日は採取に行きたい。 見分けられる婆さんやジさまも、一緒に来て貰いたい」 「そうだ。 あの薬の原料さえ揃うまでで良い。 そうすれば、我々も来年までは無理せずとも生きて行けるし。 冒険者にだって、更なる追加報酬も多く払える。 モンスターが出る今、この冒険者のチーム以外では採取も難しい。 是非、明日の1日だけでも…」 ポリアが館に戻ったのは昼前の事だが。 それから始まった話し合いが午後を越えて夜まで続いた。 夜更け前には、先にポリア達全員が寝る。 やはり、戦い抜いた一時だけでも疲れたのだろう。 然し、真夜中となりダグラスがトイレに起きた時に、一階では依頼主の間でまだ話し合いが続いていた。 (生活と欲ってのは、結構な近さのお隣同士なんだな。 一旦、様子を見るんじゃダメなのかね) 外の厠へ向かうダグラスは、裏口から出て行きながらそんな事を思った。      * 9日目 * あのベロッカと冒険者の一団は、西側への街道を外れ、草原の中を抜ける野道を歩いていた。 ウォルムの都より真西に向かって行くと、其処には低い山々が南部に向かって連なる山野森林地帯が広がる。 その山野や森林には、かなり古い頃から農村や集落が点在するとかで。 その住民がウォルムへ向かう過程で出来た参道が、何本かミストレスの森付近まで続いているのだ。 その地面が剥き出した野道を行く冒険者達。 今日は誰もがマントを脱いでいた。 相変わらず、先頭を行くのはベロッカだ。 その左右には、無精髭を生やす冒険者らしき中年男性が2人。 ベロッカも人相が悪いが、此方の2人も似たり寄ったりの悪さだ。 直ぐ後には、ニーシャと呼ばれていた黒髪を首周りで切り揃えた女性と、ホクヒなるエルフの血を引いた男性。 そして、クリントンなる美男が並んでいた。 その直ぐ後には、サガントと云った魔術師らしき男性が続き。 最後尾には、モウダーと云う長身の戦士と、陰りの窺える落ち着いた印象を受ける女性の僧侶が並ぶ。 その、大人びて落ち着いた印象ながら、何処となく陰りの在る女性僧侶は、ポリアやマルヴェリータの様に一目で美人とは思えないのだが。 痩せた体にしては、主張する女性的な肉体や物静かな陰りから醸される色気が、男性の心を擽るものが在る。 ベロッカの後を着いて行く男2人が時折に彼女を隠れ見るのが、ニーシャにはとても気味悪かった。 長身の戦士モウダーは、片手用の手斧を2振り腰に下げていて。 長身で筋肉質の体格にして、何処か優男感を持つ。 「コロン、疲れたか?」 並ぶ僧侶に声を掛けると、杖を手に薄蒼いローブを纏う女性僧侶コロンが。 「大丈夫よ。 旅馴れてるから、これくらいは。 それより、リキッドさん達を置いて来て大丈夫だったの?」 「それを云うなよ。 俺は、この一仕事に賭けたいんだ。 成功すれば、君と所帯を持って冒険者を引退するつもりだ」 「ねぇ、モウダー。 私は、貴方と一緒に成ることに躊躇いは無いの。 何も、こんな無理なんかしなくても良かったのに…」 「いや、俺が、落ち着いた生活に憧れたからだよ。 冒険者を16の頃から始めて、もう直ぐ20年。 流石に疲れた。 もうそろそろ、腰を据えたい」 「それは、私も同じだけれど…」 話を聴くに、この2人は恋人らしい。 冒険者を引退する為に、大きく稼ぎたいと云うのだ。 良く在る話だが、斡旋所を通さない依頼に食い付いた処は、一般の常識からするとかなり強引だ。 それを良しとしたこの長身な戦士モウダーは、性格がそうゆう事も気にしない人物と云う事なのか。 「………」 黙るコロンと云った僧侶は、知識の神とされる老人の賢者が刺繍されたローブを着ている。 知識の神を信仰する者が、こうした不正スレスレの行為を好む訳はない。 だが、彼女が目を向けるのは、前だ。 ただ単に、前を向いているだけの様にも見えるが。 (ニーシャ、貴女までどうして? 私は、モウダーに添い遂げるつもりだから来たけど。 貴女は、リキッドさんを見捨てるの?) ニーシャなる、前を行く女性冒険者の事を想ったコロン。 リキッドとは、誰なのか。 どうやら、このモウダーやコロンと云う2人は、ニーシャと云う彼女とはチームの仲間の様に見える。 モウダーの事を、 “リーダーとして認められない” こう云ったニーシャ。 一体、この冒険者達はどうして仲間を置いて来たのだろうか…。        ★ この日、ウォルムの街には通り雨が来る。 流れる雲が南から東へ。 時々、サッと降っては長く続かない雨だ。 館に居るポリア達は、待機していた。 依頼主の間での話し合いに決着が見えないからだ。 眠りから覚めたマルヴェリータが、朝の軽い貧血でボーっとしている。 大テーブルに就いたマルヴェリータは、椅子に座ったままウトウトするシスティアナの上掛けを直し。 「ね、ポリア…」 「なぁに、マルタ。 貧血で、顔が白いわよ」 「ふぅ、お酒・・悪かったかな」 「で、何?」 ゆっくり脇を見たマルヴェリータは、ダグラスやイルガがまだ寝ていて。 男性で起きているのはヘルダーのみ、と云う2階の有り様を眺めながら。 「今日、動かないのかしら…」 パンとスープに軽い前菜を食べたポリアは、窓の外の空を見る。 「かもね~。 下の1階じゃ、アルマさんと依頼主の皆さんがまた話してる」 髪を軽く撫でたマルヴェリータで。 「何で、纏まらないの?」 「ん~。 アルマさんや依頼主の2人は、出来るだけ採取をして欲しいみたいよ~。 モンスターを排除するにも、私達ならば出来るからして欲しいって」 「ふぅ~~ん。 で?」 「でも、お爺さん、お婆さんの薬師さんに、女の人、若い狩人の方は、無理をしたくないみたい。 モンスターの一件を兵士達が調べて、落ち着いてからにしたいって」 ボーっとするマルヴェリータだが、双方の考えが解らないでも無い。 「商人のアルマさんは、出来るだけ・・品を確保したいものねぇ」 「そ。 それに比べて、現場で採取する狩人や薬師さん達としては、モンスターが当たり前に出る場所なんか危なくって仕方無いもの。 それは、意見が別れるわよ」 「確かに」 「って云うか。 昨日の夜に、薬師のお爺さんと御婆さんが言って来たけど。 採取した量からして、利益に換算したら見積もりの倍以上は行ってるって。 来年の事や危険を踏まえると、もう焦ったり、無理はしなくていいって」 「あら、そ~なの」 「只、もう少し遣りたい方は、無駄をしたく無いみたい」 「“無駄”って、何?」 「このまま採取を終わらせちゃうと、これから採取する予定だった物と合わせて造るべく採取した物が、労力に比べるとタダに成るみたい」 「あら、それは何だか勿体ない気がするわね」 「うん。 正に、それ」 「無駄にしたく無いのね?」 「って云うか。 足りない材料と合わせて造れる薬って、稀少価値が高い薬で。 かなり高く売れるんだってサ。 だから、兵士が入って林の安全が幾らかでも確かならば、もう少し採取したいみたいね」 「損得の濃淡が微妙ね」 「そ。 然も、もう少し採取をしたい側にすると、薬草やら薬の原料に詳しいのは、お爺さんや御婆さんの薬師さんだもの。 一緒に来て欲しいのに、2人の薬師さんは怖くてイヤだって、ね」 「ふぅ、モンスターに振り回されてるわ」 「言えてる」 2人して見合った其処へ、ノックがされて2人とヘルダーの視線が一点に向く。 「入るよ」 現れたのは、アルマだった。 普段は化粧もして色気の在る女性だが、本日は疲れた様子が一目で解る。 目尻にシワも見えて、徹夜でもしたのか。 アルマはポリアの前に来ると、空いた椅子へドッカリと。 「ふぅ~~」 水差しを手にしたポリアは、グラスに注いでからグラスをアルマへ。 「話し合いは終わった?」 グラスを手にしたアルマは、片手で額を押さえると首を左右に動かし。 「ダメだね。 2:4に別れて話が歩み寄らない」 水を飲むアルマ。 「その2人って、求めてる物を自分で判別が出来ないの?」 グラスを置いたアルマは深々と頷き。 「まだ採取してない物が、1番重要で稀少な材料。 似たような雑種も在るみたいだからね。 あの2人は、ご年配の2人に来て貰いたいたいの一点張り」 と、頭を抱える。 ポリアは、そんなアルマを見て。 「処で、アルマさんの本音は、採取を続行してして欲しいんでしょ?」 だが、アルマは頭を左右に降った。 「正直、決められないんだよ。 モンスターがあんなに出るなんて、思いもよらなかった。 採取を強行したい2人が主張する場所は、モンスターの驚異が近い森と成る辺り。 金の為には行きたいが、あの6人の安全を考えると安易に“行け”とは…。 幾ら商人だからと、死体と交換に利を追い求められないよ」 マルヴェリータは、温い野菜のスープを寸胴鍋よりよそいながら。 「その強引な2人の意見を、どうして相談役のアルマさんが無視を出来ないの?」 「ん~~、今回の依頼を一つにする約束には、依頼を出した全員が望む物を採取するとしてしまった。 だから、依頼をまたバラす訳にも行かないんだよ」 「その求める原料って、そんなに奥へ行かないとダメなの?」 「話しでは、林が密林に変わる狭間の所辺りだと。 但し、モンスターが出没している辺りと重なる」 此処で、スープをスプーンで弄るマルヴェリータは、ポリアに向いて。 「ポリアは、行っても構わないって…。 見分けられる誰か、1人でも来て貰えれば・・・ね」 頷くポリアは、窓の外を向く。 (依頼って、こんな感じでも長引く事が在るのね。 ケイみたいに予定を組むのも、経験や実力が伴うんだわ。 はぁ………。) 溜め息を心の内で吐いたポリアは、アルマの為に。 「とにかく、お爺さんか、お婆さんの、どちらかでも1人を説得してみたら? 私達は、宿代から食費まで浮いてるから文句は無いけれど。 依頼を終わらせられないんじゃ困るし。 アルマさんだって、無駄な出費が嵩むでしょ?」 「ん、そう理解が有ると助かるよ。 若いアンタがリーダーだから、我が儘だと困るって思ったけれど。 此方の方が迷惑を掛けてるね」 席を立つアルマは、また下へ向かった。 夕方、まだ曇りの所為か暗くなるのが早い。 強い南風と雨が来た頃か、アルマがまた来て。 “明日、もう一度だけ採取に付き合って欲しい。 それから、ポリア達が採取した換金物は、今回だけ私が買い取る事に成っている。 その金も、後で追加報酬に加えるから。 安心して採取に付き合ってくれ” こうして、明日も林に入る事に成った。     * 10日目 * 本日のベロッカは、どうしているか…。 首都ウォルムを出てから3日。 ベロッカは、人気の全く無い場所で立ち止まり。 「ふぅ、着いたぞ」 ベロッカと一緒に来た冒険者達は、夕方前と成った頃か。 眼下に見渡せる森の前に来た。 一行が居るのは、草の丈が大人の腰辺りまでに成長した草原。 ウォルムの街の周辺ではまず見ない景色だ。 戦士モウダーは、森を眺めて居る。 代わって、陽の光に当たると髪に赤い艶を持つニーシャより。 「で? まさか、夜から森へ向かうの?」 疑る横目からの眼差しは、ベロッカの言動を何一つ見逃さないと云わんばかりだ。 然し、すんなり頷くベロッカだ。 「今は、夕方だ。 丁度イイ」 耳を疑うニーシャ。 「本気なの? 夜に成ったら、モンスターが…」 だが、ベロッカは右手の人差し指を立てて左右に振る。 「ミストレスの森には、今の時期だけに湧くワームのモンスターが居る。 数が半端なく多く、真っ向から相手にするとヤバいモンスターだが。 コイツ、体温の低下に弱くてな。 動き回るのは、陽射しの有る日昼だけなんだ」 「そのワームを遣り過ごす為に、今から山に向かうの?」 「そうだ。 今日の午前をゆっくり休みにしたのは、その為だ」 其処へ、戦士モウダーが割り込む。 「おいおい、果実を探すだけで骨が折れるんだろ? 夜中に山林へ入っても、帰るのは昼間に成るんじゃないか?」 モウダーの話を受けたベロッカだが、その顔は些か渋く。 「いいか、甘く考えるなよ。 今夜で採取が終わると思うな」 「何だと?」 「狙う杏や薬草は、この森を抜けて行った更なる先、谷を抜けた山のやや奥だ。 先ずは、この森を抜けて山に入るまででも、それなりに時を要する。 それから山の奥に向かうんだ、現場に向かうまでだけでも朝方には成るだろう」 「かなり危険な道ってことか?」 「そんな楽な道に、依頼主も大金なんか叩くか。 金額に見合う危険は伴うさ」 美男のエルフ族のホクヒより。 「で、御宅達が持っているのが、秘密兵器って訳なのかい?」 ベロッカは、自身の荷物に一瞥を向けると。 「そうだ。 ワームは眼が退化しているらしく、臭いや音なんかで獲物を探しているらしい。 俺や知り合いに持たせた特殊な虫除けの原液は、ワームの毛嫌いする臭いを放つ。 とにかく、夜に山の奥まで向かって、其処で野営する場所を作る。 それだけでも、朝に成るかも知れない」 金髪の美男の剣士クリントンは、用意の周到さに感心し。 「流石、経験が在るって云うだけ在るね。 準備もバッチリじゃないか」 数日前に来て、逃げ出した様なベロッカだ。 “同じ轍”を踏む様な真似はしたく無い。 「誉められるのは悪く無いが、それは仕事を成功させてからにしてくれ。 さ、虫除けを焚く。 全員、煙りに当たり臭いを衣服へ移せ。 今の時期は、血を吸ったり、汗を舐める生物も多い。 怖いのはモンスターだけじゃなく、病気も、だ」 やっと咳が治まり、熱も引いた。 高い妙薬を買って飲んだのが効いたらしい。 何度も病気はイヤだと、高い虫除けを用意したベロッカ。 このベロッカの用意の良さに、モウダーと云う斧を持つ戦士は。 「用意がしっかりしていて助かる。 早朝に旅立たせて悪かったな」 「いや、お互いに事情は在るものだ」 相手の事情を汲んだ様に見せたベロッカだが。 この戦士モウダーや剣士にして狩人の技能も幾らか有するニーシャの申し出で、明け方に旅立つ事を提案され。 おうむ返しの如く飛び付く様に受けたのは、誰かに出立の姿を見られたく無かったからだ。 (なるべく早く、街を旅立ちたがったが。 ほぼ誰にも見られず旅立てた。 この機会を是非に物としてやるぞ) 虫除けを焚くベロッカは、この機会を逃して次は無いと感じた。 自分以外の全員が死のうと、それでも構わないと考えた。 実は、朝方にはウォルムの街を出立する為に、徒手空拳とばかりにベロッカは強盗を働いた。 夜中に店へ押し込み、夜勤で見張りをする店の下働きを殺し。 必要な道具を盗んで来たのだ。 この時に盗んだ物には、とても高価な病気に効く妙薬も有った。 ベロッカの病を治す方向へ向かわせたのは、人殺しをして得た薬。 今、使う虫除けも、持ち込んた干し肉なども、そうして手に入れた物だった。 この遣り方からしても、ベロッカは自棄っぱちの賭けをした事が解る。 この先、一体どうなるのか…。        ★ 一方、この日のポリア達は…。 早朝の薄暗い頃から農場区域の側面となる林に入る。 本日は、6人の依頼主が全員着いて来た。 アルマの説得で、身寄りが少ない老婆の薬師が同行する事になり。 ポリア達がモンスターと戦う間に、中年女性の狩人が依頼主となる仲間を避難させると着いて来る事に。 老婆の薬師は、これまでに薬を作ることで疲弊していた。 心配になり老人の薬師も来ると云えば、1人で残るのは体裁が悪いと若者の狩人も来ることに成った。 結局、同じ面々で在る。 林に入り、南南西に向かって奥へ、奥へと。 向かうのは、モンスターがやって来るだろうと云う、伐採された木の点在するルートより。 更に南西へ向かうルートだ。 だが、これから向かうのは、林の奥に広がる森でも特に危険で。 モンスターが来る前からも、年に数人の薬師やら狩人が行ったままに戻らない場所と云う。 さて、ポリアやダグラスと先頭を行く中年女性の狩人は、大勢の人の足跡を地面に見ていて。 「昨日、随分と兵士が奥へ向かったみたいだ。 枯れ葉がメチャメチャに踏まれてるよ」 頷くのみのポリアは、薬師の老婆を見守って先に行く。 まだ陽射しが少なく薄暗いのに、地面の枯れ葉を見て何が判るのか、とダグラスは観察するや。 「確かに、枯れ葉が踏みにじられてる。 なるほど、これも痕跡ってか」 「あぁ、そうさ。 あ、ナヌカ栗だ」 中年女性の狩人は、夏に向けて実を付ける変わった栗を見つけると。 「翁、婆さん、採取するかい?」 ゲイラーの拳ほどに大きなナヌカ栗は、渋みが強くて茹でたくらいでは食べられない。 然し、塩水で圧力を掛けて茹でると、渋みも抜けて食べられる。 ナヌカ栗は、栗より芋に味わいが近く。 煮込みやらデザートに使われ、一部の胃薬にも使われる。 高値には成らないが、数が有ると重宝する。 ゲイラーやシスティアナに見張りを任せて、マルヴェリータに明かりの魔法を頼むと。 ポリア、ヘルダー、ダグラスは採取の手伝いをする。 木登りが得意なポリアとヘルダーは、高い上まで上がり栗を揺さぶり落とした。 マルヴェリータと一緒に居るイルガは、ポリアが軽々と上へ上がったのを見た。 マルヴェリータは、オーラからまだモンスターの気配は無いと察するや。 「ポリアって、体を動かす事には何でも馴れるのね。 あんな高い所まで、ロープ一本で…」 「幼い頃、嫌なことが在るとな。 あぁして、良く楠に上って居られた。 少ない逃げ場だったのだろう」 「あら、イルガが側に居たのに?」 「お嬢様の嫌なことの大半は、お生まれの血筋に関わることよ。 表立って守る事とまた違う故に、私も見ていて歯痒かったわい」 マルヴェリータも、家は“超”の付く大富豪と言って良い商人だ。 幼い頃から衣食住には苦労をしなかった反面、押し付けられる事も多くて窮屈な人生で在った事は忘れない。 だが、家柄だの、金と権力が暮らしを支えて居るのだ。 普通のままでは居られない。 (ポリア、貴女は冒険者に向いてるわ) 明かりの当たる場所を確認するマルヴェリータが沈黙しながら思う。 落ちた栗の中身だけを集める老婆や老人。 降りてきたポリアは、周りにビクビクしている若者の狩人の肩を触り。 「モンスターが来たら真っ先に逃げていいのよ。 だから、それまでは採取に集中して」 「あ、はいっ」 栗を採取して、更に奥へ。 そして、陽射しが斜めより入る様になり。 雑木林の木の間隔が疎らとなり、密集したり、倒木がそのままに成っている様に成ると。 林の様子を窺い見るダグラスが。 「なぁ~んか、林の雰囲気がチョット変わったか」 地面に積もる枯れ葉の質感が変わり。 種類が様々な広葉樹の生える様になる。 良く解らないポリアだが、老人や老婆に。 「この辺りにも、採取が必要な物が在るの?」 老人の薬師が。 「久しく来れなかった場所しゃ。 求める原料ではないが、出来れば欲しい物は在るじゃろうな」 だが、何でも薬の原料が欲しいのは、薬師や狩人なら当然だ。 「少し採取しよう」 採取の強硬を言い続けた中年男性の薬師が云えば、年配男性の狩人も同意した。 各々に生活が在るから仕方無く。 早々と必要な物を採取して終えた者とそうで無い者に、気持ちの温度差が生まれるのも仕方が無い。 若い狩人は、まだその辺りを慮るまでに無いが。 年長の老人と老婆の薬師は、皆の諸事情も察すれるのか。 文句も言わず、ゆっくり採取をしながら判別をしてくれる。 その様子が解るから、ポリアは度々に。 「判別に着いて来てくれたお婆さんやお爺さんを、必要以上に働かせないでよ。 採取は、他が頑張るの」 こう言っては、自分でも採取を遣って見る。 (ケイって、世界の全ての動植物からモンスターまで知ってるのかしら。 あの山の中で、薬草を採って来たし…) 自分では、陽射しの入る隙間に生えた雑草と薬草の見分けがイマイチ着かない。 だが、システィアナやヘルダーは見分けが着くのか、老人や老婆が頷いている。 (ぬ゙ぅ、薬草の見分けぐらいは私でもっ) ムキになるポリアは、木の実の採取にも挑戦する。 身軽なポリアだから、此方は難もなく余裕だった。 そして、採取も終わるや。 「さ、まだ奥へ行くのよね」 と、歩き出すポリア。 だが、ヘルダーがその腕を掴み。 「へぇ?」 「っ、っ!」 ポリアの左側を指差したヘルダー。 マルヴェリータが、やや呆れた眼をし。 「ポリア、向こうよ」 「あら、あらら」 方向音痴は相変わらず。 似たような景色が続くから、ポリアはムカムカ。 「景色が悪い、景色が悪いぃ」 だが、生真面目なヘルダーは、兵士が踏み散らかした枯れ葉を指差し、向かった方向も解ると教える。 「ゔぅ、ヘルダー。 こんなので方向が解るの?」 頷いて先を示すヘルダーは、他にも、ものさし代わりが在ると教える。 だが、ちんぷんかんぷんのポリアは、頭を抱えて皆に笑われた。 さて、林の奥へ向かうこと、どれくらいか。 斜めだが陽射しが林の中へ十分に入る頃。 見る限り、地面が湿っている様になる場所に来た。 木々がかなり間隔を空けて生える間に、岩がボコッ、ボコッと突き出している。 問題は、その地面で…。 「うわっ、何だぁっ?」 岩と岩の間を行こうとしたダグラスが驚いて、パッと後ろに飛び退く。 「どうし、えっ?」 問う途中で、ポリアも強烈な違和感を覚え下を見た。 「え? な、ナニ?」 その歩く感覚たるや、高級なベットを歩く感覚そのもの。 黒い地面が柔らかい布団の様になり、足を置いた地面がへっ込んだ。 老人の薬師が、ポリアの横に来て地面を見ると。 「不思議じゃろ?」 「お爺さんっ、この地面ってナニっ?!」 声が上擦り、ポリアが怖がる。 頷く老人は、ポリアの横からやわらかい地面を歩く。 「この場所の地面だけ、丸で布を重ねたみたいに柔らかいのだよ。 一説には、下に水が流れている所為とか。 魔物の所為とか言われるんじゃがな。 詳しい事は、良く解らないんじゃ」 其処に、別の岩の間を行く老婆から。 「この柔らかい土にだけ生える草に、目的の薬草の1つが在るんじゃよ。 他にも、変わった苔や菌類も採取するとお金に成るんじゃ」 昨日まで依頼主が別れて言い合っていた目的の物の一部は、この場所に生える植物や菌類だった。 老人と老婆に他の者が習い、様々な物を探して採取する。 早く終わらせたい者、金を稼ぎたい者、採取の無駄を無くしたい者と。 それぞれに無心となり、会話も少なく採取に勤しむ。 そして、変わった場所には、変わった植物が生えるのだろう。 「あ、マッツサム草だ」 「ん。 まだ生えていた」 時期が終わったかに思えた薬の原料を見つけたり。 「おい、粘菌の【ダリトリ】が動いている。 近付くな」 緑色をした【動く菌】を見掛けたり。 来て正解と思わせるモノが見付かる事は、それに合わせた危険も在る。 珍しい草を探す渋い容貌の薬師の男性が、更に草を探して大木の方へ向かい。 ポリアは慌てて捕まえる。 「待ったっ!」 襟を捕まれ首筋に服が掛かり、苦しく成った彼は解放されるなり。 「何だっ、採取するだけだ!」 怒鳴り返して来る。 だが、ポリアはマルヴェリータが指差すのを示すと。 「落ち着いて、あの木にはショモンナが居そうよ」 木漏れ日で陽射しが入る林だから、明かりはまだ点けてない。 虫除けは衣服に浴びたが、森まで行かない予定から安いものだ。 「ショモンナ・・」 薬師の男性が言う。 一方、狩人の年配男性が、 「ハッタリじゃないぞ。 あれ、木の奥を見てみろ」 と、巨木の裏側に近い暗がりを指差す。 システィアナは、ゲイラーの後ろに隠れていて。 「死骸ですぅ、モンスターの死骸みたいですぅ」 繰り返し言う。 ヘルダーは、開けた木々の脇を見ていて。 “迂回して行くか?” こうポリアへジェスチャーする。 「ショモンナには悪いけど、ちょっと退いて貰いましょ。 虫除けを焚いて」 火を熾こし、虫除けを焚くやショモンナが擬態を解く。 「ゴメンね」 逃げ去るショモンナに言うポリア。 だが、大木の影を見た中年女性の狩人が。 「うわっ、ナニこれ」 ヘルダーとダグラスが確かめに行くと、けむくじらの体毛を持った動物の体みたいなモノが。 ヘルダーは、 “マニュエルの森に居るあの大猿の足だ” と、ダグラスに。 「ホントだ。 これは、あの大猿の足に違いない。 ショモンナは、これを喰ったのか」 モンスターでも食べるとマルヴェリータが言ったが、本当に食べていた。 さて、それから採取を終えるや、また出発する。 陽射しが真上からとなり、密林となり変わる狭間に来た。 蔦が木々の間を編むようになり、所々では細い木々と草が密集して生える。 年配の狩人は、歳からか少し疲れた顔色ながら。 「よし、着いた。 欲しい原料が在るのは、この辺りだ」 と、荷物を降ろす。 ダグラスやヘルダーやゲイラーも荷物を降ろした。 ポリアも荷物を降ろして、 「お爺さん、お婆さん。 求める原料を探して。 一緒に回るから」 と言う。 場所は、森に踏み込む様になる。 自然の脅威は、モンスターと同じく恐ろしい。 だが、出来るだけ今日で終わらせたい依頼主側だ。 だから、夕方までに手分けして採取を行うとする。 オーラの感知が出来るシスティアナとマルヴェリータが別れ、二手となり探す事に。 その最中でも、自然の驚異は垣間見える。 例えば。 繁みを行く老婆の服をシスティアナが掴む。 振り返る老婆へ、システィアナが。 「何か、前で死んでましゅ。 それに、何か一杯いましゅ…。」 「死んでる…。 何じゃろ」 同行するゲイラーとダグラスに、年配の狩人と若い狩人。 警戒しながら繁みを進むと、皆の耳に“ブ~ン”と羽音がした。 そして、立派な大木が近付き、開けた場所が見えると…。 「あ、バルバリ蜂じゃ」 老婆がハッと何かを思い出して言う。 ダグラスが。 「蜂? 蜜蜂とか、足長蜂みたいなヤツ?」 処が、慌てるのは年配の狩人の方。 「そんな小さいヤツじゃないぞ。 バルバリ蜂は、赤子くらいに大きく。 動物でも、モンスターでも喰らう蜂だ。 不味い、婆さん。 違う方に行こう」 大木の根本に巣を作る習性が有るバルバリ蜂は、数百匹ほどの群を作る。 巣穴は大きく、地下に深く穴を掘って巣を築くのだそう。 だが、繁みより出ないで大木を迂回していると。 「きっ、来たぁぁ…。 あわわ…」 システィアナが俄に慌てる。 老婆が皆に。 「静かにっ、腰を低くして」 ゲイラーですら腰を屈めて繁みに埋没した。 すると、不快な羽音がして、蜂が頭上に現れた。 ダグラスは、本当に小型の犬みたいな体長の蜂を見て。 「うぇぇっ、デケぇ」 現れた蜂は、斑の黒と黄色の模様をし。 その牙が小型のナイフの様に見えた。 ゲイラーは、老婆に。 「毒も強いのか?」 頷いた老婆。 蜂を見上げながら。 「あの蜂の毒は、エラい怖いんだぁ~。 刺された直後に腫れ上がり、倍に脹れる。 処置が遅いと、切断しなければ成らん」 「マジかよ」 偵察に来た蜂が戻ると、更に遠回りして迂回する。 その途中で、様子を見ようと顔を出したダグラス。 巨木の根本周りに、何やら白いものが転がるのを確認。 「根本の周りに、白いモンがゴロゴロしてるゼ」 すると、先頭を這う年配の狩人より。 「そうだろうよ。 餌にされた生物の骨だ」 「い゙っ、骨ぇ?」 「あの蜂は、動物の体を牙で解体し、巣穴へ運び込む。 小さい蜂みたいに肉だけ運ぶ訳ではないんだ。 巣穴で肉だけを幼虫が喰らうと、ゴミとされた骨は巣穴の外へ。 その臭いに釣られて来た肉食獣ですら、新たな獲物にする」 「ゔぇぇ、モンスターみたいだ」 怖い蜂を避けて、採取をする一方が在らば。 別のポリア達は。 「あ、洞穴」 ポリアが地下に下りる洞穴を見付ける。 「窪みって思ったけど、洞穴…」 マルヴェリータが言う。 「魔術師っちゅ~のは、便利な能力をもっておるな」 老人の薬師が洞穴へ近付く。 此方の方には、ヘルダーやイルガが一緒に居て。 中年女性の狩人に、中年の薬師の男性も一緒で。 「洞窟は、今回はどうでもいい」 やや年配の様な苦味の効いた顔の中年男性の薬師は、目的の原料を探そうとする。 だが、苦笑いのポリアと共に、洞穴を覗こうとする老人は、 「せっかちなヤツじゃ、さっきも助けられたクセに」 と、ポリアと並んで暗い洞穴を覗く。 「かなり暗いわ」 ポリアが言えば、老人も同意する。 然し、マルヴェリータが、 「でも、中に何かが居るわ。 然も、死のオーラが蟠ってる」 と、自身のステッキに光の魔法を宿す。 「おおっ、明るいわえ」 老人の薬師が驚く。 だが、光が洞穴の中を照らすや。 「うわっ!」 「ひぇぇっ」 「きゃっ」 ポリア、老人、マルヴェリータが、同時に驚いて後ずさる。 「どうしたの」 「お嬢様っ」 「っ?!」 中年女性の狩人、イルガ、ヘルダーが集まる。 驚いたポリアは、また洞穴の方に近付くと。 「あ、アレって・・モンスター? ねぇマルタ、モンスター?」 驚いて魔法の集中が途切れ掛けたマルヴェリータだが。 何とか維持して、前に少し出ながら。 「モンスターの気配は、しっ、しないわ」 其処には、体の半分が溶かされて腐敗したオークの死骸が横たわる。 そして、オークの体には、真っ黒いドロドロの粘液めいたモノが蠢いていた。 中年女性の狩人は、その様子を見て。 「あれは、“捕食粘菌”の【ヌヒュマグ】だよ。 モンスターを食べるなんて聴いて無かった…」 粘菌がオークを溶かしながら食べている。 そんな様子を見て、ポリアは首を左右に動かすと。 「空腹が止んだわ。 休憩は、もう少し後にしましょ」 マルヴェリータも同意と返した。 が、其処に。 「うわぁっ、なんだぁぁぁっ!!」 先に森の方に来へ行った中年男性の薬師の声が上がる。 「えっ?」 慌てたポリアとヘルダーが、一気に走り出す。 そして、森の繁みに入るや。 「助けてくれっ、冒険者っ、此処だっ!!」 声を頼りに繁みを掻き分けると、激しく揺れる木々が在る。 「どうしたのっ」 ポリアとヘルダーがその揺れ動く繁みの先に出ると…。 「あっ!」 森の木々が暗闇を作る彼方此方の根本に、ポッカリと洞穴がボコボコ空いていて。 その空洞より、音もなく粘菌が溢れ出だしていた。 その木々の最も手前となる小さな穴に脚を取られ、細い木を掴んで暴れる薬師の男性。 ポリアは粘菌の巣窟と化した場所と察し。 「ヘルダーっ、一気に引っ張り出すわよっ!」 頷いたヘルダーと2人して、男性の衣服を掴む。 そして、何とか引っ張り出してや。 その足を掴む様に絡み付く粘菌をナイフで斬って放し。 開けた場所に連れ出して、更に厚手のズボンの裾も斬って捨てた。 流石に、ポリアもムカッとして。 「危険を承知で採取に同行してるんだからっ、焦らないで!! 家族が居るのに、死んだらどうするのよっ!」 中年男性の胸ぐらを掴んで怒鳴る。 家族に何て言えば良いか解らないと、真剣に怒る処はポリアらしいと云うか。 「済まんっ、わ、悪かったぁっ!」 若い娘に怒鳴られた男性だが、流石に一人で先走った後ろめたさは在る訳で…。 老人の薬師は、 「命が在っただけ有り難いのぉ。 それ、足の皮膚が真っ赤じゃ。 履き物が溶かされたら、もう片足は切断じゃったな」 裸足と成った片足に、薬を塗って布を巻いた中年男性に、老人の薬師は足形に切り出した木の皮を宛がい巻いた。 応急処置にしてはちゃんとしていて。 それから探し回ること少しして、目当ての原料になる草や種を採取する事が出来た。 夕方前には、二手に別れた双方が落ち合う。 「システィ、大丈夫だった?」 ポリアが訊ねると、システィアナはイルガの頭を指差して。 「おっ・・きな蜂でしゅっ! こんな、おーーっきな蜂が居ましたっ」 引き合いに出されたイルガは、自分の見えない頭を見上げる。 禿げた処を指差していたから、ダグラスは堪え切れずに笑う。 然し、マルヴェリータは粘菌の恐怖が在っただけに。 「大丈夫だったの? 刺されたりしなかった?」 マルヴェリータとシスティアナが話す。 其処へ、ポリアに近寄るゲイラーで。 「そっちは、何も無かったのか?」 「そんな訳ないじゃない」 「何が出た?」 「真っ黒いドロドロのスライムみたいな、粘菌」 「“粘菌”って、午前に見た緑色みたいなヤツか」 「えぇ。 向こうの洞穴で、オークが体を溶かされてたわ。 あぁっ、今思い出しても気持ち悪いっ」 話していて背筋がゾクゾクしたポリア。 森を見るゲイラーは、真剣な表情を崩さすに。 「ミストレスの森やマニュエルの森とも近い為か、この森も中々にヤバいぞ。 目的を達成したならば、早く引き上げよう」 「そうね。 薬師のお爺さんの話だと、他にも危険な動植物が居るって」 「採取は終わったんだろ?」 「うん。 みんな、もう帰る気よ」 「よし」 振り返ったゲイラーだが、ポリアは彼の背中に毒を持つダニが歩くのを見付けて払う。 「みんな、繁みに入ったなら体を見て貰って。 ダニや虫とか、気をつけて」 と、繁みの方にダニを蹴った。 「あ、まだダニが居たか」 「ゲイラーは大きいから。 でも、荷物とかも見た方がいいかな」 「ん、その方がいい」 荷物を調べ、虫が怖いからと虫除けを焚いて改めて浴びた。 あの森が然程に遠くなく在る事。 嘗ては、異病が何度も蔓延して、街が壊滅になりそうに成った歴史が在り。 今でも、この街の住人は森の奥を恐れている。 さて、後は戻るだけと成るも、重さを考慮して分散させれば、採取した物は結構な荷物となり。 イルガやヘルダーに、ダグラスやポリアも幾らか背負う。 念の為と、背負わないのはマルヴェリータとシスティアナ。 そして、老婆の薬師だけ。 森に分け入った。 この場所は、モンスターが良く現れる辺りからすると、更に西側の方になる。 それでも、モンスターが野生生物に喰われていた。 帰りが慎重に成るのは当然だが。 林の中に戻る夕方間近の頃。 「ヒィっ、ヒィ、ヒィっ」 かなり乱れた人の呼吸が、林の何処かから聴こえて来た。 「誰?」 ポリアが身構え、マルヴェリータが明かりの魔法を杖に宿した。 目の良いポリアとヘルダーは、木々のずっと向こう。 影みたいな何かがヨロヨロと動いているのを見た。 「居る、誰か居るわ」 頷くヘルダーは、1人で先に確認へ向かう。 ポリアは、 「薬師さん達は、このまま早く帰って。 モンスターかも」 年配の狩人の男性は、ダグラスの荷物やポリアの荷物を寄越せと示す。 せっかく採取したモノをダメにされたら困る。 いや、中年男性の薬師も、片足に履き物を履いてないのに、ゲイラーの荷物を求めた。 其処へ、激しく木の幹を叩く音がする。 ポリアは、ヘルダーが遣っていると解り。 「緊急事態だわ。 ヘルダーは、それ以外にアレをしない」 ポリアとヘルダーが、休んでいる時に話し合った事。 心配が増したポリアは、真っ先に走った。 ポリア達がヘルダーを見付けると、其処には鎧を血で濡らした兵士がぐったりしていた。 「システィ、魔法を」 ポリアが云う其処へ、 「た・れか、だれ、か…」 別の声がする。 「え?」 システィアナが治癒の魔法に集中する時、新たな声の方に皆が向いた。 「誰!」 ポリアが声を上げて、マルヴェリータがステッキを持ち上げた。 夕方になる頃、林の中は早々と暗く成る。 「ポリア、あっちよ」 マルヴェリータがオーラ感知で人の気配を察知し、指差した。 「ゲイラー、イルガとシスティに」 「おう」 3人を残し、4人でマルヴェリータの誘導に従い向かうと。 「あ、あ・・ぼう、け・んし…」 「あ、貴方は…」 細い木に寄り掛かるのは、以前に林で声を掛けて来た兵士だ。 片腕を亡くして、革の鎧を破って腹を怪我していた。 「た、たすけ、てくれぇ…。 む、向こうに、ほか・・のなか、まがぁ…」 「ちょっとっ!!」 話の最後に倒れ行く兵士。 ポリアとヘルダーがその身を受け止めた時、まだ20代と思える兵士の男性は、そのままこと切れた。 ポリアは、治療した兵士を残し、仲間を伴ってまた林の奥へ向かった。 林が森に変わる、以前にマニュエルの森へ向かったルートをなぞる形で。 「ポリアっ、魔法が今…」 「お嬢様、近いですぞ」 マルヴェリータとシスティアナが誘導する。 2人が案内する場所にて向かうと。 次第に叫び声やら、戦う声が聴こえて来た。 「みんな、夕方で視界は悪いけど、モンスターが居るならば戦うわ。 用意はいい?」 ダグラスですら、このまま放置は出来ないと頷く。 急ぎ足となり、森の繁みを抜けると、其処はすっぽりと虫食いの様に開けた場所で。 「うあぁぁあぁっ、コイツめぇっ!!」 狂った様に、オークと戦う兵士が居たり。 「止めろ! いやっ、触るなっ!」 前に、マニュエルの森との境まで行った時、同行した女性の兵士隊長が居て。 オーク2匹に襲われ、裸にされ掛かって居る。 また、魔術師2人に、兵士3人が一緒になり。 ゾンビやスライムの他に、アンダルラルクル山で戦ったタコのモンスターを相手にしていた。 他にも、傷付いた兵士が這いずって逃げようとしていたり。 オークに終われ、怪我をしながら逃げる女性の魔術師兵が居たり。 差し迫った危機が溢れると察したポリアは、 「ダグラス、ヘルダーっ、あの襲われてる女性の兵士を助けて! システィとイルガは、怪我した兵士を優先っ。 ゲイラーと私は、ゾンビとオーク。 マルタ、あのスライムとタコの足止めをっ」 ダグラスは、ヘルダーより先に走り出した。 「オークめっ! モンスターのクセに女を犯すなんざ、ふざけやがって!」 此方に気付いたオーク2人だが、ダグラスも足は早くて身のこなしも素早い。 膝を地面に付いた状態から身を上げたオークの胸へ、ダグラスは剣を突き立て押し飛ばす。 また、ダグラスに追い付いたヘルダーは、跳び蹴りをもう1匹に食らわせて転がし。 オークが身を立てた其処へ走り込み、頚部を戦扇子で斬った。 「あっ、あ!」 白い肌の体を露にし、乳房の片方をそのままに女性隊長は放心する。 ヘルダーは、オークに追われる女性魔術師兵の方に向かった。 「大丈夫か?」 オークより剣を抜いたダグラスは、女性隊長に寄る。 「あ・あり、が…」 貞操をモンスターに踏みにじられると狂い掛けた女性隊長は、助かったと泣き出す。 だが、まだ安心は出来ない。 「泣くなっ、まだ安心じゃ無い!」 彼女を無理矢理に起こしたダグラスは、鎧が外れてオークの爪の傷も在る半裸の彼女を立たせるや。 「向こうにシスティアナが居る。 怪我を診て貰え」 胸を隠す気すらまだ浮かばず、混乱する女性隊長。 「あ、あぁ、は・いっ」 その混乱する女性隊長へ、ダグラスは。 「助けを呼びに来た兵士は、1人は死に。 1人は、怪我をして気を失ったままだ。 助けを呼びに行けるならば、生きた兵士だけでも助けて行ってくれ。 林の中で、光を放つ小石の在る場所だ」 言うだけ言うと、破れかぶれでオークと戦う兵士の助けに向かう。 ヨロヨロとした女性兵士は、涙をボロボロと流しながらシスティアナの方に向かった。 「冒険者が来たぁっ」 「劣勢を覆せっ!!」 モンスターと必死に戦う兵士達は、10人も居ない。 だが、ポリア達の参戦で息を吹き返した事は事実。 「タコのモンスターの弱点はっ、後ろの細長い1本の白い足よっ! 隙を窺って回り込むのっ!」 ポリアは、タコのモンスターへとやたらに魔法を撃つ魔術師兵へ言う。 「裏って、魔法じゃどうにも…」 壮年の魔術師兵の男性は、遣り方が解らず困る。 だが、近寄るポリアは、 「それよりも、ゾンビを良く感じて。 ゾンビの体の何処かには、憎しみや怨みを持った暗黒の核が在るの。 其処を貴方が感知してくれれば、私がゾンビを倒す。 さ、感じて」 こう言ったポリアは、ゾンビに腰が引けて逃げ腰の兵士達へ。 「ゾンビより、オークや他のモンスターをっ。 私の仲間が、足止めをしてるから! ゾンビは、私に任せてっ!」 ゾンビ2体を引き受けたポリアは、間近の一体に踏み込み、その片腕を切断して足を蹴り、ゾンビを転がし倒す。 そして、もう一体に向かった。 ゾンビから離れた兵士は、マルヴェリータを狙うオーク2匹に向かう。 普通に攻撃して倒せる相手となれば、俄然に戦う気力を取り戻し。 並んで攻撃する【ファランクス槍術】なる兵士特有の連携をする。 この間、初めてゾンビの体を感知する魔術師兵が戸惑いながらも、一体の弱点の核の位置を察する。 一方、マルヴェリータに忍び寄るオークを撫で斬りにしたゲイラーは、タコのモンスターの裏に回り込んで白いヒョロヒョロとした足を斬り。 「マルヴェリータっ、他にも居るかっ?」 「居るわっ。 まだ、新手が・・此方に。 今居るモンスターを早く倒さないと」 「解った!」 「私が、スライムを倒す」 「よし、俺が周りを守る、存分に集中してくれ!」 森の奥から現れたオークが、ゲイラーの目の前に出た。 マルヴェリータを狙って来たらしいが、的に成る様なもの。 「よぉ」 大剣を振り上げたゲイラーに、オークも気付いたが…。 反抗など出来なかった。 さて、それから少しして。 モンスターを倒したポリアは、まだ新手が来るとマルヴェリータが言うので。 兵士や魔術師兵と集まる。 「まだ此処で、モンスターを引き寄せて倒さないと。 兵士の皆さんは、戦える?」 怪我をした兵士が、半裸にされた隊長に。 「隊長、どうしますか?」 システィアナからマントを借りている女性の隊長は、もう半数以上の兵士が亡くなった為。 「兵士は、怪我をしてない者を残して、他は応援を呼びに戻るしかない。 そうでないと、足手まといになる」 だが、ローブを破った壮年の魔術師兵は。 「私は残るぞ。 まだモンスターが来るならば、この辺りで食い止めなければ。 これ以上、農場区域にモンスターを遣る訳にはいかないっ」 元々、この開けた場所よりもっと先で、防衛線を築いた兵士達。 兵士47名。 魔術師兵も11人。 それが、兵士8名に、魔術師兵2名まで減った。 次々と来るモンスターに波状の様に攻撃され、後退しながら応戦した結果が、今だ。 ポリアは、女性の隊長に。 「兵士は、多めに寄越してね。 亡くなった兵士も回収しないと、ゾンビになりそう」 「解った。 済まない、冒険者に頼りっぱなしだね」 「いいから、早く行って。 途中で、怪我をしてる兵士さんだけはお願いよ」 「解った。 貴女達も、死なないでよ」 こうして夜になりきる前に、怪我をした兵士達と別れた。 それからポリア達は、ジョイスと兵士達が来るまで戦い抜いた。 20体以上のモンスターを相手にすることとなるが。 Kとあの山に行った激戦に比べると、何処かで余裕が在る。 “ヘルバウンドやオウガに比べれば、オークの10匹や20匹はまだ楽だ” こんな感じだ。 それに、兵士から請けた道場の依頼も、戦う感性や技能を研くことに成っていた。 ポリアは、ヘルダーやゲイラーと連携をする様になる、その始まりもこの辺りに在った。 真夜中、ポリア達はクタクタと成って館に戻った。 依頼主の老人や老婆など、皆が寝ずに起きていて。 「あっ、嗚呼、帰って来たよぉ」 老婆がポリアに飛び付き、身体を触って来て。 「大した娘だぁ。 お前さんは、大した娘だよ!」 風呂で身体を洗ったポリア達は、細かい怪我を治療する。 システィアナがもう疲れて眠るから、消毒から何から老人や老婆と話ながらした。 眠るのは、真夜中も更けた頃。 朝にアルマが来た時、ポリア達はぐっすり寝っていた。      * 最終日 * (ぬ゙ぅぅ…。) 昼頃に起きたポリアは、兵士にまた起こされたので不機嫌だった。 「お嬢様、下にジョイス様がいらしてますぞ」 イルガが、兵士から取り次ぎをする。 (ケェイっ、あの人をどうにかしてよっ) ボーっとする頭を幾らかハッキリさせようと、顔を洗ったポリアは鎧も着けず剣だけ持って下へ。 髪を結わず、身体にピッタリした白い衣服のポリアは、冒険者と云うより貴族か商人の家の令嬢の様だ。 「やぁ、ポリアさん」 兵士のお偉方らしき軍服の男性と居るジョイスに、眠そうなポリアは会うと。 「一々、お話を聴きに来る訳ぇ? まだ、眠いんだけど」 笑うジョイスは、さも仲間の様に。 「イイじゃん、深い仲でしょ?」 「何だか、語弊を感じさせる言い方だわ」 こんなポリアに、黒い軍服を着た偉丈夫は一歩を近寄り。 「昨日、兵士を助けて頂き、感謝をします。 聴けば、何度も助けてくれたとか」 頷き返したポリアだが。 「お礼は、後でも構わないの。 ただ、早く軍部としても何等かの手を打たないと。 モンスターが農場や林を汚してしまってからでは、もう取り返しがつかない。 原因の究明が何よりも先と思います」 偉丈夫は、若いポリアから真っ向、面を突き合わせ言われては返す言葉が出ない。 だが、ポリアは、近々にあの森や山に行った。 その経験が有るから。 「将兵さん。 私達は、一月ぐらい前に、或る依頼からマニュエルの森やアンダルラルクル山の中に入ったの」 「えっ? あの恐ろしい場所に?」 「その時は、今は此処に居ない凄腕の人が居て。 その人が1人で依頼を遣ってくれた様な感じだったから、私達も生きて帰って来れた。 それでも、モンスター、病気、独特な環境に、死ぬかって思った。 このままモンスターが林や森に生息したら、異病とか、危険な生物まで来ちゃうわよ」 「む、むむ…」 軍服の偉丈夫は、ポリアの話で更なる危機感を持った様だ。 ポリアは、行動を起こすとしたら今だと。 「亡くなった兵士の命を無駄にしない為にも、早く調査して。 昨日、戦ったモンスターは、大半がアンダルラルクル山の下層に済む種よ。 でも、山の奥には、オウガやヘルバウンドなんて云う、もっと危険なモンスターが居る。 そんなのが来たら、この街は酷い被害を出すわよ」 【オウガ】、【ヘルバウンド】と云うモンスターの名前は、平和な今は昔話のモンスターに聞こえる。 だが、ポリア達は戦った。 そして、視た。 (もし、サイクロプスだのギガンテスなんてモンスターが来たら。 ケイが居なきゃ甚大な被害を出すわよ) ジョイスの意見では、 “結界に何等かの綻びが生まれたのではないか” こう推察していた。 だが、問題は何よりも伐採された木と、焼かれた森の一部だ。 この疑問が、ポリアにも、ジョイスにも、この国の軍部や政府にも、暗い影を落として居る様に見える。 また、ポリアは冒険者だ。 ダグラスやゲイラーからすれば、モンスターと戦った功績で金を貰えれば有り難い。 然し、ポリアの生まれは貴族で、その家柄や地位からして政府の関係者と言って構わない地位に在った。 “こんな事が起こっては、軍部や政府の立場からして、何等かの根本的な解決に向けた行動をしなければ…。” こう考えてしまう、そんな立場にも無いのに考えてしまう気持ちが芽生えて居る。 軍部の高官らしき偉丈夫は、ジョイスや兵士を伴い帰って行く。 面談が終わると、奥の部屋に居た薬師や狩人の依頼主が出て来た。 老婆は、扉を見て。 「随分と偉そうな人が来たね」 狩人の中年女性が、ポリアに近く。 「あの魔術師の人、軍部の人?」 ポリアが説明する其処に、マルヴェリータが降りて来た。 「ポリア、誰か来たの?」 「ジョイス様と、軍部の大尉さん。 お礼に、ね」 「そう…」 不安な表情をしたマルヴェリータからして、ジョイスに逢わずして帰られた事がどうこうではない。 昨日、その前と。 モンスターが林や奥の森に来ている実態が怖いのだろう。 今、アルマは居ないが。 ポリアは、依頼の状況が気になり。 作りおきのスープを頂きながら、無骨な木のテーブルにて老人や老婆と座り。 「処で、依頼のことなんだけど。 もう、採取は必要無いのかな」 頷き返すのは、老婆が先で。 「もう、大丈夫だぁ。 たぁ~んと、採取が出来たからねぇ」 老人も、薄い紅茶を傾けてから。 「いや、いや、今回は良い冒険者と巡り会ったわぇ。 お前さん方のお陰で、誰一人の犠牲も無く終われた。 兵士の犠牲は、まぁ怖いが。 いや、大変に助かったよ」 仕切りの無い見えている竈にて、薬湯を作る中年女性の狩人も。 「今回は、色んな意味で此方が助かったよ。 冒険者が、みんなポリア達みたいだと助かるのに」 其処へ、ゲイラーやダグラス等も起きてきた。 明日には、斡旋所へ成功の報告を出せると言った老人や老婆で。 狩人の若者が大きな肉や旬の野菜を買い込んで来れば、別れの宴が始まる。 狩人が作った果実の地酒や、薬用の野菜を使った肉炒めなど。 夕方前から楽しく成った。 夜、酔ったポリア達に会う為、アルマも来た。 疲れたと酒をグラスで呷るアルマは。 「ポリア」 「ん?」 「明日は、私と斡旋所に行って貰うよ」 「報告ね?」 「あぁ。 ただ、後付けの報酬は2日ほど待って欲しい。 オークションに薬を出したりして、儲けをハッキリさせてから払う」 酔ったダグラスが、笑い話と。 「足元は見ないでくれよ」 だが、対するアルマは笑い返すや。 「冗談は止しとくれ。 これだけの成果に対して、はした金を出したんじゃ、此方の沽券にも関わるのさ。 かなり珍しい原料も手に入ったし、追加報酬は10000以上だ」 「ワァーオ」 「何よりも、危険な仕事になっちまった。 常備薬も、余ってた原料と合わせて大量に作れた。 働きに見合う、それなりの額は出すさ。 商人の集まりでも、モンスターを街に寄越さない様にしてくれたポリア達には、何かの礼をしたいって話が上がってるしね。 ポリア達は、イイ冒険者チームに成るよ。 私が、保証するよ」 甘辛く炒めた肉料理が気に入ったのか。 アルマは珍しく呑んで、ポリア達と話す。 この様子に、不思議な感想を持ったのは、ゲイラーやヘルダーやダグラスだ。 自分達が遣って来た、冒険者の在り方と違うからだろう。 そのポリア達が依頼主側と一緒に楽しむ様は、理想の冒険者像に近い。 甘いリキュールを、仄かな炭酸泉の湧き水と薬用の液体で割る酒を呑むゲイラーは、アルマと話すポリア達を眺め。 (“真の冒険者”・・・な) あのホーチト王国の王都マルタンにて、燻っていた4人だけのポリア達だった。 顔の良さだけが一人歩きして、他のチームからも見下げられていた。 だが、Kと云う切っ掛けを得て、本当に羽ばたき始めたみたいだ。 (あのK《リーダー》の様に、何でも一人で出来る訳じゃ無い。 だが、人の環を創るこの性格は、確かに誰彼と真似は出来ない。 ん、・・漸く俺も、居場所が見付かったみたいだな) 肉炒めを肴にするゲイラーは、自分と同じくらいにそう感じているらしい者を知る。 それは、ヘルダーだ。 酔ったポリアが、 「ヘルダー」 と、珍しく穏やかに笑うヘルダーの肩に手をやり。 「?」 向いたヘルダーに対して。 「ね、ヘルダー。 報酬が全部入ったら、ヘルダーの故郷に行こ。 今回の成功は、チョットはイイ噂にも成るんじゃない?」 モンスターとの戦いで、すっかり忘れていたヘルダー。 ポリアに拳を合わせた礼をして返すと。 「イイのよぉ~。 このチームで1番に戦いで働いているのは、ヘルダーとゲイラーなんだから。 全く、私も早く追い付きたいわ~」 ヘルダーの持つ障害など全く気にしないポリアは、同じ皿の料理を同じフォークで分け合いながら。 マルヴェリータやシスティアナと他愛ない言い合いをする。 そんなヘルダーの顔を視たゲイラーは、ヘルダーがイルガの様にポリアへ仕えて始めている印象を受ける。 ダグラスとは違って、ヘルダーは対等な立場ながらに。 ポリアと云う人物へ心から帰依をし始めている様に見受けられる。 “自分の価値を顕し、それを認めてくれる者へ身を預けて共に行く” その昔に、有名な冒険者がリーダーを称してこう語ったとか。 自分の実力を見て、それを信じてくれるならば。 一命を賭けて、助けようと云うのだ。 聴いた話の意味を実感と云うべきか、腑に落ちたと感じるゲイラー。 其処へ、酔ったシスティアナがトコトコと来る。 「ゲ~イラ~~さん」 システィアナの声を聴いて、ゲイラーは一瞬して覚醒した。 「はいっ」 暗がりでは、黒く見える緑色の酒瓶を持ったシスティアナは、 「ゲイラ~~さんも、呑むでしゅよぉ~~~」 と、その瓶を酔った覚束ない仕草で差し出す。 システィアナから“呑め”と言われ、ゲイラーの思考は命令を遂行するのみとなる。 酒瓶をムズっと掴む。 この前後して、話すポリアがテーブルに手を伸ばした。 皆の酒が進んでいると見て、注ごうと察したのである。 が。 (ん、あら、はぁ?) 在るべき場所に酒瓶が無い。 老人が持ち出して来た酒瓶で、リキュールの一種。 然も、飲み方が少し変わっていて。 野菜を煮詰めたものを湯で溶かし、其処に酒を入れて割る飲み方だ。 然し、これがまた絶妙な味わいで。 スープに似た味わいを持つ。 女性受けしそうな酒で、もう8割は呑んでしまった為。 マルヴェリータが割った形で酒瓶に湯と野菜を煮詰めたものを入れた。 少し薄くなったから、スイスイと呑める。 みんなで最後の残りを分けて呑もうと云う処で、酒瓶が消えたのだ。 アルマやヘルダー等と話す流れで、 “呑めぇ~、グイグイでしゅ~~” と、不吉なシスティアナの声を聴く。 (ま、まさか…) 振り返ったポリアは、酒瓶を逆さにして呑んでいるゲイラーを視た。 (ぐぇっ、原価1000シフォンのさ、酒が?) このリキュールは、この地元でしか流通しないもので。 原料の果物が高い為か、一瓶の値段が3000シフォンを超えるらしい。 造り手の薬師が、卸売だけで1000シフォン以上を取る。 大事に皆で呑んでいたのに…。 “ゲイラーっ、システィ!” 咽まで怒りの声が沸き上がった時に、ゲイラーが酒瓶を降ろして口を拭く。 (の、呑まれたぁぁぁっ!!) 同じく、見ていたヘルダーもガックリ。 仕方無く、昼頃に頼んだ買い物で買ってきて貰ったワインを出す。 それを見たポリアは、 「ヘルダー」 と。 見返すヘルダーは、ポリアが怒っているとビックリ。 「?」 「いい。 高いワインは、システィやゲイラーにはダメよ。 安い方を渡して」 (食べ物や飲み物の怨みは怖い) 頷くことにして、コルクを抜く。 戻って来たシスティアナを叱るポリア。 “システィアナは悪く無い” 言い張るゲイラー。 リキュールを呑まれた事を知り、文句を言うマルヴェリータとダグラス。 呆れるしかないイルガとヘルダーで、薬師や狩人やアルマは笑っていた。 10日以上も掛かった依頼が、こうして終わった。 充実した依頼で、依頼主側から文句も無い。 “冒険者だから、多くを言われても困る” そんな言い訳をせずとも、責められることも無い終わり方。 兵士と依頼主の両方を天秤に掛けた仕事だったが、遣りきったことは間違いない。 そして、ポリア達がまた自由に成る。 ベロッカの行動と、否応なしに関わることに成る。
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