第1章 望まないバイト (1) 初めての客

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でも、半月前から、魁人くんとは顔を合わせてない。 もちろん、それで寂しいからこんなところでバイトしてるんじゃないけど。 ……ごめんね、魁人くん。 あたし、魁人くんに内緒でこんなことして。 見回した部屋の内装の”いかにも”な安っぽさが、自分の安っぽさのような気がして。 あたしは何だか悲しくなった。 安っぽい部屋。安っぽいあたし。 プルルルル……… 突然インターフォンが鳴って、あたしは飛び上がった。 「はいッ」 「レナちゃん、お客さんです」 「……はい」 ついにこの瞬間がやってきてしまった。 あたしが相手をするお客さん。 こんなところに来るのは、どんな人なの……? こぎたない禿げオヤジ? 酒くさいジジイ? キモい男? ノックの音がして、カチャリとドアが開いた。 店員が客を招き入れる。 あたしは唇を噛んで、思わずうつむいた。 「ごゆっくりどうぞ」 店員は無情にもあっさりドアを閉めていく。 「……レナとか言ったな」 低いよく通る声がして、あたしはやっと、あたしの初めてのお客さんの顔を見上げた。 (………わ) あたしはその瞬間、息を呑んだ。 コートを片手に下げてこちらを見下ろしてる背の高い人。 黒くてまっすぐな髪がきりりとした眉を隠して、物憂げな目元まで垂れている。 ひどく整った、少し浅黒い顔は、お酒が入っているのか、ほんのり赤みが差してる。 意志の強そうな顎を少し傾げて。 鋭い、黒い瞳がまっすぐあたしを射抜いていた。 (……若っ) ヒーローもののドラマの主人公にでもなれそうな感じの人。 それも、ちょっと過去に傷があるタイプの主人公かも。 ほんの少し伸ばしたヒゲがよく似合ってる。 どこか少年めいた魁人くんとは違って、オトコ!って感じ。 20代半ばくらい? もうちょっと上? ……こんなお店が必要な人には、とても見えないけど。 むしろ、女の人が寄ってきて困るくらいじゃないのかな。 (なんか……逆にイヤかも……) 「へたくそ!」とか怒られないかな。 などとあたしがもじもじしてる間に。 その人はあたしの前をすたすたと横切って、ベッドにどさっと腰掛けた。 ヒザにひじをついて、バスタオルの床に物憂げに目を泳がせる。 一人増えると、狭い部屋がいっそう狭い。 そだ、仕事しなきゃ。 ど、ど、どうしよ…… えっと、何だっけ……
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