グラスのワイン

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土曜日の夜。 僕がベッドに入った後、パパが帰ってきた声がした。 珍しくママが夕飯を作ってくれて、少しだけ機嫌がいいように見えたから、僕は安心して布団にもぐりこんだんだ。 だけど僕の期待は裏切られる結果となってしまった。 リビングの方からパパとママの言い争う声にまじって、何かの倒れる音や割れる音が響いてきた。 いつもとは違うその様子に、僕は怖くなって頭から布団をかぶると両手で耳をふさいだ。 ギュッと目をつぶって布団の中で丸くなっているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。 日曜日の朝、いつものように少し遅めに目が覚めた僕は、パジャマのままリビングへ向かった。 きっと昨日の朝と同じようにママがキッチンに立って、朝ご飯の準備をしているはずだ。 「早く顔を洗って来なさい」って言って、カリカリのベーコンと半熟の目玉焼きを出してくれるはずなんだ。 そう信じて、僕はリビングのドアを開けた。 「……おはよう」 おっかなびっくり声を出す。 「ああ、おはよう」 リビングでは、いつもならもっと遅くまで寝ているはずのパパが、カーペットの上にしゃがみこんで何かをしている。 「何してるの? ママは?」 「ん? ちょっとな。夕べ、ワインをカーペットにこぼしちゃって。シミ抜きしているんだが、なかなか頑固でな。ママはおばあちゃんの所に行ったよ。朝早く電話があって、しばらくおばあちゃんの所に行くことになったんだ」 パパは顔も上げずにカーペットの上で一生懸命、手を動かしている。 ソファーとテーブルの間に転がったグラスと、倒れたワインのビン、そしてカーペットに広がった赤いシミ。 僕はそれを見た瞬間、背筋がゾッとするのを止められなかった。 「早く顔を洗って、着替えてこい。心配しなくても、朝ご飯はパパが作ってやる」 パパが眼鏡越しにチラッと僕の方を見て言った。 そのパパの目がなんだか……僕に対してウソをついているように感じられて仕方がなかった。
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