大阪城包囲戦(七) 徳川秀忠の決意

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 茶臼山と同じ惨劇が忠勝陣でも起こっていた。暴発し、負傷した兵達。呆然とする忠勝。  ようやくと秀忠から使い番がやってきた。時すでに遅し。  『かんかんっ!』と茶臼山から退き鐘が聞こえた。 「ひ、退くぞっ! 茶臼山へ退けっ!」  忠勝は撤退を命じ、自らが殿(しんがり)を務め、茶臼山を目指す。退きながら北の浅野幸長の陣を眺めれば、やはり退いている。 「おおっ。『蜻蛉斬り』が退いてゆくぞ!」  三津寺郭で櫓に登り、忠勝が退いて行くのを可児才蔵は見た。すぐさま、櫓から飛び降りて、正則に走り寄る。 「殿っ! 追い討ちじゃ!」  秀頼からは陣を守れと言われただけで、忠勝攻めの指示は出ていない。攻めてもよいものか一瞬躊躇する。正則は秀吉の小姓時代から、幾つかの戦で「抜け駆け」をして功を上げた。才蔵の気持ちは理解できた。 「よしっ! 才蔵! 行け!」 「おうっ!」  勇ましい掛け声とともに才蔵が飛び出ていった。 「者ども! 才蔵に遅れるな!」  正則は同じ郭を守る島津家久に、郭を託し、全軍で出撃した。 『どどどどっ』と地鳴りがする。振り向いた忠勝の目に映ったのは迫りくる軍勢だった。 ーー福島勢か。仕方あるまいな。正則であれば、この機を逃すはずもないかーー 「傷を負ったものは、振り返らずに茶臼山へ急げ! 残りの者はここで一戦する!」  刃を交え負けて退いているのではない。大筒の暴発、そして退鐘を聞いての事だ。兵達の士気も低くはない。相手は福島正則、不足はない。 「ふふふっ」  忠勝もやはり戦国武将だ。好敵手が迫りくる状況に笑みを浮かべていた。  ほどなくして、両軍は激突する。お互いに陣形も何も整える暇もなくぶつかった。力と力のぶつかりあいだ。 「かかかっ。このような戦は久しぶりじゃ!」  忠勝は生き生きと名槍・蜻蛉斬りを振り回す。 「我こそは『笹の才蔵』こと可児才蔵!」  可児才蔵は十字槍を雑兵に突き刺し、良き獲物を探している。 「本多忠勝殿ーっ! 福島正則じゃ!」  正則は本多忠勝と手合わせしようと声を張り上げる。手にしているのは秀吉から賜った名槍・日本号だ。 「おうっ! 正則殿!」  正則の呼ぶ声に導かれて、忠勝が姿を現した。互いに騎乗のままだ。敵味方の喧騒の中で、二人の間に緊迫した空気が流れていた。  
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