第1章 望まないバイト (1) 初めての客

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第1章 望まないバイト (1) 初めての客

「それじゃ……ドア閉めます」 店員さんは、仏頂面であたしに目配せすると、ドアを閉めた。 改めて、部屋を見回す。 ブルーシートみたいな水色一色の、安っぽい小さな部屋。 そこらじゅうにバスタオルが敷きつめてある。 それがいっそう安っぽく、ひどく下品だった。 不意に死ぬほどの不安が押し寄せて、あたしは鏡に映った自分を呆然とみつめた。 胸元まで素直に伸びたまっすぐの茶色い髪と、自信のなさげな大きい目。 ふっくらした頬が手伝って。 あたしは自分でもひどく幼く見えた。 ??こんな場所とこんな服装に、まるっきりそぐわない。 (どうしよう……) こんなとこに来ちゃって。 薄暗い部屋に一人でいると、涙が出そうになる。 しかも、面接に来た日にいきなり入らされるなんて。 心の準備がまるきり出来てないよ。 ……いくら、営業時間があと1時間半ほどだって言われても。 あたしはおずおずとベッドに腰掛けた。 ベッドもブルーシートみたいな素材で出来ていて、バスタオルが敷いてある。 緊張でわずかに震える手で、さっき店長から渡されたマニュアルを開いた。 ”奉仕のしかた”がイラスト入りで詳しく書いてあった。 (………) 見ず知らずの人に、こんなことするなんて。 好きな人にさえ、こんなことやったことないのに。 あたし、ほんとにできるの? ……どうしよう。 (??魁人(かいと)くん……) 思わず、好きな人の名前を心の中で呼んでた。 少女漫画から抜け出したみたいな、絵に描いたような美少年の魁人くん。 さらさらの、メッシュ入りの茶色っぽい髪、ほっそりした姿。 涼しげな茶色い瞳。 ちょっぴり悪ぶった、危うい感じがまた強烈に魅力的。 喫茶店のバイトをしていたときに、お客さんとして来てたのが魁人くんだった。 ”ずいぶんかっこいい人だな”なんて、ついついちらちら見てはいた。 それが、ある日向こうからデートに誘われて。 「かわいいよ」とか、「何着ても似合うね」なんて、手放しで褒めちぎられて。 「そういうとこ、好きだよ」なんて、惜しげもなくささやかれる甘い言葉に、あたしは有頂天になってた。 どうしてあたしみたいな、何のとりえもない人間に声かけてくれたのかわかんない。 でも、どうしてかなんて、恥ずかしくて聞けないし。 付き合いだしてそんなに長くないし、常に緊張と不安との隣り合わせ。
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