第1章

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「なぁ」  スケッチブックと鉛筆を鞄から取り出す。彼女の向かいになるように椅子を動かして、そこに座った。 「最後にさ、描かせてくれよ。お前も含めて」 「私を?」  これまで周囲にばれることを防ぐために、彼女自身を描いたことはなかった。何時もトルソーの傍にいて、しかし決してキャンパスにその姿が描かれることはなかった。その度に彼女が嬉しそうな、楽しそうな、しかし何処か寂しそうな複雑な表情をしていたのを覚えている。 「簡単なものしか描けなくて悪いけどさ。記念品とでも思って受け取ってくれ」  そうして私は彼女に着席を促した。乳白色のトルソーと、それに寄り添う女性の姿。それが月明かりに照らされて神秘的な空気を漂わせている。 「――だから、泣き止め。描き辛い」  鉛筆を寝かせ、ゆっくりと輪郭を描いていく。黒鉛の削れる小気味良い音と、微かな紙の臭いが教室に満ちる。心臓が鼓動し、一定のリズムで脈動する血液の音だけが、私の感じている唯一の音だった。  私の絵は周りと比べて、飛び抜けて上手い訳ではない。線はまだ整えようがあるように感じるし、バランスもまだ改善のしようがあるだろう。  ただ、描きたかったのだ。彼女を。ずっと前からそう思っていた。 「(本当に――)」  この時、私は本当に感謝していた。この部に引き込んでくれた彼女に。秘密を共有してくれた友人に。この、一瞬に。 「あの、さ」 「……何?」  泣き顔と笑顔が共存する、いい表情だ。 「絶対、また会える。会いに来る」  だけど、やっぱり違う表情も描きたいものだ。花の開くような、太陽の煌めきのような。 「何年かかっても、またここに戻ってくるから、それまで待ってろ」  絵の中の彼女は泣き腫らした目の、満面の笑みだった。
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