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教室の戸を開けたら、そこには見慣れた小さな像が教室の机の上に鎮座していた。
乳白色の、美術室にあったはずのトルソー。所々絵の具や黒鉛で薄汚れ、腹のあたりには卒業生の落書きがされていた。少し離れた所からでも、美術室特有の鼻を突く臭いが染みついているのが分かる。
カーテンの開け放たれた大きな窓から、月明かりが教室へと投げかけられる。それを背に悠然と佇むその姿は幻想的ですらあった。
「今日で卒業だね」
トルソーの背後から、聴き慣れた声がする。像と同じ、色素の抜けた乳白色。目蓋は固く閉じられたままで、決して開くことは無い。手足はすらりとしていてまるでファッションモデルの様で、作り物の様に整えられた容貌は、絶世の美女と形容するに相応しい。
「そうだな」
そう『私』は応えた。
この三年間、私の時間は彼女と共にあった。私にとって彼女は無二の親友であり、愛すべき隣人であり、生きた教本であった。
「外国に行くって、言ってたもんね」
「ああ、あっちの美大の推薦が取れたからな。先生も応援してくれたし」
「よく受かったよね。正直、下手っぴなのに」
「ほっとけ。お前と比べれば大体の奴は下手糞だろうよ」
応えたい、と思ったのだ。応援してくれた教師、友人。そして支えてくれた両親と、――彼女に。
「初めて会ったのは、美術部の仮入部の時だったか?」
「あはは、あの時はゴメンね? まさか見えてるとは思わなくて」
「デッサンの練習の度にちょろちょろ周りを歩き回られたのは、正直滅茶苦茶鬱陶しかった」
「いやゴメンって」
綺麗に描いて欲しい。憑代とはいえ、彼女の一部だ。女性ならば当然の願いだろう。
まぁ、最初期は本当に下手くそで、それを見た彼女は酷く憤慨していたのだが。その怒り様、これ般若の如しで、見えていないはずの他の部員も強いプレッシャーを感じていたほどだった。
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