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「違うよ、通り過ぎたんじゃない。木じゃなかったんだ……あれは」 デッキのベンチに連れていき、宮本君を座らせる。 何人かが気がついて心配そうに話しかけてきてくれたけど、気分が悪くなったからだと言ってごまかした。 「一体、どうしたんだよ? 木じゃなかったって、何?」 相田君が隣に座って顔をのぞき込むと、宮本君は何度も深呼吸をしてからしゃべり始めた。 「最初は、何だか分らなかったんだ。木の枝が水面に出てると思って……でも妙に気になって」 そして大きく息を吸い込む。 「……動いたんだ。風で揺れてるのかな?って思ったけど、違ったんだ。真直ぐ……真直ぐ、上に向かって浮き上がって来たんだよ」 その時の様子を思い出したのか、宮本君はブルブルッと体を震わせた。 「中年の男の人だった……。腕を真直ぐ上に向かって伸ばしながら、湖の中から浮かび上がってきたんだ」 相田君の事をまばたきも忘れて見つめる宮本君の眼は、その話の内容よりも相田君に恐怖を感じさせるに十分だった。 「だ、大丈夫だよ。もうどこにもいないんだろ? 遊覧船ももうすぐ終わりだし、降りちゃえば平気じゃないか」 相田君にしてみれば、自分が実際に見た訳ではないので、いまいち実感がわかない。 それでも宮本君の様子を見れば、この状況がまともでないのは理解できる。 景色を見るのもそっちのけで、相田君は宮本君が落ち着くまでずっと隣に座っていた。 ◆◆◆ 遊覧船から降りると、先生に係ごとに説明があるので決められた場所へ行くようにと指示があった。 相田君は保健係になっていたので、バンガローへ戻って林間学校のしおりをリュックの中から引っ張り出すと、決められていた部屋へと急ぐ。 先生の話を聞き、他の班の係の子達と打合せをしているうちに、相田君はさっきの宮本君の事を忘れてしまった。 係の打合せが終わると各自のバンガローに戻って部屋の掃除に、シーツの受け取り。 やる事は分刻みでたくさんあった。 それが終わるとホールでレクレーション。 ホールに集まった生徒の中に宮本君の姿もあったが、船に乗っていた時よりも落ち着いたように見えた。 ひとしきり体を動かして、大騒ぎをして。 スケジュールは滞りなく進んで行き、夕食とそのあとのキャンプファイヤーを待つだけ。 バンガローにエアコンはついていなかったが、湖から吹いて来る風が涼しく、窓を開けていれば暑さも気にならない。
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