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波を立てて水面を走る遊覧船は気持ち良かった。 反対側からやってくる海賊船のデッキで、偶数クラスの生徒達が手を振っている。徐々に近付いて来るその船体に、周りにいる生徒達も楽しそうに歓声をあげていた。 「なあ、相田。水の中にも木って生えるのかな?」 隣に立っていた宮本君が声をかけてきた。 「なに?」 「そら、あそこ。水の中から突き出してる。この湖って結構深いよな? あんなふうに枝が突き出してるって、どんだけ大きな木なんだろう」 彼が指さす方を見ると、水面に黒く細長い物が突き出しているのが見えた。 「本当だ。ずいぶんとデカい木なんだな」 遊覧船の進行方向にある、水面からポツンと突き出している木の枝は妙に目立っていた。 宮本君はまだその木の枝を見つめていたけれど、相田君はすぐに近付いて来る海賊船の方に意識を向けてしまった。 ゆっくりと近寄って来る黒い海賊船は迫力満点で、相田君達は思わず「おおー!」っと声をあげてしまう。 これは確かに乗船するよりも、別の船から見る方が楽しいかもしれない。 向い合う甲板デッキで「海賊」と「襲われる乗客」のイメージに夢中になっていると、後ろで宮本君が変な声をあげるのが聞こえた。 「どうした!?」 慌てて振り向き、宮本君の方を見ると、デッキの手すりを掴んだままガクガクと震えている。顔色も真っ青だ。 「おい、大丈夫かよ?」 近寄って顔を覗き込むと、宮本君は眼を見開いてダラダラと脂汗を流している。 「気分が悪くなったか? 先生呼んでこようか?」 「ちが……ちがう……」 宮本君は震える指で、遊覧船の進行方向を差して見せる。 「どうしたんだよ?」 「木が……木……」 うまく言葉が出てこないみたいだ。 「木? 木って、さっきのか?」 海賊船とすれ違う前に宮本君と話をしていた『水の中の木』を思い出した。 彼が震えながら指さしているのは、きっと水の中から突き出していた木の枝だ。 そう思って相田君は湖の方を見てみたが、先ほど確かに水面に突き出していた木の枝はどこにも見当たらなかった。 「どうしたんだよ、木なんてどこにもないじゃないか」 震えていた宮本君も、ちょっと落ち着いてきたらしい。 「本当に? どこにもない?」 まだ顔色は悪いが、言葉もしっかりしてきた。 「本当だよ。どこにもない。通り過ぎちゃったんじゃないの」 相田君が軽く言うと、宮本君は首を振って小さく呟いた。
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