高虎退治(一)

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「いやいや、手前はただ必死だっただけでございますよ。どこぞに逃げる所はないか、と見渡したら一番人気の薄い所が家康のところだった。と言う事でござる」 「しかし『捨て奸』と申しましたか? あの戦法はお見事でございます。家中が纏まっておらねばあのような戦はできませぬ。市松では家臣に怖がられておるだけですからな」 「やや、虎之助に言われるとは! 儂より虎之助の方が怖がられておるわい!」  二人のやり取りに周りは笑いに包まれる。 「これこれ、爺ども。それよりその『島津の退き口』といわれる戦話をもっと聞かせてくれ」  秀頼は催促した。若い武将達も身を乗り出し聞きたがっている。  惟新斎、清正、正則はあの関ヶ原での戦の話を聞かせた。  時にはその時分の心情を交えながら、敵として味方として、武将一人一人をどの様に見ていたのか。失敗した戦法や上手く行った戦法などを事細かに話す。  このような戦話は若い武将にとって貴重な疑似体験であり、大事な教訓でもある。  当時は敵であった者同士が同じ戦を振り返れば、そこに誇張や自讃は入らないものだ。真の戦の姿が語られる。それゆえに六輝隊をはじめとする若者の心に響いていた。  話が一段落した所で正則は肴の鯛を頬張り、ぐっと盃を飲み干し、ぼそっと呟いた。 「あの頃、もっと佐吉の事を理解しておれば、とっくに世は落ち着いておったのぅ。高虎や長政の口車に儂や虎之介が乗せられてしもうた」 「おう、そうじゃの。儂らが短慮じゃったの」  清正もしみじみと頷き正則の盃に酒を注いだ。とその時、若い武将が清正に徳利を持ち酒を勧めた。 「おう。重成、酌をしてくれるのか。佐吉……そなたの父上には済まぬことをした」  清正は悲しげな顔をしていた。酌をしたのは石田重成、佐吉こと石田三成の嫡男だ。 「いいえ、今、お二人にそう言っていただけて父上は幸せでございまする」  若者らしいまっすぐな瞳で二人を見つめ目礼した。その瞳に光るものが浮かんでいた。  この宴会で古い縁を強める者、わだかまりをほぐす者、新たな縁をきづく者……いろいろな縁の形が結ばれたのである。 「なんか、湿っぽくなったの。  そうじゃ、上様。あの高虎ですが、なにやら織田殿が攻め入っていると聞き及んでおりますが?」 「うむ、秀則殿が頑張っておられるようじゃ。先日も報告に参られた」  話題が現在の情勢へと変わった。
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