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「隠居すると申されたのは昌幸殿ではございませぬか。我らが止めたのにもかかわらず」
「ふむ、確かにそうでござるがなぁ」
囲炉裏を囲んで穏やかに話す慶次郎と昌幸の醸し出すゆったりとして、すがすがしい空気感に一真も包まれていた。彼らと過ごすこの時間が何物にも代え難い時のように感じていた。
昌幸は慶次郎に酌をしながらぼそっと呟いた。
「最上の気は弱いのぅ」
「そうでござるなぁ。兼続殿に叩かれて戦に及び腰となっているようですな」
慶次郎も昌幸に酌を返す。
「ならば、派手に寄せてやれば引き上げる」
「ふふふ、儂もそう思います。慶次郎殿はいかがする気じゃ? 逃がすか? それとも首をもらうか?」
「そうですなぁ。かの御人が居なくなったとする。普通であれば、当主が討たれて乱れておる時に上杉家の所領を広げる好機。
だが、今の景勝殿にその余裕はないな。兼続殿も床に臥せっておるしな。後は徳川が早々に跡目を決めるだろうが、最上の力は弱くなる。隻眼の暴れん坊が版図を広げるだけでござろう。
ならばここは手傷の一つも与えてやるのがいいのではないですかな」
「やはり。儂もそう思っていたのでござる」
真田昌幸は秀忠の関ヶ原遅参を招いた上田城での戦いで知られるように、少数で多数の敵と戦をするのが得意な武将である。
かたや、前田慶次郎は負け戦が楽しいという。どちらも歴戦の武将である。一真はこの二人と共にいるだけで負ける気がしなかった。
いつの間にか慶次郎と昌幸は細かな策を話し合っていた。
翌早朝、前田慶次郎隊は小其塚館に寄せる。
慶次郎の攻めは激しい。義光も鉄砲を放ち、押しとどめようとするが慶次郎の兵は怯まなかった。この時、先鋒で暴れたのは傾奇者隊であった。慶次郎に拾われて活き活きと戦場を駆け巡った。
「ええいっ! 退くぞ!」
最上義光は館を捨て、退却して行く。
慶次郎は小其塚館を占拠した。義光は振り返りながら、追走してこないのを確認して、ほっと一息ついた。
「どれどれ。儂らの出番じゃな」
昌幸率いる戦巧者の老兵たちは最上勢を急襲する。
横やりを付けられ、最上義光は深手を追い自国に帰っていった。
「さてと昌幸殿。兼続殿の見舞いに参りましょうぞ」
「参ろう、参ろう!」
慶次郎と昌幸は館山城へ向かった。
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