第1章

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「――本当に、最後なんだね」  窓の外を見下ろす。人ひとりいない校庭はがらんとしていて、見つめているとまるで荒野に迷い込んだかのような錯覚に陥る。この世にいる最後の人間になったかのような、そんな気分にさせられる。 「寂しいか?」 「うん」 「……いつになく素直じゃねぇか」  茶化して言ったのにまともに返されて、私は少し狼狽してしまった。それを見た彼女は何時もの少し困った様な表情で薄く笑う。 「だって、あなた達がいなくなったら、また一人だもの。見える人がまた来ても、あなたみたいに仲良くしてくれるとは限らないし。――大体の人は怖がって近付かなくなるから」  彼女は幽霊のようなものだ。このトルソーの周囲にだけ存在出来る、付喪神の一種だと私は思っている。幽霊も神様も、人間にしてみれば得体のしれないものに変わりはない。それを恐れるのは当然のことだ。  実際、私も最初は不気味に思った。その時の私の心境は、恐怖三割、疑心一割、好奇心六割といった所だろう。今思えば、その時から私は彼女に惹かれていたのかもしれない。  人は美しいものを恐れ、畏れる。彼女は人智を超えた、畏怖と恐怖の対象となり得る存在だった。私はそれに魅入られた。それがきっかけだったのだ。 「もう、会えなくなるね」  彼女にとって、トルソーの周りが世界の全てだ。そして私達は、その世界に踏み込んだ数少ない人間の一部だった。 「お前を背負って海に行ったな」 「うん」 「うっかり人前でしゃべって怪しまれたことも有ったな」 「うん」 「廃棄させられそうになったお前を探して、走り回ったことも有ったな」 「う、ん……」  『さよならだけが人生だ』とは、誰が言った言葉だっただろうか。これも一つの区切り、一つの別れに過ぎない。私達はこれからも続いて行く。  私達は流水だ。途中に何があろうと、最後には溢れ、流れ、そして同じ場所へ辿り着く。彼岸へたどり着くまでに、どれだけのさよならを経て逝くのだろうか。今も、その一つだ。その、かけがえの無い一部だ。  ただ、このような数奇な出会いは金輪際無いだろう。  私はそれに感謝したいのだ。この偶然に、この奇跡に。
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