グラスのワイン

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浴室の曇りガラスに手形が現れた。 そして──ベッタリとガラスに押し付けられた、僕を見下ろす白い顔。 「うわああぁぁぁぁ!!!」 僕は驚いて座っていたイスから滑り落ちてしまった。 その勢いで浴槽のふちにぶつかり、鈍い音がする。 痛みで一瞬目を閉じ、もう1度開けた時……そこにはいつもと同じ浴室のドアと曇りガラスがあるだけだった。 バタバタと足音がして、僕の目の前でドアが開いた。 「どうした!?」 慌てた顔をしたパパが浴室をのぞきこんでくる。 「パパ、そこに今、誰かいた?」 流れてくるシャンプーの泡が目の中に入りそうになって何度も顔をこする。 「今? 何を言ってるんだ? ここにはお前とパパしかいないだろう」 パパが変な顔をして僕を見る。 シャンプーの泡がしみる目を動かし、素早くパパの後ろを確認する。 ──誰もいない。 「あ、ううん、何でもない。立ち上がろうとして、足が滑っちゃったんだ」 「大丈夫なのか?」 「ちょっと湯船に頭をぶつけちゃったけど、大丈夫だよ。ごめんなさい、騒がせちゃって」 「気をつけろよ、滑りやすいんだから」 「うん、気をつけるよ」 僕の言葉に納得したのかパパは顔を引っ込めてドアを閉めた。 シャワーで目に流れ込むシャンプーの泡を洗い流し、湯船に飛び込む。 体がすっかり冷え切っているのが分かる。 肩を抱いてお湯の中に沈み込む。 あれは……ママだ。 僕がパパの事を信じようと思ったりしたから、ママが怒ったんだ。 『パパの事を信じるな』って。 いくらお湯に浸かっても、体は全然温まらなかった。 お風呂から上ってパジャマに着替えると、リビングいるパパに『おやすみ』を言った。 ソファーに腰かけたパパは、いつもと同じようにワインを飲んでいる。 僕も大人みたいにお酒でも飲めれば良かったのに。 そしたら、酔いつぶれて何も感じずに眠れるかもしれない。 ベッドに入って頭から布団をかぶって丸くなる。 いつもパパとママがケンカしてた時のように。
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