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「殿ーっ! ずるいぞっ!」
忠勝という大物の匂いを嗅ぎつけ才蔵も傍に駆け寄った。
「ずるいだと!? 大将同士の戦いだ。黙って見ておれ!」
「相手は徳川四天王。強いぞ」
「儂かて賤ヶ岳七本槍!」
「殿は七分の一。相手は四分の一だぞ!?」
「あほうっ! なんの計算か!」
正則主従のやり取りを聞いていた忠勝が愉快そうに見ている。
「かかかっ! 面白い主従じゃのう」
「おいっ! 蜻蛉斬り……じゃなくて、忠勝殿! 殿の後で儂と勝負じゃ!
勝って『蜻蛉斬り』をいただく!」
「馬鹿者! 儂の後ということは、儂が負けるということではないか!
いいかげんに口を閉じぬと、縫い付けるぞ!」
そんなやり取りをしながらも忠勝と正則は互いのすきを窺っている。才蔵も寄ってくる雑兵を蹴飛ばし、邪魔が入らぬようにしている。
「ふんっ!」
いきなり、正則が槍を突き出す。忠勝は馬を後ろに下げて躱した。
ーーさすがに正則。鋭い突きだーー
「どりゃっ!」
今度は忠勝が蜻蛉斬りを振り下ろした。正則も躱す。
ーーこえーなあ。空気がひしゃげるほど力強いーー
互いの力量を一振りづつで理解していた。
それからの両雄の戦いは、攻めては防ぎ、防いでは攻めるといった具合に、互いに一歩も引かない激しいものとなった。正則は甲手が弾き飛ばされ、忠勝は肩当が落ちていた。
互いの体からは湯気が立ちのぼっている。両者の攻めは鋭さを増し、何時、勝敗が決してもおかしくはない。二人とも命を削るような、この戦いに心身ともに歓喜していた。
だが、そんな時も長くは続かなかった。
『どんっ!』
大阪城の方から砲撃音が聞こえた。さっと距離を取り、辺りを探る二人。
「忠勝様ーっ! 茶臼山に大筒が撃ち込まれました!」
「な、なに!?」
将軍・秀忠が討たれては大事だ。秀忠の安否が気にかかる忠勝であった。
「勝負に水を差し申し訳ないが、儂はいかねばならぬ。この勝負、ここで一休みじゃ。また、相まみえん!」
槍を収め一礼すると、馬を蹴飛ばし茶臼山に賭け去る忠勝であった。
「蜻蛉斬りーっ! 今度は儂と、この才蔵とやろうぞー!」
背後から可児才蔵の叫ぶ声が聞こえる。
ーーふふふ。面白い奴だーー
馬を走らせながら自然と笑みがこぼれていた。
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